壊れた音
「最近、情緒不安定じゃないか?」
夢の中の少年が、夢の中で語りかける。
しかし彼の言葉には答えず、別のことをたずねた。
「昨日の夜は、話しに来てくれなかったね」
ふてくされて、足元を見つめる。
昨日こそ、君の慰めが必要だったのに……。
しかし、彼からの返事はなかった。
ただ、強い風で、木の葉がざわめいただけだった。
返答を諦めてため息をつき、
「お茶の時間が終わったら、昨日お預けになってた、お婆様の手伝いをしなきゃいけないんだ。めんどくさいなぁ」
それまで、自室に戻って仮眠をとることにして、こうしてまた夢の中の森に来てしまったわけだ。
だって、今日のお茶会には出たくないから。
……隣国の王子様が、いるから。
草の上でごろごろしていると、彼はぽつりと呟いた。
「考えていたんだ」
「んー? 何?」
気の抜けた声で聞き返したが、返ってきたのはいつになく真剣な声だった。
「僕は今まで、君を素晴らしい王様にしようと、手を尽くした来た……けど、それは間違いだったかもしれないんだ」
ざあっと、木の葉がざわめいた。
…………間違い?
「どういうこと?」
不安が、風とともに僕を襲う。
そして次の彼の言葉は、はっきりと耳に届いた。
「やはり君は、王子として生まれてくるべきではなかったのかもしれない」
ざわざわ。
風が髪をなびかせる。
彼の予想外の発言に、返す言葉がでてこなかった。
「どちらが正しいのかわからない……けれど君が王位を継ぐことを降りれば、世界は救われるかもしれない」
「……君も失望したの?」
体を起こし、彼がいるはずの空に向かって問う。
木の葉の擦れる音がうるさい。
「僕に才能がないから?」
「違う! そうじゃない! そういう意味じゃ……」
「そういうことだろ?! もういいよ!」
回りの音をかき消すように叫ぶ。
そこで、夢から覚めた。
「シルク、何をふてくされているのですか」
「何でもありません」
いつもより声のトーンが低いのが自分でもわかる。
今僕と、さっきからこっちを冷たい目で見てくる僕のお婆様は、二人きりで国の宝物庫にいた。
城の四階に作られたその円形の部屋には、鮮やかな色の絨毯が敷かれ、そこに大理石で造られた台がいくつか置かれている。
その上に、触ることさえもためらわせるような、この国の重宝である陶器や装飾品が並んでいた。
壁にも大きな鏡や絵画が飾られていて、その数々の宝物は、天井の大きな窓から入ってきた光を受け止め、より一層きらきらと輝いている。
なぜ僕がここにいるのかというと、この前の居残り掃除の代わりに、この部屋の掃除を頼まれたからだ。
王子の僕でさえもめったに入れないところで、普段は少し入れただけでもとても嬉しいんだけど……全然テンションが上がらない。
むしろ、今年最悪。
お婆様は呆れたように、
「そんな様子では、一国の王はつとまりませんよ。貴方のお父様をよく見ることです、あの方はどんなときも笑顔で……」
「はいはい、わかりました」
目を合わせず、やけくそのように答える。
するとお婆様は、目を見開き、
「まあ、その態度はなんです?! 年上に向かってなんと無礼な! 隣国のアイルス王子を見習ったらどうですか!」
非難するように放たれた言葉。
その中に今一番聞きたくない名前を言われて、ついカッとなった。
「いちいちうるさいな! 黙れよ!」
やけになって、持っていた雑巾を、目の前のそいつに勢いよく投げつけた。
しかしそれは、全然違う方向に飛んでいき、
パリン。
「…………え」
布は、小さなテーブルに置いてあった、小さなグラスを倒した。
それは床に落ち、簡単に割れた。




