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シルク王子の冒険  作者: 水深 彗
04 王国の宝物
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すれ違い

「ありがとう、シルク。わざわざ見舞いに来てくれて」

 寝台に横になったまま話すストロンは、声が少しかれている。

 ここは王立学校の寮、ストロンとアルトの部屋だ。

 部屋には勉強机が二つと、クローゼットが一つ、そして今ストロンの寝ている、二段ベッドが一つ。

 窓には白い薔薇が描かれた緑のカーテンがかかり、部屋を薄暗くしていた。

「大丈夫? まさかストロンが風邪をひくなんて思わなかったよ……雪が降るかも」

「それ、アルトにも言われたよ……。俺そんなに頭悪そうに見える?」

「うん」

「即答かよ~。も~、病人には優しくしろよなぁ……」

 ストロンは寝返りをうち、僕に背を向けてしまった。

 僕はベッドを一旦離れ、部屋をうろついているアルトの方を振り返る。

「そういえば、アルトも休んでたよね。風邪がうつったりしなかった?」

「は、はい、大丈夫です! ご心配ありがとうございます、王子」

 アルトは微笑み、そしてまた真剣な顔で部屋をうろうろと無意味に歩き回る。

 なんだか落ち着きがないな……どうしたんだろう。

「デートなんだって」

「え?」

 背後で聞こえた、ストロンの言葉を聞き返すと、アルトもぴたりと動きを止めた。

 ストロンはまた僕の方へ向き直り、何故だかニヤニヤしながら、

「昨日の晩さ、アルトと合流してパーティに戻ったんだ。まあ俺はあんまり乗り気じゃなかったんだけど……」

 ストロンは咳払いしてから、言葉を続ける。

「そのとき、アルトが間違えてぶどう酒を飲んじゃってさ。もう完全に酔っぱらって、それだけでも見てて面白かったんだけど……勢いで、その場にいたモモに告白しちゃったんだよ」

「えっ、あの、王立学校でも指折りの美少女って言われる、モモ?」

 モモは、翠の都の領主・ヴェーデル家の娘。

 艶やかな黒髪を肩のところで切り揃えた、大きな緑の瞳がとても可愛いらしい女の子だ。

 この前会話をしたときは、大人しめのほんわかした子、という印象だった。

「そーそー。んで、答えはオッケー」

「マジで?!」

 ばっと後ろを振り返ると、アルトは既に両手で自分の顔を隠していた。

「うう、思い出しても恥ずかしい……笑って頷いてくれたモモさんの姿が忘れられません……!」

 しかし心なしか、その声は嬉しさに満ちていた。

 思い返せばずっと前、アルトは自分とモモが幼い頃から知り合いだと、会話の途中でちらっと話していた。

 アルトの実家があるのは『翠の都』の近くだから、きっと親同士の話し合いか何かのときに会ったのだろう。

 そのときから想っていたのなら、十年越しの片想いが成就したことになる。

 ……いや、もしかすると、最初から両想いだったのかもね。

「よかったねアルト! おめでとう!」

 心からの祝福を送ると、アルトは一度顔をあげて目を見開いた後、わっと手にまた顔を埋めた。

「うう、ありがとうございますっ……! 王子に祝福して頂けるなんて、私……!」

 ぽたぽたと、滴が床に落ちる音がした。

「わっ、アルト、泣かないで! これからデートなんでしょ? 泣き顔じゃ恥ずかしいよ?」

 僕が慰めると、アルトははっとして、濡れた目を手の甲でごしごしこすった。

「すみません、感極まってしまって……! 顔洗ってきますっ!」

 アルトは慌てたように、ドアを開けて部屋から出ていった。

 どうやら、部屋の外の洗面所へ向かったみたいだ。

 ドアがばたりと閉じられた後、部屋はまるで全ての音が消えてしまったように静まりかえった。

 友達の恋が叶ったのはとても喜ばしいことだ、けど……。

(ふーん、そんな面白いことがあったんだ)

 仲が良い友達だからこそ、その場に自分が居合わせることができなかったことに、むなしさみたいな、みじめさみたいな、言葉にできない感情がじんわりと広がった。

「ねぇ、ストロン……」

「……ん?」

 寂しくなって、仰向けに寝ている彼の名を呼ぶ。

 呼んだのは良いが、どうしよう、話す内容が思い浮かばない。

 すると、彼から話しかけてきたのだった。

「なんだよ、落ち込んでるのか?」

 どきりとして、ベッドの方を振り返る。

 ストロンは微笑んでいた。

「お前はがんばりすぎなんだよ。たまには休みも必要だよ」

「ストロン……」

 友達の優し過ぎる言葉に、胸をうたれる。

 僕も、涙が出てきそうだった。

 ストロンは、言葉を続けた。

「それとも、またマールに何かされたのか?」

「…………え?」

 聞きなれない名前に、目を拭う動作を止めた。

 けど……マールって、確か……。

「やっぱりそうなのか? ちゃんと俺が言っといてやるからさ……何かあったのなら――」

「ねえ、ストロン、僕を誰と勘違いしてるの?」

 彼の顔を覗き込んで聞く。

 ストロンはしばらく、その水色の瞳でぼんやりと僕の顔を見つめた。

 そして瞬きをして、

「あれ、シルク……? クロアはどこ?」

 クロア?

 先程からどうも、言っていることがおかしい。

 もしかしてと思い、彼の額に手を当てると、思っていたより熱かった。

「ストロン、熱があるよ。休まないと」

「そうか? うーん……」

 後で、医務室の先生を呼びにいこう。

 枕元にある、冷やしたタオルをストロンの額にのせる。

「あー……ありがとう、クロア」

「……どういたしまして」

 微笑む彼に答えてから、布団を肩までかけなおす。

「へへ……休暇になったら、一緒にまた海へ行こうな」

「うん、そうだね。……『兄さん』」

 『クロア』のつもりで言葉を返す。

 ストロンの弟であるその少年は、彼のことをそう呼んでいたはずだった。


 彼が眠りについたのを確認し、僕は静かに戸を開け、部屋の外へ出た。

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