表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シルク王子の冒険  作者: 水深 彗
04 王国の宝物
14/56

王子の朝

 カーン、カーン、カーン。

 朝を知らせる、教会の鐘の音。

「シルク王子、お目覚めの時間です」

 女の声とともに、寝台のカーテンがシャッと勢いよく開らかれる。

 瞬間、朝の強い光が飛び込んできて、僕は布団の中に潜った。

「シルク王子、起きてください、シルク王子」

「うーん、もうちょっと……」

「駄目です。起きてください、シルク王子」

 侍女の声は冷ややかだ。

「うう、こんなおばさんやだ……ローズがいい……」

(わたくし)もどうせ起こすなら、あの勇ましい騎士団副長ような、素晴らしい筋肉を持つ好青年が良かったです」

「……メロ、ごめんってば。わかったよ、起きるよ……」

 ため息をついて、布団をはいで上体を起こす。

 窓の外には晴れやかな朝の青空が光り、部屋には紅茶のいい香りが漂っていた。

「おはようございます、シルク王子。相変わらずお寝ぼけが酷いようで」

 そう挨拶をした彼女の名はメロ、僕のもう一人の侍女だ。

 三十二歳(独身)、僕が生まれたときには既にこの王宮で働いていて、ずっと僕の世話をしてくれている。

 低い位置で一つに結った黒い髪に、シワのないメイド服、そして黒縁の丸い眼鏡の姿は、今も昔も変わらない。

 メロは、ピカピカに磨かれた金色の台から、白いティーセットを取り出した。

「目覚ましにどうぞ、お召し上がりください」

 渡されたティーカップの中身は、透明感のある綺麗な赤色だった。

 湯気とともに、苺のようないい匂いが、ふわりと鼻をかすめる。

「初めて見るお茶だ」

「フロスティーヌの木の実を使用したものです。隣国の王子がいらっしゃっているので、その付添人に分けてもらいました」

 その言葉に、僕はカップを傾ける止めた。


『――あの勇者の孫と聞いていたからな。しかし、私の思い込みだったようだ』

 言葉とともに思い出された、紫色の冷たい眼。


 昨夜、彼は大広間の宴会に戻ったが、僕はそのまま自分の部屋に帰ってきた。

 どうも、パーティに参加する気分にはなれなかったからだ。

 それに地下室から戻ってきたとき、そこにアルトの姿はなかったのも堪えた。

(慰めてもらおうと思っていたのに……)

 ……いや、こういう考え方がいけないのかもしれない。

 アルトが尊敬している僕の知識の多さだって、全部夢の中の少年のお陰だ。

 僕らの大陸では、身分の高い人ほど、身を守る術を身に付けるのが常識となっている。

 要するに、人を守れる力が強い人ほど、周りに信頼される……考えてみれば当たり前のことだ。


 しかし僕は、王子なのに、勇者の孫なのに、強くない。

 だからアイルス王子に失望された。

 それなら……他の人にも、そのうち――。


「あまりお好きでない風味でしたか?」

 メロの言葉に、はっと我にかえった。

 彼女の緑の目は、少し心配そうに僕を見つめている。

「ううん。……良い香りだね」

 適当にごまかし、茶を口にする。

 瞬間、ベリーの香りが喉の奥まで広がり、心を落ち着かせた。

 そうだね、落ち込んでてもしょうがない。

(学校にいけば、すぐにアルトやストロンに会えるさ)



「休み?!」

 僕の声が、廊下に響いた。

「シルク、敬語を使いなさい。ここは学校です」

「す、すみません。アルトとストロンが休みって、本当ですか?」

「はい。嘘をついて何になるのです」

 今日も相変わらず険しい表情をしている学園長である祖母は、素っ気なく答え、

「アンベリーは風邪をひいてしまったそうですね。ライトモンドはその責任で休むそうです……それはよくわかりませんが」

 アンベリーはストロンの名字、ライトモンドはアルトの名字だ。

 確か昨夜、アルトはストロンの上着を持ってたな……。

 おそらく、そのせいで彼が風邪をひいてしまったと思って、アルトは責任を感じているのだろう。

 あーあ、せっかく色々話そうと思っていたのに……残念だ。

「レイン、他の授業で連絡事項があった際は、彼らに伝えてください。 ……とは言っても、あまり大したものはないでしょうね。今日は午前中で授業が終わりますし、それに明日で今学期は終わりですし」

 そうだ、明後日から春の休暇だ。

 そのおかげで、少しうきうきした気分を取り戻した。

「わかりました。……それと先生、何で僕のことを名字で呼んでいるんですか? ここにはレインって名字の人が他にも何人かいるし、先生だって姓はレインなのに。ややこしいのでは?」

 僕がついでにそう尋ねると、お婆様は不機嫌そうに眉を潜めた。

「けじめですよ。確かに他にも同じ姓の生徒がいるかもしれませんが、今ここには私と貴方しかいません。見てわかりませんか?」

 いやそんくらいわかるわ。

 お婆様のきびきびとした後ろ姿を見ていたら、ふと疑問が浮かんだ。

(なんでサリーおばあちゃんは、こんなに厳しくなったんだろう)

 昔は『シルクちゃん』なんて呼んでくれて、誰よりも優しくしてくれてたのになあ。

 ぼんやり考えていると、授業の始まりを知らせる予鈴が鳴ってしまったので、結局その答えは出せなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ