冷えた夜のよう
「おい、アルト」
「うわああああ?!?!」
突然肩を叩かれ、思わず声を上げて飛び上がった。
急いで振り返ると、そこにはストロンの姿があった。
ストロンも僕の声に驚いたようで、目を丸くさせながら、
「な、なんだよ?! てっきりまたぶちぶちお説教しに来たのかと思ったら、俺の目の前を通りすぎていくからさぁ!ちょっと肩叩いただけなのに、化け物に遭遇したみたいな反応しやがって! こっちがビックリするじゃんか!」
「……正直君の怪力は化け物並みだと思うけど」
今日の昼、保健室で軽々自分を持ち上げられたことを思い出しながら呟く。
そして、先程から気になっていた、塀に座っている女の子をちらりと見上げた。
「そちらの方は……ご親戚ですか?お友達?」
「友達友達! ……まあ、うちの家とレイン家は、一応親戚だけどな」
「……レイン家?」
もう一度、女の子を改めて見直す。
金と銀の混ざった、珍しい綺麗な長い髪。
そして夜のような青をした、大きな瞳。
……もしかして、
「ルリー姫様、ですか?! 王妃の腹違いの弟君様と、銀の都の領主・シュエリー家長女の娘様の?!」
「あら、ストロンと違って物知りなのね?」
ルリー姫はいたずらっ子のように笑み、そして、塀の上から飛び降りた。
「わっ、危な……っ?!」
慌てて駆け寄ろうとしたが、その前に彼女は華麗に芝生へと着地した。
まるで、猫みたいだ……。
驚いている僕を気にとめず、ルリー姫は何食わぬ顔で髪をはらい、
「貴方が、さっき聖堂の中にいた、ストロンの友達?」
「そうですけど……危ないですよ! こんなところから飛び降りるなんて! 貴女、お姫様でしょう?!」
足を怪我したりしたら大変だ。
そう思って怒ると、ルリー姫は途端に笑みを消した。
「……私、今日は遅いからもう帰る。また会いましょうね、ストロン」
そう言うと彼女は僕の横をすり抜け、城の方へ早足で歩いていった。
えっ、感じ悪……。
それとも僕が何か怒らせてしまったのだろうか?
「ねえストロン、」
「へっくしゅん!」
ストロンは大きなくしゃみをした。
「うー、寒……アルト、俺の上着は?」
「え? あ、ありますよ。侍女に預けてきました」
「マジかよ……風邪ひくかも」
「なんとかは風邪ひかないらしいですから大丈夫ですよ」
「なんとかってなんだよ! まあ知ってるけど! 俺は違うからな!」
それをスルーしてから、
「とにかく僕たちも城へ戻りましょう。なんでかルリー姫も行っちゃったし……」
「……お前は悪くないよ」
え?
ストロンの言葉が気にかかり、彼を見上げる。
しかしそのとき彼がまたくしゃみをしてしまったので、結局聞きそびれてしまった。
☆
アイルス王子が最後の魔物を倒し、ルルードがそれ消滅させ……これで僕の役目は終った。
剣を使ったときに起こる気分の悪さは、いつの間にか消えていた。
しかし……今度は別のもやもやが、心を埋め尽くしていた。
地上への階段を上りながら、目の前を歩いている彼の背中を見つめる。
思っていたより、ずっと広い。
「アイルス王子、さっきはその……」
「礼などいらない」
アイルス王子はこちらを振り返らずに答える。
……僕がしたかったのは、礼なのだろうか?
確かに、アイルス王子が最後の魔物を倒してくれたおかげで、僕の任務は完了できた。
しかしそれは、必死になれば僕にでもできたはずだった。
けれど……やはり助けてくれたのだから、感謝するべきなのか?
言葉に詰まっていると、アイルス王子はまだ前を向いたまま、言葉を続けた。
「シルクの父上……国王陛下も、武術は得意でなかったな」
……国王陛下『も』。
「…………!」
その一字の意味に気づいてしまい、はっとして彼を見上げた。
そうか……アイルス王子は、僕の剣の力に……。
同時に彼も、こちらを振り返った。
「あの勇者の孫と聞いていたからな。……しかし、私の思い込みだったようだ」
失望……そして軽蔑。
紫の瞳は、冷たく僕を射抜いていた。
壁に映ったら炎の影が、静かにゆらゆらと揺れていた。




