裏庭の密談
☆
聖堂を囲む塀の上では、窓から室内の様子がよく見えた。
部屋に比べると外は暗いため、室内の人たちはこちらに気がついていない。
中ではシルクや国王様がなにか話し合い、そして、
「あっ、王子たち、地下室に行っちゃった……。これじゃあ私たち、何も出来ないわね」
隣で、同じく塀の上に腰かけたルリーが、残念そうに呟く。
俺も頷き、
「そうだな……無事戻ってくることを祈るしか」
そう話しながら、また部屋に目を戻す。
と、部屋にいたアルトと、目が合った。
「………………」
俺は優しげに微笑む。
アルトはものすごく不審な目で俺を見てきた。
そしてすぐに彼は父に何か話すと、駆け足で部屋を出た。
「……ルリー」
「ん? なあに?」
髪の毛を気にしている彼女は、少年が一人部屋から居なくなったことに気がついていない。
「ちょっと……友達がここに来るみたいなんだけど……」
「そうなの? 私は別に良いけど」
「……俺が良くないんだよ……」
ため息をつき、夜空を見上げた。
これ、絶対お小言の嵐になるぞ……。
☆
まったく、何をやっているんだ、あいつは!
僕は怒りを通り越して呆れながら、聖堂の出口の扉を開けた。
パーティを抜け出した上、何で聖堂の塀の上にいるの?!
(国王様に見つかったらどうするの?! ちゃんと自分の立場を考えなよ!!)
今の彼の行動は、大人になったときの彼の印象……そして、彼の家族にも影響するかもしれない。
しかし、ストロンを教育すべきはずの彼の両親は今、この『王の都』にはいない。
彼の実家は、海の近くにある『碧の都』だ。
その上彼は、学園長先生たちの指導も聞かない……。
だから、ルームメイトの僕が、しっかり教えてあげないと!
(アンベリー家は、王家の次に偉い家なのに……ストロンはなんであんななんだ)
王子の爪の垢でも煎じて飲ませてやろうか。
そんなことを悶々と考えながら、草の地面を踏みしめる。
先程の道ではなく、城の裏庭を通ってストロンの元へ行くつもりだった。
大広間と廊下に四方を挟まれているのが“中庭”で、聖堂の裏側から城壁までずっと続いているのが“裏庭”だ。
ストロンのところへ行くのは、おそらくこちらからの方が近い。
首洗って待ってろよ。
そう思って角を曲がると、そこには意外な人物がいた。
(あれっ、学園長先生だ)
紺色のドレスを着た先生が、薔薇の垣根のそばにいる。
(……と、あれは誰だろう?)
先生のわきに、フードを被った真っ黒なローブの人が一人。
大広間でパーティがあっているためか、裏庭には二人以外の人の姿はない。
少し離れた位置だったが、辺りが静かなので、二人の話し声は僕にも少し聞こえた。
「――思惑通り、シルク殿は魔物退治に使わせられましたか?」
「ええ。今ごろ剣術に苦戦しているはず。……魔物は弱いらしいけれど、本当に耐えられるの?」
「なに、力はたかが知れています。その前に、シルク殿は戦闘不能となるでしょう」
「これで周りも王子の無能さを理解するわ。王には嘘を教えてあるし、息子の弱さにさぞかしがっかりでしょう――」
二人が何のことを言っているのか、内容の半分は理解できなかった。
しかし、その半分は……。
(シルク殿……剣術……無能……)
今の話を聞いて、浮かび上がった一つの仮説。
僕は動揺を隠せず、急いでその場から離れた。
(――先生が王子に対して厳しいのは、王子が良い王様になってほしいからだと思ってた……)
居眠りくらいで怒鳴り付けるのも、教室で皆に聞こえるように彼を否定するのも。
しかし、先程の会話の意味が僕の予想と一致していたら……先生に対する見方は、百八十度変わってくる。
(先生は、王子が剣術がうまくないことを知っている……そして、魔物退治で苦戦することをわかっていたんだ)
それなのに、王子の魔物退治を止めなかった。
……止められないはずはないのだ。
先生は王立学校の学園長である前に、レイン家の血を継いだ王妃の母……サリー・レインなのだから。
国王様も、学園長先生を尊敬している。
しかし今の先生は……国王の息子である王子が、力不足を周りに非難されることを望んでいるようだった。
……これはつまり、
(先生は……シルク王子に、王位を継がせたくないの?)




