青い蜘蛛
階段を降りきると、一つの古い木の扉があった。
「魔物はこの向こうです」
ルルードさんはそこで僕たちの方を振り返り、
「私と護衛も部屋に入ります。何かあればすぐに援助いたしますので、ご安心ください……」
「私も入る」
アイルス王子も平然と言ったが、ルルードは「いえ」と否定し、
「大切な他国の王子様を、危険な場所まで入らせるわけには……扉付近でも中はご覧になれますので……」
「ふむ……そうか、残念だ」
アイルス王子はそう呟き、扉の横にずれた。
「それでは行きましょう。シルク様、準備はよろしいですか……?」
「はい」
微笑んで頷く。
魔物は小さいって言われたし、ルルードさんや護衛もついているし……きっと体力がないとか言われる僕にも、簡単にやっつけられるはずだ。
楽勝楽勝。
そう思っていたので、扉が開かれたとき、僕は仰天した。
「ええええぇぇ?!」
廊下や部屋に僕の声が響く。
「どうした?」
アイルス王子が部屋を覗き、そして彼も軽く目を見開いた。
そこにいたのは青い蜘蛛だった。
聞いていたとおり、大きなスイカくらいの。
問題は見た目じゃなく、その数だ。
「えっ、待って、こんなにいるなんて聞いてない!」
「そうでしたか……? けれど、大丈夫ですよ、人も食べませんし、毒も持っていませんし……無害です」
ルルードさんはいつもの調子で言ったが、いやいやいや。
蜘蛛は、その狭い部屋の床、壁、天井に、ざっと十匹。
糸で巣を張ったり、天井からするすると降りてきたりしている。
ていうか、気持ちわるっ!
蜘蛛が嫌いなひとが見たら失神するよ。
「早く片付けてしまいましょう……王子」
「は、はい!」
緊張しながら、剣をかまえる。
どうしよう、僕にできるのかな……?
そのとき、アイルス王子が言った。
「勇者の孫の実力……期待しているぞ」
それは裏表を感じない、本心からの声だった。
ぐっと手元の剣を握り、
「……がんばります!」
この上ないプレッシャーを感じながら、僕は部屋へ足を踏み入れた。
まずは、一匹。
目の前に降りてきた蜘蛛の魔物を、ばさりと分断する。
蜘蛛は胴体と脚が離れて動けなくなり、青色の液体を流しながら床に落ちた。
この剣……怖いくらいに、切れ味が良い。
「流石です、王子……」
動けない魔物に、ルルードさんがその『大魔導師の剣』で、とどめをさす。
金色の光を帯びたその剣が触れると、瞬時に魔物は消滅した。
おそらくこの金色のものが、『魔法』なのだろう。
そのような感じで、二匹、三匹、四匹……。
少し気分の悪さを感じながらも、ルルードさんと一緒に、順調に魔物を斬っていく。
不快なのは、魔物のせいではない。
学校の剣術の授業と、同じような感覚だった。
そして七匹目を倒したところで、とうとう頭痛と吐き気に耐えられなくなった。
「……うっ」
「お、王子?! 大丈夫ですか?!」
胸をおさえ膝をついた僕に、視界の端でルルードさんと護衛の二人が駆け寄るのが見えた。
大丈夫、ちょっと疲れただけだから。
そう言って安心させようとしても、気持ちが悪くて、口を開くことができない。
そのとき、するすると蜘蛛が僕らの前に降りてきた。
「てっ、手助けいたします!」
護衛の一人が剣を抜き、蜘蛛を斬る。
すかさずルルードさんが、魔法の剣で魔物を消滅させた。
「八匹目……」
「では、今度は私が!」
もう一人の護衛が、近づいてきた蜘蛛を斬り、ルルードさんがまたとどめをさした。
「これで、九匹目!」
「あと一匹だ!」
「さあ、王子……最後ですよ」
ルルードさんがいたわるような目で、僕にてをさしのべた。
あと、一匹。
気持ちの悪さを飲み込んで、剣を掴み直し、彼女の手に触れたそのとき――。
――バチィッ!
僕とルルードさんの間に、何か、電気のようなものがはしった。
静電気なんかより、ずっと強い何か。
それは橙色に光り、暗かった部屋を一瞬、昼間のように明るくさせた。
い……今のは、一体……?
護衛の二人は驚いて僕らを見つめ、しかし一番動揺していたのは、なんとルルードさんだった。
「そんな……そんな、まさか……」
目を見開き、僕を見つめる。
その金色の瞳には……何故だか、恐怖の色が宿っていた。
そうして僕らが、ただただ呆然としていたとき。
バサリ、何かが落ちる音がした。
音の方へ振り向くと、そこには、床で青色の液体を流しながら痙攣している魔物と、
「十匹目だ」
アイルス王子が、それを見下ろして立っていた。
僕の剣を持って。