プロローグ
――ガキンッ、金属のぶつかる音。
重なった二つの剣が、天井の大きな窓から降り注ぐ満月の光を反射して、ぎらりと光る。
「なかなかやるな」
部屋に響いたのは、男の声。
しゃりん、という金属音と共に、彼は相手の剣を受け流した。
「……愚民どもの、一人としては」
そう言って、男は剣を軽く振り、銀の刃についた血を白い床に落とした。
「くっ……『愚民』とは、どういう意味だ!」
攻撃をかわされた若い男は、息を切らしながら相手を睨む。
その瞳は、春の森を閉じ込めたような明るい緑。
しかし彼自身の様子は、その瞳とはまるで正反対なものだった。
彼の整った顔には、いくつもの切り傷。
服や黒い髪は乱れ、肩から血が滴り落ちている。
若い男の様子を見て、男は哀れむようにため息をついた。
「そのままの意味だ。それにしても、諦めの悪いやつだな。……いや、無鉄砲、というべきか」
彼の赤い瞳は、向かいの相手を嘲笑っていた。
緑の目をした男は、ぐっと手に力を込め、
「僕は一人の王国騎士として、この国の平和を守ることを、諦めるわけにはいかないんだ!」
そう叫び、彼はまた金色の剣を振りかざし、再び目の前の男に攻撃を仕掛けた。
しかし彼の剣は、相手の剣ではないものに防がれたのだ。
それは、光でできた盾。
男の左手から、眩しいほどの赤い光が放たれていた。
顔を歪ませる緑の瞳の男に、赤い瞳の男はニヤリと笑い、
「諦めるも何も……魔術と剣術どちらも使える私と、剣しかつかえない貴様。もう、勝負は決まっているだろう?」
そう言って男は左腕を、握った何かを遠くに投げるように振った。
魔法の盾が、若い男と金の剣をつきとばす。
彼は音をたてて、十メートルほど離れた壁にぶつかった。
「……くっ……、」
頭部を強打し、そのまま床に崩れ落ちる。
しかし、彼にはまだ意識があった。
緑の瞳は、自分の突き飛ばした相手をまっすぐ捕らえ、
「くそっ、大魔導師……いや、『魔王』! これ以上、その魔力で国民を苦しませるのはやめろ!」
「まだそのような口答えをする力が残っていたか……『勇者』よ」
男は、床に倒れた若い男に近づきながら、剣をもつ右手に力を込めた。
すると、赤い光が、赤い宝石がついたその銀色の剣に宿る。
赤い瞳は、自分を見つめてくるだけの緑の瞳に、冷たく笑い、
「お前のその無鉄砲さは、我らの愚民どもに語り継がれるだろう。
剣ひとつで『魔王』に立ち向かった、哀れな、『敗北の勇者』だと……」
しかし、彼は『勝利の勇者』として、このレインルイン王国で永久に称えられることになった。
彼が魔王を滅ぼし、五十年の月日が過ぎた、今でも――。