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「ん?」
なんだ、もう腹一杯なのか。撫でるのを一終え、勢いよく飲み出したと思ったら折角注いだ牛乳の半分も減ってない。
「どうしたお前……って」
ふとこっちを見た猫の目をよく見てみると、不自然に赤い、子猫の目は真っ赤になっていた。どう考えても自然的なものではなく、少し触れるのを躊躇ってしまうようなものを本能で感じる。
「ニャー」
「あー、わかった。お前それ病気だわ」
生きてて飯もちょっと食べれるってことはいくらでも望みはある。情でもうつっちまったかなー、ケータイを取り出して近くの動物病院を調べる辺り可愛くなってしまった。
「ま、治したら保健所にでも引き渡してやるさね」
しかし世の中は無情かな、この安アパートはペット禁止なのである。引っ越してきたばかりで信用もなにもないし、家賃交渉も相手が嫌がる顔を露骨にするくらいやった。そこまでワガママを言ってしまったのだからこれ以上は無理だ。
超貧乏学生が病院いって治してやるんだからそれで勘弁してくれよな。
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「すみませーん、さっき電話した者なんですけど……」
「はい、お待ちしておりました」
受付のお姉さんってなんでこんなに魅力的に写るんだろうな。なんて邪推なことを病気持ちの子猫を抱えながら思う。まあ、これくらいの邪念は学生男子誰でも思うさ。
奥に通され、診察台やらなんやら全部動物用だった。中々見れるもんじゃないなと物珍しげに眺めてたら、はよこいと声をかけられる。
この動物病院の獣医らしい、気の良さそうなおっちゃんだった。
「ほいほい、この子が目が赤い猫ちゃんかー」
「そうなんです。さっき見掛けたんですけど、なんか元気ないなと思って見たらこんなんで」
診察台で早い呼吸をしながらうずくまる子猫。あまり体調がよろしくなさそうであるが、ほほー? とおっちゃんがニヤケ顔で若者を見た。
ちょいちょい、と子猫の口元を指差すと白く染まっている。
「さっき見掛けて牛乳あげて病院までつれてくるたぁ、兄ちゃんカッコいいな」
ヒッヒッヒ、と底意地の悪そうな笑みを浮かべる。
ああ、もう気恥ずかしいな。まったくもって腹立たしい。
「じゃあお願いします」
「おう、任せとけ」
ポリポリと頬をかきながら踵を返すと、少し照れで丸くなった背に向けてヒラヒラと獣医は手をふった。
やる気があるんだかないんだか、本当に任せて大丈夫かなと一抹の不安を抱いて診察室を後にした。
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「○○さまー」
「はーい」
信用できなさそうな獣医に任せてから約30分。
意外と早いな、その早さが逆に不安を煽るが、受付さんの笑顔が子猫の体調を浮かべていた。
「ご安心下さい、一種の感染症ですね。ご飯に混ぜて薬を二週間ほど食べさせれば治りますよ」
「おー、ありがとうございます」
そうかそうか、大したことないんじゃ良かったもんだ。
そのまま迎えにいってくれと言われたので、診察室まで足取りを軽く感じながら向かう。ま、薬をあげるのは俺じゃなくて保健所の人だけど。
「失礼しますー」
「おお、兄ちゃん。大丈夫だ。全然大したことないからすぐ良くなるぜ」
なにか今一つ信用できないが、とりあえず信じることにしよう。
診察台に座った子猫は、俺を見てニャー、と一言鳴いた。
「結構なついてんなー……俺が診察しようとしたときはあんな嫌がったのにこんにゃろ」
獣医が頭を撫でようと手を差し伸べるが、器用に避けて俺の方にやってきた。
やっぱりお前も感じるか、この人の胡散臭さが。よしよしと俺が頭を指で撫でると、また嬉しそうに喉を鳴らす。
「ありがとうございました」
「いや、お前そいつどうするんだ?」
さっき見掛けて、と言ったのが気にかかってるのかばつが悪そうにおっちゃんが言った。どうするもなにも、保健所に引き渡すしかないんだよなぁ。
「俺的には、兄ちゃんが飼ってくれると非常に嬉しいんだが……栄養失調気味だった、そいつはおや猫に捨てられたみたいでよ」
チラリと子猫を方を見ると、俺の指で気持ちよく唸ってるだけだ。
そっか、お前も親が離れちまったか。大変だよなぁ、お互い。
「……考えておきます」
「あ、おい」
子猫を抱えて診察室を出ていく。後ろからため息をこらえたような深い息を吐く音が聞こえた。
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「では、薬はこれです。ゲル状なので、ご飯と良くかき混ぜてあげて下さいね」
「わかりました」
お会計しめて3140円。割りと高い買い物だった。多分これくらいお金があれば五日間は生活出来そうだったと思う。
全部お前のためだぞー、と非難がましく見詰めるが、ちょっと見つめあうと怖い赤い目でにらみ返してきた。
ごめん俺が悪かった。
「ありがとうございました」
「いえ、お若いのにとても立派ですね」
あの獣医話しやがったな。でも受付美人に褒められるのは嬉しいので感謝します。いやいや、と苦笑を漏らしながら動物病院をあとにした。
「お前もなー……ハハッ」
保健所って下手したらそのまま殺されちゃうんだっけな。お前もそんな大して生きてねえのに死ぬなんて嫌だろ。
なにかを察したのかはわからない。だけど子猫は抱えられた暖かい指を、ぺろぺろとなめ始めた。
親とでも思ってんのかね、良くわかんねぇや。
でもそうだな……良いこと考えた。
若者は子猫を片手に抱き、片方の手でケータイを取り出した。
「ーーあ、もしもし大家さんですか?」
俺達で家族の温もりを思い出そうか。
クラスメイトの話に九割のフィクションを混ぜて。
彼と子猫に幸あれ。




