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一本のワイン

作者: 暇人

よろしくお願いします

1ヶ月前、親父が死んだ

突然の出来事に言葉を失ったのを覚えている


急性脳卒中だった

人気のない道を歩いている時に症状がでて倒れた


もちろん周りには誰もいない

親父が発見されたのはもう息をしていないころだった


病室で親父を見た

苦しんでいる様子もなく、まるで眠っているようだった

今にも起きて叱られるかと思うくらい自然な顔だった


隣でお袋が泣き崩れるように泣いていた

そんなお袋を慰める姉貴

その姉貴自身も目を真っ赤にさせていた


でも……


俺は泣かなかった

いや、むしろ泣けなかった


最悪とか、嫌いだったとかじゃない

子供のころ、クラスのやつに自慢したほどの親父だった


でも泣けなかった

なぜか分からないけど、一粒も涙があふれ出てこなかった


そしてその2日後

親父の葬儀が行われた


周りの親戚はみんな涙を流していた


おじさんやおばさん

いとこの子もまだ小学生なのに声を上げてわんわん泣いていた


でも……

そこでも泣けなかった


どうしてか自分でも分からない

悲しくないわけじゃない

寂しくないわけじゃない


ただ胸の奥のほうにぽっかり穴が開いたような感じがしていた


泣きたくても泣けない

どんなに頑張っても涙が出てこない

どんなに悲しいと思っても体が震えない

親父の名前を何度言っても声が震えない



そんな感じで親父の死から一週間が経った


相変わらず家はまだ親父の死から立ち直れていない


お袋も姉貴も魂が抜けたようにぼ~っとどこかを見ている

そんな二人が気味悪く感じたから自分の部屋に戻った


自分の部屋に戻るとふと、机の上を見た

小学校の時に買ってもらった机を今なお使っており、その机は親父が選んだものだった


親父に買ってもらったんだっけ……


ふと、そんなことを思っているとあることに気づいた


机の上のほう

ほとんど目に着かない場所になにか文字が書いてあった


机に近づき、そこにあった言葉を目にした

おもわず目を見開いた

見た瞬間体が勝手に動き出した



俺は自分の部屋を飛び出してキッチンに走った

お袋と姉貴が俺を不思議そうに見ていたが気にしなかった


俺は戸棚を引っ掻き回して埃を被った古びた箱を取り出し、それを抱えて外に飛び出し、自転車にまたがり勢いよく走り出した


ブレーキを一切使わず、坂を利用して懸命にペダルをこいだ

途中トラックの運転手に怒鳴られたが気にしない

一刻も早く……あそこへ-----



俺は荒い息を整えてから自転車を降り、近くに止めておく。

俺は真っ直ぐあるところへ向かった

長い階段を上り、長い道を歩いた

そして、着いた


そこはお墓だった。その墓標に、親父の名前が刻まれている。


俺は腕時計を見た

14時46分

腕時計を見てほっ、と安堵の息を漏らした


「あと2分、ギリギリだったな・・・・・」

俺はそうつぶやくと傍らの古びた箱を開けた


中には赤ワインが入っていた。そのラベルには擦り切れて読みにくくなった文字が刻まれている。


『1987年、7月28日』


まぎれもなく、俺の誕生日だ


そのワインを持参したグラスに注ぎ、腕時計を見る


「3……2……1……」


そう呟くと、俺はワインを盛大に墓石に浴びせかけた。最後の一滴まで残すことなく振り掛ける。


ワインのビンからワインが垂れなくなった

俺は静かにビンを置き、グラスを墓石に傾けた


「俺は経った今、20歳になったよ」

俺は親父に言い聞かせるように言った


「親父……ゴメンな……願い、かなえ、られな、く……」


最後まで言葉が続かなかった

目頭が熱くなる

ようやく持てた感情に身体が付いていかない

声が震えるのが分かる


それでも、俺はグラスを頭の前に持ち上げて、天を仰ぐようにこう言った


「この一杯を、あんたに捧ぐよ」


何故か声が震えているはずなのに、その言葉だけははっきり言った


そう言って、グラスのワインを一気に飲み干した


今までチューハイしか飲んでこなった俺にワインのアルコールは強すぎた

思わず頭がクラっとなる

それでも、ワインを飲みきるまで決してグラスを離さなかった


ワインを飲みほした後、俺は泣いた

周りのことも気にせずに大きな声を上げて

まるで子供のように泣くじゃくった


どんなに泣いても足りない

どんなに声を上げても抑えきれない

この気持ちを親父が死んだ時にもてなかった今でも分からない

今はただ、あふれ出す感情に身を任せるしかなかった



◇◇◇



「あれ、今日は飲まないの?」


枝豆を口に放り込みながら同僚が聞いてきた


「ええ、今日はちょっと……」

私はあいまいな笑顔を浮かべながら枝豆に手を伸ばす

その姿に同僚は興味なさげに目を逸らした


「ふ~ん、そういえばアンタのとこの息子さん、今日で20になるんだっけ」

「ええ、おかげさまで」

「かぁ~羨ましいこった 俺のドラ息子ときたら……」


そんな感じで話が進んでいき、そろそろお開きの時間になる


「じゃぁ、っぷ……またね~!!」


酔いが完全に回って子供のように手を振るそいつが呂律の回らない口で言う

私はそいつを介抱するのにてこずっている後輩たちを静かに見送った


「おっす、親父」


後ろから声がした

振り返ると、年相応にしては少し幼い顔を高揚させ新品のスーツをぎこちなく着ている青年がいた

その少年染みた雰囲気は、どこか親父に似ているようであった


「わざわざこんな手紙で呼び出しといて何するんだよ?」


その青年―――息子は一枚の紙切れをひらひらと揺らしながら聞いてきた


「ま、入れば分かるさ」


私はそう言うと彼を店に招き入れる


「へぃ、いらっしゃい」

「親父さん、例のものお願いします」


私がそういうと、親父さんニッコリと笑い、店の奥へと引っ込んでいった


「で、なんなんだよ……」

「もう少し待ってろ……そら来た」


親父さんが奥から帰ってくると埃を被った古びた箱を抱えていた

息子は何がんだか分からないとでも言うように首を傾げている

私はそんな息子を見据えて、丁寧に箱を開けた


「……!?。こ、これって……」



それはワインであった


「2008年 9月17日……。俺の誕生日……」


息子が淡々と擦り切れたラベルを読み上げていく

その姿を私は優しく見ていた


「親父……コレって……?」

「そうだ、お前が生まれた日のワインだ」


私はそう言うとワインを開け、親父さんが持ってきてくれたグラスに注いだ


「……そら」


注いだグラス息子を渡し、そして自分の分も注いだ

グラスを受け取って固まっていた息子は我に返ると、何を焦ったのかグラスをチビリと飲んだ


「~~~ッ!」


グラスから口を離し顔をしかめる息子

アルコールが強すぎたのだろう


私の方がアルコールに強いみたいだ、と、人知れず思ってしまった


そんな息子の姿にカラカラと笑い、私はグラスを高く持ち上げて、こう呟いた


「親父、あんたの夢、俺が叶えたよ・・・」



◇◇◇



誰もいない部屋


机の高いところ、小学生では届かないであろうその場所に、サインペンで文字が書かれていた


『いつか、お前が20歳になったら


 20歳になった瞬間に


 このお前が生まれた日のワインを一緒に飲むんだ


 そのころにはもうお嫁さんもいるかも知れない


 もしかしたら子供もいるかもしれない


 でも、その時は……一緒にワインを酌み交わしながらたっぷり話をするぞ!!


 その日まで、このワインは戸棚にしまっておく!!


 いいか? 必ず飲ませるからな!!


 酒が飲めなくても飲ませるからな、覚悟しとけよ!!!




 それが、俺の一番の願いだ!!!』


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― 新着の感想 ―
[一言] ワインでつながれる親と息子、そして息子と孫。心に響く内容でした。
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