最後の文字
この時代に来てから半年の年月が過ぎた。二の腕も大きくなり腹筋も徐々に割れ始め、自分で言うのもなんだが男として少し磨かれたと思うようになった。
「ついに19歳ね。いつのまにかこんなに大きくなるとは....」
「(何故おかん?)あ、ありがとうございます」
今日の夕飯は豪華であった。普段は中々食べることのできない白米に、メインディッシュは鴨肉だ。普段口にする鹿肉よりも臭味が無く、舌にのせてその味を堪能した。
僕が鴨肉を味わっていると、カヤさんは押入れから藤色の布で棒状の物が包まれている何かを取り出した。
「カヤさん、それは一体なんですか?」
茶碗の上に箸を置いて、彼女の持つものに興味を引かれた。
「これはあなたへの贈り物よ、いつも世話になっているからね。はい、お誕生日おめでとう」
「そんな、僕の方がお世話になっているのに... 頂いてもいいんですか?」
「遠慮なく。ささっ、紐を解いて中を確かめてみて!」
僕は早速、紐を解いて中身を確認した。中から深く艶のある鞘出てきた。
「これはまさか刀ですか?」
「ご名答。しかも偽物なんかじゃない、本物よ」
「で、でも一体どこから買うお金が... まさか身売りでもしたんじゃ...」
失礼ではあるが思わず疑ってしまった。素人からしても一目で高価な品だとわかる程、刀身が研ぎ澄まされていた。刀を収める鞘袋も白く、文様が施されていた。
「そんなことしないわよ。それは父さんから出兵の前に貰ったものなの。私には必要ないし、生活に困ったら売れって言われていたくらいだし」
「で、でもお父さんからの贈り物でしょ? 本当にいいの?」
流石に受け取れないと思い刀を渡そうとしたが、キッパリと断られてしまった。刀を自分の真横にそっと置くと、再び箸をとり白米を口にした。
その日の夜から僕は刀の手入れを忘れずに行った。刀身や鞘に汚れはないか、刃こぼれはないか。何度も何度も手ぬぐいで刃を磨く、それを満足するまでひたすら続けた。
誕生日から10日程過ぎた頃、僕らは京の都へ買い出しに出向いた。
流石はこの国の中枢機関が集まる場所だ。人やモノの流通がそこらの町とは桁違いだ。市場に行けば昼間の時間でも人で溢れているくらいで、子どもの様に思わずワクワクが止まらなかった。
「ん~、こっれで今回の買い出しは完了ね。早く家に帰るとしますか」
「留守にしていた分仕事も溜まっていますからね」
都で買った品を大きな籠にまとめて入れると二人は互いに背負い、屋台で買った餅を頬張りながら家のある西へと進んだ。
歩き始めて2時間くらい経っただろうか。少し先の十字路に人だかりができているのが見えた。何事かと考えていると、左右から兵士が馬で駆けつけてきた。
「...なんだかイヤな予感がしますね」
「ここまで来たら迂回する手段もないし、仕方ないけど通りましょう」
袖で視界を隠して後はこの角を左に曲がるだけ。だが不思議なことに。どれだけ嫌だと思っても、どういう訳か視界に入ってくるものだ。
「ウッ.... こ、これは....」
これはなんだ?「人間」なのか?
一瞬しか視界入らなかったが、一瞬で脳に焼き付けられた。人間らしき「それ」は胴体が真っ二つ、いや破裂に近いだろうか。残された下半身からでしか人間だと推測できない有様だった。
「今の見た?臓物がびろーんと...」
「そんなこと言わなくて良いですから」
あそこまで損傷していたのだから、きっと事故か何かだろう。とはいっても上半身が消し飛ぶほどの事故が起こるだろうか。爆発事故なら説明がつくが、遺体の周囲には爆発の痕など一切無かった筈だ。
震えが止まらない。僕は手汗をズボンでふき取ると腰に差した刀をギュッと握りしめた。誰かから命を狙われているわけでもないのに自分の命が消されそうな気がしてならない。
「もうすぐ家だっていうのにいつまで震えてるのよ」
「こ、怖くないんですか? あんなの見た後だと流石に...」
「自分の力に自信があればそんなこと考えないわ」
自信なんてもの僕の中には無い。僕はこれまでの人生の大半を苦労して生きてきた。自分で言うのもあれだが努力してきたつもりだ。
だがそれが自信に繋がるものだとは僕には考えられない。自分にもできたのだから他人も当然こなしている、自分が劣っていることは僕が一番理解している。
「あれ?何か落ちてる、何だろう」
自分の非力さに嫌気がさし、ふと雑木林の方を見ると本らしき物が落ちているのを目にした。近づいて手に取ったが、漢文でかかれた中身を理解できるほどの知識が無かった。
「(エッチなやつではなさそうだな。何だか損した気分だ...)かなりボロボロ、状態も良くないなあ」
この時代にそういう本そういう本が落ちてる筈がないのに少し期待した自分がいた。期待外れだったが何ページかペラペラと呼んでみることにした。
「...だめだ、受験の知識だけじゃ到底読めないな」
「ありゃ、それ漢文じゃない。ちょっと貸して」
ひょいと彼女がその本を手に取ると冒頭からじっくりと読み始めた。一行一行目を通すとその都度書いてある内容を声に出してくれた。
「どこかの村々の人口やその住所、各地の特産品などがかかれているわね。ちーとも面白くないわね」
「ふーん、ってその本の裏側に血みたいのがついてますよ!!」
「げっ!ばっちいなあ...」
僕が見つけた本はただの郷土史だったようだ。だがどうして普通の郷土史がこんなところに、そして血がべっとりと付いた状態で捨てられているのだろうか。というか捨てたのではなく本当は落としただけではないだろうか。
僕は彼女から本を貰うと遠投の様にして投げ捨てた。物を捨てることが良くないのは重々承知だが、先程の遺体の件といい不気味過ぎる。適当な理由をつけて行為を正当化することに走った。
「ちょっと何すんのよ!!捨てちゃダメじゃない。まったく最近の若い子は」
「だ、駄目ですって! あんなもの持ってたら絶対良くないことが...」
彼女は僕の声を無視して茂みの中から本を回収してしまった。被っていた砂埃を払うと、これなら捨てれまいと自分の懐にしまった。「さぁ帰りましょう」と一言言うと彼女は家の方向へ再び歩き出した。
「(僕が考え過ぎなのかな...)」
帰宅すると直ぐに夕飯を済ませた。食器類を外でたわしでゴシゴシと洗いながら、今日の出来事を思い出す。普段なら一日の練習やカヤさんからのアドバイスを振り返る時間だが、今日に限ってはそうはいかない。別に振り返りたいわけでもないが、”遺体と本”のことが頭から離れないのだ。
「あんなに血がついているってことは、遺体の人物が持っていたものなのかな? だとしたら何故離れた場所に落ちていたんだろう....」
考えれば考える程、一層マズいものを持ち出してしまった気がしてならない。軽くため息を吐き、どうしたら彼女にバレず本を処分できるか考え続けた。
「あれ、洗い終わった。...いつのまに」
食器箱を持ち上げて家に戻ると、彼女はその本に釘付けになっていた。ただの郷土史にそこまで釘付けになる理由が僕にはわからない
「...その本郷土史ですよね、何か面白いことでも書いてありますか?」
僕が問いかけると、彼女はこちらを見つめた。何も話さない雰囲気だったので、再度なにか投げかけようとした時だった。
「これ郷土史じゃないかも。というか絶対違う、だって変なんだもん」
どういうことかと思い、抱えていた食器箱を下ろすと彼女の横に座った。
「何が変なんですか?」
「だってこの本の情報いくら何でも古すぎるわよ。十年二十年なら有り得るかもだけど、ここに書いてあるのは400年近くも前の情報ばかり、郷土史ってより古文書よ」
郷土史なのだからそれくらい遡っても不思議ではないと思える。彼女にそのことを指摘すると、彼女はもう一点気づいたことを口にした。
「これよコレ、このミミズみたいな変な文字よ。なんて書いてあるのかさっぱりだわ」
「どれどれ...」
僕は彼女が言う「ミミズみたいな文字」を見て驚愕した。そこにあったのは連綿で書かれた平仮名だったからだ。
「...どうして、なんでここに?」
「これ読めるんだ。なんて書いてあるの?」
連綿で書かれた文字がどういう意味なのかは分からなかったが平仮名であることは確かだ。
「こ、この文字は平仮名って呼ばれていて、朝廷の貴族文化がもとで生まれた文字なんです。」
「それの何が変なの?」
「もしですよ?仮にこの本がカヤさんの言う通り400年近く前に作成されたとなれば、辻褄が合わないんですよ」
僕の記憶が正しければ平仮名が生まれたのは平安時代中期頃、つまりこの本が400年も前の物なら「書かれるはずがない」文字が書き記されていることとなる。
何より奇妙なのは本の構成だ。主に漢文で記載されているが、何故か後半10ページほどが平仮名で書かれているからだ。どうして途中、それもあと少しで書き終わるところでわざわざ平仮名で書いたのだろうか。
「最近の人が偶々空所に落書きしたってことは考えられるんじゃないかしら」
「確かにそうです。でも誰が何のために?」
「う~ん....」
腕を組みながら僕も考えてみた。あれこれと考えてはみたは良いが、どれもしっくりくる答えではなかった。
「...だめ、全然わからないわ」
「....はあ」
考えるだけ無駄かと思い頬杖をついた時だった。ふと漢字で書かれていた3文字が僕の眼に入ってきた。
「...神通力?」
納期が近いので更新頻度落ちます;;




