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――平安時代、それは794年に桓武天皇が都を現在の京都に移し、源頼朝が鎌倉幕府を開くまでの約400年間のことを指す—―
「お空って綺麗だなあ、あはは」
「うーん、『心ここに有らず』ってところかしら?」
こういう時は冷静になるのがもっともだろう。だがそんなことが可能なら既にしている。
そもそも僕はどうしてここにいるんだ?神社を探していたはずだ。
「そうだ神社だ。....ありますよね!?この近くに、神社!!」
「ないわよ。この辺りは私の家以外何にもありゃしないわ」
そうだ、死ぬんだ。僕は運悪くとある時代に迷い込んでそこで死ぬんだ。
元居た場所に二度と帰ることなく、ひっそりと忘れ去られて朽ち果てる運命なんだ。
「...鳴くよ鶯平安京、か。」
「なにそれ?おまじない?」
「これは語呂合わせと言って、.....あれ?」
有名な語呂合わせを説明しようとした時、頭の中で何かが弾けて消えてゆく感覚がした。
「794年に平安時代がスタート.... 僕が生まれたのはいつだ?」
「急にどうしたの? やっぱり頭を打ってたのかしら....」
「1000、2002、5960、いや2300年? いつだ、僕はいつ生まれたんだ!?」
まだ名前と年齢は覚えている。
忘れないうちにと思い、咄嗟に地面に木の枝で文字を書き始めた。
「葛城...義家、18歳ッ、まだ覚えているぞ!!」
「あなた変わったお名前しているのね。名前だけで4文字だなんて希少よ、希少」
「違いますよ、姓は葛城で名前が義家です」
自分の名前を伝えると女の人はきょとんと驚いた顔をした。
自分でも珍しい名前だと実感しているが、ここまで驚かれるのは初めてかもしれない。
「あなた、姓があるの?え、え!?」
「え、無いんですか? 普通ある筈じゃあ...」
「あるわけないでしょそんな大層なもの!!」
彼女が言うにはこの時代の庶民は姓、つまり苗字を持たないのが一般的の様だ。
反対に姓を持つ人間はいわゆる特権階級、朝廷に従事するエリート達、そして皇族の血の流れをくむ一部の人間のみらしい。
「どおりで奇妙な格好してるかと思えば、都に住むお偉いさまなら納得だわ、うんうん」
「だから違いますって、僕は.... どこから来たんだっけ....」
「これは重症ね。泊めさせてあげるから付いてきなさいな」
お言葉に甘えて僕は彼女の後を追った。彼女は昔からこの地に住む人で名前は「カヤ」というらしい。
年も自分と近く、今年21になったそうだ。
ポニーテール?というべきだろうか。髪を後ろで結んでおり、とにかく笑顔で綺麗な方だ。
「ふーん今年で19ねー 私の二つ下ってわけね。 あなた結婚してるでしょ?奥さん悲しむから早く怪我を治して帰りなさいよ」
「け、結婚だなんて、してないですよ! 僕まだ18歳ですよ!?」
僕の反応とは反対に彼女はきょとんとした顔をした。
「その年なら普通じゃない? 子どもいてもおかしくない年齢だし...」
晩婚化が進む現代社会とは反対に平安時代は「産めよ増やせよ」の時代。
10代半ばで結婚するものもいれば、子どもをもうける人も珍しくはないのだ。
「じゃ、じゃあカヤさんも結婚しているんですよね?」
そう質問するとかのじゃ途端に死んだ魚の様な顔をした。
「...結婚してたらこんな辺鄙な場所で寂しく暮らしていないわ、ははは....」
「...なんか、ゴメンナサイ」
「いいの気にしないで。それに私は自分より強い人以外とは結婚しないと決めてるの」
「へ、へぇ...(誰も聞いてない)」
余程自分の腕に自信があるようだが、普段なにを生業としているのだろうか。
失礼な話だが彼女の体からは強さが感じ取れない。身長は高い方だと思うが、筋肉質というわけでもなさそうだし、戦いに向いてるとは到底思えない。
「もしかして武士かなにかですか?」
「違うわよ、ずっと一人で農業しているわよ。農業はいいわよ?体も鍛えられて健康体まっしぐらよ」
「大変とは聞きますけど、そこまで鍛えられるんですか?」
「疑うならこの乙女のお腹を思いっきり殴ってみなさい」
僕にはそんなことできない。生まれてこの方女のことデートにすら行った経験すらないのに、大人の女性の体に触れるだなんてハードルが高すぎる。
それに僕は喧嘩の経験さえ皆無のヨワヨワ男だぞ....
「...ッ」
「もー遅いわね。じゃあ『私が』殴らせてあげる」
「え?(どういうことだ?)」
すると彼女は挑発、「かかってこい」と言わんばかりに人差し指を何度もクイッと曲げた。
いくら綺麗な女性相手とは言え、簡単な挑発になど絶対乗らない。
そう思っていた。
「か、体が!?」
体が脳から離反したような感覚だった。自分の意思とは関係なく、急に体が攻撃の体制に入ったのだ。
拳の握り方も知らないのに勝手に指が折り曲げられ、何が起きたのか全く理解ができなかった。
「もしかして催眠術か何か!?」
「そんなインチキと一緒にしないでよね。ホラ、殴らせるからしっかり体重乗せなさいよ!!」
彼女がそう言うと僕の腕は彼女のお腹目掛けて振り下ろされた。
殴ったと同時にかなり鈍い音がした。人を殴るのは初めての経験だが、かなりキツメの一撃だったと理解するのは容易だった。
「い、今のは一体... ていうか何してるんですか!? いや、僕に何をしたんですか!?」
「先に乙女の心配をしなさいよね、まったく...」
そういうと彼女は服をめくってバッキバキに割れたお腹を誇らしそうに見せた。
「どう?毎日懸命に畑を耕すとここまで鍛えられるのよ?」
「(...いかん鼻血がでそうだ、刺激が強すぎるよ)」
いや、そんなこと今はどうだっていい。さっきのは一体何なんだ?まるで体が支配されたかのような感覚だった。
他人の動きを操るだなんてカヤさんは何者なんだ? そもそも人間なのか?
「...随分と困惑した表情ね、まぁそうなるのが普通よね」
「教えてください、何なんですかソレは」
「....ん」
カヤさんは突然指で輪っかを作って見せつけた。
まさかとは思ったが彼女の顔を見た瞬間、今まで見た中でもトップクラスのゲス顔を披露していた。
一瞬OKサインかなと勘違いしていた自分が恥ずかしい。
「いやぁ近年不作でしてね、生活がカツカツなんですよねえ。」
「はぁ」
「つまりお金が必要なんです」
僕は申し訳なそうにポケットを裏返した。「飛び跳ねて」と言われる前に自主的にジャンプもした。
彼女は困惑した顔で髪をポリポリと掻いた。これって僕が悪いのか?
「...正直言ってこの力が何なのかは私もよくわからない。ある日突然使えるようになったからね」
「(この人本当に人間なのか? 怪しい...)」
彼女の話を聞くうちに内容が見えてきた。この力を使えたのはカヤさんだけじゃない、彼女の父親も使えたようだ。だが数年前に失踪し、何故父親もその力を有していたのかは未だに不明の様だ。
加えて彼女には母親もいない。彼女の母親は、彼女を出産して直ぐに亡くなったようだ。
恐らく僕が生きていた時代と比較すると、出産時に無くなるケースは桁違いに多かった筈だ。
「まったく両親には苦労するわよ。まぁ一人で生きていく力を身についたから良しとしているけどさ。
あなたの両親はどんな人か覚えてる?」
「えぇ、覚えていますよ」
僕も彼女と似たような境遇だ。
僕が4歳の時だった。母親は突然父親とは別の男と関係を持ち家から出て行った。
相手は公園で一緒によく遊んだ子の父親だった。
「...あなたも苦労したのね。それでお父さんは?」
「父さんは、4年前に死にました。仕事中のことでした...」
父さんは町工場で勤務している優しい父親だった。妻に逃げられた後は男一人で僕を育ててくれた。
中学3年生の時だった、今でもよく覚えている。あの日僕は美術の授業を受けていた。
ペアを組んで慣れない人物絵を描いていた時だった、学年主任の近藤先生が血相を変えて教室に入ってきた。
「おい葛城、葛城はいるか?」
「...葛城君ならあちらに」
「葛城、ちょっとこっちに来てくれ」
近藤先生は普段から優しい先生だったから、あの時の先生の課を見た瞬間嫌な予感がした。
慌てて席から立ち上がったから筆洗を床に落としてしまったが、気にせず廊下に出た。
「...いいか、落ち着いて聞いてくれ」
無理だよ先生、無理に決まっているだろ。こんなに落ち着かせようとするのは、僕の大切な人が消えたからだろう?もう戻ってこないんだろう?
何にせよ僕は躊躇いなく泣いた。思春期で周囲の目が気になる年頃だったが、僕には堪えきれなかった。
後日聞かされたが父親は作業中に事故によって死んだ。急なめまいだったのか、体制を崩してしまい、溶鉱炉に落ちたようだ。
そこから中学を卒業するまで忌まわしき母親の下で暮らした。
僕は気づかぬうちに兄になっていた。
「どうこの子、これからはお兄ちゃんとしてしっかりこの子をサポートするのよ。わかった?」
「...うん、わかったよ。よろしくね」
たった一言挨拶をしただけで、僕の中の歯車が壊れたと思った。
「しっかりしたお兄さんじゃないの?私が同じ状況化なら絶対に無理ね、一家全員ヤっちゃうかもしれないわね」
「僕だってそうだ、そうしたかったよ」
母は僕を愛さなかった。僕を愛していたらあの日玄関で泣きじゃくる実の息子を捨てなかった。
母が愛したのは不倫相手の男、そしてその男と愛し合い子どもが生まれた。
初めて弟を見た時、一目見て「愛されている」とわかった。彼の体にアザが一つも無かったからだ。
「...気持ち悪いキモイ気持ち悪い無理だ無理だ気持ち歩い死んでくれ死んでくれ消えてくれキモイキモイキモイ死ね死ね死ね死ね」
"一家まとめて死んでくれ"
僕はずっと叶わない夢を祈り続けた。
自分を捨てた母も、父から母を奪った獣もその汚らわしい子ども全て、僕には受け入れられなかった。
どうしてクソみたいな記憶だけ鮮明に覚えているのだろう。
「...でもようやくあの一家とおさらばして今は一人暮らし。今はとっても幸せなんですよ!」
彼女の方へ振り向くと、どういう訳かすすり泣いていた。
「...泣く要素ありました?」
「そりゃあ泣けるわよ! あなたは自分を追い込み過ぎて感覚麻痺してんのよ、きっと」
このことは友人にも話したことは無い。話すと場の雰囲気を悪くしてしまう。
でも彼女の場合は違った。似たような境遇ということもあり、そのまま過去の話を全て打ち明けた。彼女にはつまらない話を聞かせてしまったが、引っかかるものが取れたような感覚がした。
「あ、見えたわ。ホラあそこ、あそこが私の家よ」
現代人からすると愕然としてしまう家だが、今は寝床を確保してもらえたことだけ充分ありがたい話だ。でもいつまでもお邪魔するわけにはいかない。だが行く当てもない...
「...」
「ほーら何かしこまってんの?ささっ、入ってちょーだい」
彼女に背中を押されてようやく家に上がった。家の中は案外綺麗で、どこか懐かしい匂いがした。
(いい匂い、どこかで嗅いだことのある匂いだ...)
「それじゃあ、ハイこれ」
「え、斧?」
「家に入れといてなんだけど、外で薪を割ってちょうだい。丁度在庫少なくなってきてたから助かるわ~」
『バゴンッ、バゴンッ』
薪割体験は初めてのことだった。斧自体は決して重くは無かったが、振り上げると同時にバランスを崩して2~3回は死にかけた。
「もう少し体を鍛えないとなあ、それっ!」
斧を持ち上げては振り下ろす、この作業が何故だか楽しかった。
きっと父以外の人のために初めて役立てている、そう感じたからだろう。
「...それっ!」




