▶はじめから
ー僕が生きていたことを忘れないで欲しいー
大学を入学してから早数か月、新しい生活にも慣れてきたので旅に出ることにした。
人生で初めての一人旅、と言っても数日間だけの短い旅だ。
『葛城、今度課題見せるから土産頼んだぞー』
友人からの「お使い」も忘れない様にしないと。
関東方面は中学生の修学旅行で行ったことがある。なので今回は関西、中国地方に行くつもりだ。
関西方面に行くのは人生で初めてだ。皆に渡すお土産は何が良いか...
『次は揖屋━━』
電車から降りると、静かな田舎町に着いた。
改札を出て隣にある自販機に200円を入れてコーラを買った。節約のために自販機は使わないようにしていたから、近頃のコーラの値段に思わず驚いてしまった。
だが今回は特別に買うとしよう。
「....?、あれ、お釣りがでてこないじゃんか。ついてないなぁ」
仕方なく20円のお釣りを諦めて、周辺地域の地図を確認した。
都会と違ってビルひとつ無い。都会に飽き飽きしていた分、のどかな風景が癒しになる。
「よも、よもつ、あった、黄泉比良坂だ」
旅の初めの目的地は島根にある黄泉比良坂だ。
本当は有名な出雲大社に行こうと思ったが、最近ハマっているゲームに登場する場所なので此方にした。
それに出雲大社は縁結びのパワースポット、男一人で行くと悲しい目で見られそうなので、都合が良かったのも理由の一つだ。
「歩いて30分、ゆっくりと行くとしよう」
スマホの地図を片手に視線を行き来しながら目的地を目指した。
10月に入っても暑い日が続いていたが、僕は運が良い。旅行の日に限って快適な気温だ。
「この道を右、か」
道なりに歩くと田んぼが見えてきた。その先の森の中に黄泉比良坂が位置する。
到着まであと少しというところだろう。
「お、駐車場が見えてきた。僕以外に誰か来てるかな?」
自分以外にも観光客がいるかと予想したが、この日は平日の火曜日。
それに丁度昼時というのもあって誰一人いなかった。
「この坂を上って石柱が見えればゴールだ。ここまで来るのに結構時間もかかったし急ぐとするか」
今思えばこの時が分岐点だった。
引き返していたら結末は変わっていたのかもしれない。
「...いい風だ。雀もチュンチュン鳴いてる、皆は今頃経済入門の講義中かなあ」
「それにしても長い坂だな。駐車場の看板には短く書かれていた気がしたんだけどな」
最初は少し疑問に感じた程度だった。
幾らなんでも坂が長すぎる、事前に下調べした時は問題ない長さだったと記憶している。
「おいおい、流石に長くないか?急がないとホテルのチェックインの時間になるよ...」
時間を確認するために時計を確認した。
「うわ、マジかよ、時計の針が止まってるよ。さっき見た時は動いていたのに...」
時計が使えないので、スマホで確認するためにポケットへ手を入れた。
取り出してボタンを入れた。そこまでは何も問題無かった。
「んあ!?なんだよスマホも駄目なのかよ!?さっきまで残量70%もあったじゃん....」
突然スマホのバッテリーが空になった。
モバイルバッテリーがあればよかったが、生憎自分は持っていない。
「....個々まできて勿体ないけど、引き返そう。時間がわからないんじゃ話にならない」
ポケットへ再びスマホを戻し、体を後ろに向いた。
「え、何だ.....これ」
今まで歩いてきた道が深い霧で覆われている。しかも白く不透明な霧ではなく、黒、いや紫に近い色だ。
先程から吹いていた気持ちの良い風も次第に、不気味な、恐怖感を煽る風へと変わっていた。
そして、僕はこの時自分の影が無いことに気づいていなかった。
「確かこの先に神社があったはず、取り敢えずそこへ行こう....」
「怖くない、偶然が重なっているに違いない」と自分に言い聞かせながら、震える足を一歩、また
一歩と前へと動かした。
「神社、神社は何処なんだよ....」
霧がどんどんと深くなり、太陽の光が徐々に遮られる程だ。
太陽の位置が次第にわからなくなってきた。
「あれは、岩壁? 来る前に調べた時はこんな情報無かったぞ...」
突然目の前に幾つもの大きな岩が姿を現した。いつの間にか岩に囲まれた場所へと辿り着いていた。
呆然としていたが、微かに岩と岩の間に人が通れる程の穴が空いている事に気づいた。
「穴の先、オレンジ色に光ってる... ここに行けってことなのか?」
穴に体を通そうとしたが、リュックが邪魔でつっかえてしまう。
少し迷ったが、貴重品だけ持ってリュックは置いていく事にした。
ゴクリと喉を鳴らして、穴へと踏み入れた。
「どこまで続くんだ、本当にこっちに来て良かったのかな?」
気を紛らわすために独り言に徹した。
効果は全く無かったが、次第に水が流れる音が聞こえてくるようになった。
そして出口らしき所が見えてきた。
「水の音が大きくなってきた、きっと外に川が流れているんだ」
次第に恐怖を感じることが無くなった。
咄嗟にいつもの癖でポケットからスマホを取り出そうとした。
「...あれ、無い。 スマホだけじゃない、財布もない....」
「『スマホ』ってなんだ?」
気が付くと僕は穴を抜けて外へ辿り着いた。
予想通り出口の側には川が流れており、感嘆する程の透明度を誇っていた。
「綺麗だなあ、ここまで透明なのは初めて見た....」
空を見上げると太陽は丁度真上に位置していた。だがそんなことは正直どうでもいいと思ってしまった。
どういう訳だか突然鼓動が激しくなり、気が段々と高まるのを感じた。
「......?」
――歪む、歪む、歪み続ける。自己がわからなくなる。
自分という存在、自分がいた世界、消し去ってしまいたいと何度も星に願った記憶もシュレッダーで消されていく様にじわりと消えた。
「僕は、一体何をしているんだ...?」
名前と年齢は覚えている。だがそれ以外は何だ?僕は何者だ?なぜここに居るんだ?
考えれば考える程気分を害した。
「....う、お、おううぇ」
そして先程から頭痛が酷い。決して熱があるわけでもないが、ずっと頭を殴られている感覚だ。
「ぼ、僕は、義家、葛城義家、じゅう、18歳....」
視界がぼやけてきた。これが死か。
でも不思議と恐怖は感じない。
「...あなた、大丈夫?」
「...ぅうえ?」
女性だ、見たところ僕よりも年は少し上というところか。
道端で吐しゃ物をぶちまける男に声をかけてくれるとは。ひょっとして天使だろうか。
「....どうかしました? ってそれよりも大丈夫なの?」
「...ダイジョウブジャナイデス」
その天使から水を貰うと次第に体が回復してきた。
そうして僕はようやく今の状況がマズいということに気がついた。
「それにしてもあなたヘンテコリンな恰好してるわね。どこから来たの?」
「どこからって、そりゃあ... あれ?」
答えがパッと出るはずの質問に答えられなかった。
偶然だろうか。
「その奇抜な感じ、もしかして都から来た?」
「...都?」
そのワードを耳にして、一気に体が震えた。
もし僕の予想が当たっていれば絶望を体験することになる。
「すみません、都って東京ですよね? ...そうですよね!? ねっ!?」
少し強めの言葉で言ってしまった。彼女も思わずきょとんとしていた。
「東京?どこよそこ。 都といったら京・平安京一択よ。名前通り平安な時代で良きこと良きこと」
「...どうしよう」
嫌な予感が的中した。
どういう訳か僕は平安の世に迷い込んでしまったようだ。
修正と加筆を加えました。今後順番に上げなおします。




