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クズスキルで作家に憑依したら、文体コピーで無双した件  作者: 原崎 令一


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8/14

第8話:「忘れっぽい探偵」に憑依して、動物ものを書いたら涙が止まらなかった件

 ある日の朝、ユウキは読者のコメントを読んでいた。


 『ビジネス小説、ぶっ飛んでて面白かったです。今度は動物のお話を読みたいです』


 「やはり売れるためには、動物ものが書けないとな」

 

 動物の愛情を求めてユウキはスキルを発動した。

 

 コントラストの強い光が、繰り返しユウキを包んだ


=====


 猫が二匹。

 ひなたとひかげ。

 まるで光と影。語感がすでに哲学だ。


 ひなたはキジ白――光が射したような模様。

 ひかげはキジトラ――木陰のような落ち着いた色。


 彼らは兄弟だが、人格どころか存在の温度が違う。

 ひなたはおしゃべり。ひかげは無口。

 つまり、私たち人間がよくやる"関係性の均衡"を、猫性という形式で実装している。

 コミュニケーションの二極化。そう呼ぼう。いや、呼ばせてもらおう。


 ある夜、ひなたが廊下で遊んでいると、世界が閉じた。

 つまりドアが閉まった(比喩ではない、物理的に)。

 

 お水もトイレもない密室。孤独という名の、猫的牢獄芸。

 ガラス越しにこちらを見るひなた。

 白い足先が、ガラスを叩く。

 

 「にゃあ、にゃあ」

 

 その声は――助けを求めている。

 いや、違う。不安を訴えている。

 いや、それも違う。ただ、寂しいと言っている。


 ――この構図、感情が透過率100%で伝染する。

 いや、120%だ。物理法則を超えている。


 その瞬間、無口なひかげが沈黙を破棄した。

 

 キジトラの小さな体が、駆けた。

 ドアに向かって。

 兄のもとへ。

 

 ひかげは、ドアを引っ掻いた。

 一度。

 二度。

 三度。

 

 茶色い縞模様の前足が、必死にドアを叩く。

 爪が削れる。

 肉球が赤くなる。

 

 でも――止まらない。

 

 そして、ひかげは鳴いた。

 いや、叫んだ。

 

 生涯で初めて。

 生涯で最大の音量で。

 

 「にゃおーーーん」

 

 言語の壁を越える助け合い。いや、助け"鳴き"。

 声がドアを開け、人間が理解する。翻訳不要の兄弟愛。

 

 人間が駆けつける。

 ドアが開く。

 

 ひなたが飛び出してきた。

 キジ白の体が、ひかげに抱きつく。

 

 二匹は、身を寄せ合った。

 光と影。

 白と茶色。

 おしゃべりと無口。

 

 でも――今は、ただの兄弟だ。

 

 あの瞬間、世界が少し優しくなった気がした。


 けれど物語は、静寂という結末を選択する。

 

 ある日――

 ひなたが倒れた。

 

 キジ白の体が、動かなくなった。

 白い足先が、冷たくなった。

 

 ひかげは探した。

 部屋中を。

 家中を。

 

 クローゼットの奥も、ベッドの下も、窓の向こうも。

 

 そして、ある夜。

 廊下で、ひかげが鳴いた。

 

 あのドアの前で。

 あの時、兄を救ったドアの前で。

 

 ひかげは、叫んだ。

 

 「にゃおーーーーん」

 

 それが、別れの発音。世界でもっとも短い祈りの詩。

 無口な猫の、最初で最後の、叫び声告白。

 声帯が震えるとき、魂が震える――因果関係が逆転する。

 

 光が消えた後、影だけが残る。

 それを喪失とは呼ばない。記憶と呼ぶ。

 いや、こう呼ぼう――永遠、と。


=====


 スキル終了。3分経過。


 畳に座ったまま、ユウキは動かなかった。

 いや背中だけが震えていた。


 「にゃおーーーーん 」


 ユウキも鳴いた。

 言葉が光になった瞬間を見た気がした。


 なみだをぬぐいながら、次の憑依先を考えた。

 喪失をやさしく書かせたら、やはりあの人だろうか。


※次回:「台所を描写する作家」に憑依したら、温かい最期を見れたような気がした件


※この作品は、転生×文体模写をテーマにした実験的ファンタジーです。


毎週金曜19:50頃から2から4話を順次更新します。


感想・レビュー・いいねで応援してもらえると、ユウキのMPが回復します!

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