第8話:「忘れっぽい探偵」に憑依して、動物ものを書いたら涙が止まらなかった件
ある日の朝、ユウキは読者のコメントを読んでいた。
『ビジネス小説、ぶっ飛んでて面白かったです。今度は動物のお話を読みたいです』
「やはり売れるためには、動物ものが書けないとな」
動物の愛情を求めてユウキはスキルを発動した。
コントラストの強い光が、繰り返しユウキを包んだ
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猫が二匹。
ひなたとひかげ。
まるで光と影。語感がすでに哲学だ。
ひなたはキジ白――光が射したような模様。
ひかげはキジトラ――木陰のような落ち着いた色。
彼らは兄弟だが、人格どころか存在の温度が違う。
ひなたはおしゃべり。ひかげは無口。
つまり、私たち人間がよくやる"関係性の均衡"を、猫性という形式で実装している。
コミュニケーションの二極化。そう呼ぼう。いや、呼ばせてもらおう。
ある夜、ひなたが廊下で遊んでいると、世界が閉じた。
つまりドアが閉まった(比喩ではない、物理的に)。
お水もトイレもない密室。孤独という名の、猫的牢獄芸。
ガラス越しにこちらを見るひなた。
白い足先が、ガラスを叩く。
「にゃあ、にゃあ」
その声は――助けを求めている。
いや、違う。不安を訴えている。
いや、それも違う。ただ、寂しいと言っている。
――この構図、感情が透過率100%で伝染する。
いや、120%だ。物理法則を超えている。
その瞬間、無口なひかげが沈黙を破棄した。
キジトラの小さな体が、駆けた。
ドアに向かって。
兄のもとへ。
ひかげは、ドアを引っ掻いた。
一度。
二度。
三度。
茶色い縞模様の前足が、必死にドアを叩く。
爪が削れる。
肉球が赤くなる。
でも――止まらない。
そして、ひかげは鳴いた。
いや、叫んだ。
生涯で初めて。
生涯で最大の音量で。
「にゃおーーーん」
言語の壁を越える助け合い。いや、助け"鳴き"。
声がドアを開け、人間が理解する。翻訳不要の兄弟愛。
人間が駆けつける。
ドアが開く。
ひなたが飛び出してきた。
キジ白の体が、ひかげに抱きつく。
二匹は、身を寄せ合った。
光と影。
白と茶色。
おしゃべりと無口。
でも――今は、ただの兄弟だ。
あの瞬間、世界が少し優しくなった気がした。
けれど物語は、静寂という結末を選択する。
ある日――
ひなたが倒れた。
キジ白の体が、動かなくなった。
白い足先が、冷たくなった。
ひかげは探した。
部屋中を。
家中を。
クローゼットの奥も、ベッドの下も、窓の向こうも。
そして、ある夜。
廊下で、ひかげが鳴いた。
あのドアの前で。
あの時、兄を救ったドアの前で。
ひかげは、叫んだ。
「にゃおーーーーん」
それが、別れの発音。世界でもっとも短い祈りの詩。
無口な猫の、最初で最後の、叫び声告白。
声帯が震えるとき、魂が震える――因果関係が逆転する。
光が消えた後、影だけが残る。
それを喪失とは呼ばない。記憶と呼ぶ。
いや、こう呼ぼう――永遠、と。
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スキル終了。3分経過。
畳に座ったまま、ユウキは動かなかった。
いや背中だけが震えていた。
「にゃおーーーーん 」
ユウキも鳴いた。
言葉が光になった瞬間を見た気がした。
なみだをぬぐいながら、次の憑依先を考えた。
喪失をやさしく書かせたら、やはりあの人だろうか。
※次回:「台所を描写する作家」に憑依したら、温かい最期を見れたような気がした件
※この作品は、転生×文体模写をテーマにした実験的ファンタジーです。
毎週金曜19:50頃から2から4話を順次更新します。
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