第6話:「黒っぽい家の作家」に憑依して、ビジネスものを書いてみたらやっぱりホラーだった件
「昨日は圧倒的な熱量にやられた」
少しクールダウンしながらユウキは考えた。
「今度は違う視点からビジネスの世界を書いてみよう」
スキルを発動した。
光が色を失い、冷気があたり一帯を包んだ。
=====
雪が降っていた。
異国の果て、名も知らぬ小さな町。
中原はホテルのロビーに座っていた。
開発部門のマネージャー。三日間の技術交渉は、すべて不調に終わった。
明日の帰国便まで、あと十二時間。
誰もいない。外の風の音だけが、壁を軋ませている。
「クソ……何もできなかった」
呟いた声が、まるで他人の声のように響いた。
その時、視界の隅に“それ”が見えた。
一冊の本。
背表紙には、かすれた日本語。
おかしい。この町で日本語など、見かけるはずがない。
立ち上がり、本棚に近づいた。心臓の鼓動が、やけに大きく聞こえる。
手に取る。ページが勝手に開いた。
インクの匂いが、強い。
巻末に、震えるような筆跡があった。
『世界で戦う君へ。今日はいい日じゃなかったかもしれない。でも――』
その先が、途切れていた。
指でなぞると、黒いインクが湿っていた。まだ乾いていない。
いや、待て。
このホテルに着いたのは、三日前だ。この本は、ずっとここにあったはずだ。なのに、なぜ―― 。
背後で、誰かが息を吸う音がした。
「……誰だ?」
振り向く。
ロビーには誰もいない。
ただ、壁の鏡に映る“自分の背後”に、もう一人の影。
それは、こちらを見て笑っていた。
顔の輪郭が自分と同じだ。いや、完全に同じだ。
“戦っている、君へ”
声が、直接脳の奥に流れ込んできた。
次の瞬間、中原は叫んでいた。
だが声は空気に溶け、音にならなかった。
気づくと、手の中の本は消えていた。
残っていたのは――濡れた掌の跡だけだった。
彼は理解した。
この本を手にした者は、誰もがこの町から出られなかったのだと。
そして彼は、もう“次”の番が来ていることを 。
=====
スキル終了。3分経過。
ユウキは自分の心臓が動いているかを確かめた。
乱れた息がまだ戻らない。
「だめだ、これではビジネスにならない」
翌日、ユウキは熱い気持ちと、愛を取り戻すために、戦場に旅立つことにした。
※次回:「世紀末の拳法家」に憑依して、ビジネスものを書いて再び立ち上がった件
※この作品は、転生×文体模写をテーマにした実験的ファンタジーです。
毎週水・木・金 12:10更新予定。
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