第5話:「下町でロケットを飛ばす人」に憑依して、ビジネスものを書いたら力がみなぎってきた件
ユウキは読者のコメント欄を読んでいた。
『まるで別人になったみたいな表現の違いを楽しく拝読してます』
実際別人になって書いてるからな……
『次はぜひ、ビジネス小説が読みたいです!』
「よし、今度はビジネスもので新境地を開いてみよう」
ユウキはスキルを発動した。
光が弾け、世界が熱を帯びる。
=====
目を開けると、そこはホテルのロビーだった。
三十代半ば、メーカーの開発担当。
ドイツへの初の単身出張で、技術プレゼンは惨敗だった。
「クソ……!」
拳が、ソファの肘掛けを叩いた。
負けた。完膚なきまでに、叩きのめされた。
三年かけた新型モーターの設計。自信があった。いや、自信しかなかった。
だが、現地エンジニアは鼻で笑った。
「この効率で勝負するつもりか?我々は既に次の世代に進んでいる」
部屋に戻る気力もない。このまま朝まで、ここにいたかった。
ふと、ロビーの本棚に目がいく。
洋書ばかりが並ぶ中、一冊だけ擦り切れた日本語の背表紙。
『── ロケット』
手に取った。巻末に、鉛筆で書かれたメッセージがあった。
『世界で戦う君へ。今日はいい日じゃなかったかもしれない。
でも、明日は違う日になる。負けたままで終わるな』
ページを閉じた。
息を、深く吸った。
「……誰かも、ここで戦ってたんだな」
胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。
違う。
まだ終わっちゃいない。
負けたのは、今日だけだ。
勝負は、負けた翌日から始まる。
男は立ち上がった。
「やってやる。
高いハードルだからこそ、やる価値があるんだ 」
小さく、だが確かに、そう呟いた。
階段を上る足音が、静かなロビーに響いた。
=====
スキル終了。3分経過。
ユウキは畳の上で拳を握りしめていた。
心臓がまだ、熱く打っている。
「……すげえ。体が、勝手に前を向いてた」
メモ帳を開いて、震える手で書き留める。
『人間の熱量は、文体に宿る。信じて書けば、必ず届く』
ユウキは窓の外を見た。
まだ終わっちゃいない。
※次回:「黒っぽい家の作家」に憑依して、ビジネスものを書いてみたらやっぱりホラーだった件
お読みいただきありがとうございました。
今回はビジネス小説といえばこの人、再度池井戸潤先生風の文体で書かせていただきました。
この後の第6話、7話ではギャップをお楽しみください。
※この作品は、転生×文体模写をテーマにした実験的ファンタジーです。
毎週水・木・金 12:10更新予定。
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