第10話《2日目》その1
昨日は色々な事があり過ぎたので、家に帰ってシャワーを浴びたら即寝してしまった。
告白からのフラれまでは想定内だったが、その後すぐに見知らぬ子に告られ、それを断り、そして友達になり、更には相沢を交えて三人でお好み焼きと放課後からの展開が目まぐるしかったもんな。
いつもは六時に起きる所を五時に目が覚めてしまった。洗面所に向かい歯を磨き顔を洗って玄関を出る。
まだ五時過ぎだが既に外は明るい。気温も三十度に届く勢いだろう。夏は好きだけどこの二、三年の夏は異常な程暑いので苦手になりそうだ。
軽く屈伸をした後、いつもの様に公園に向かって走り始める。
俺は部活には入っていないが、高校に入るまでボクシングジムに通っていた。今でも月一、二回は顔を出しては居るんだけど、まぁそれはストレス発散程度だ。
小さい頃体が弱く病気がちだった俺を心配した親が、近所にジムが出来たと言って通わせてくれたんだ。
おかげで今では風邪もひかない健康優良児になり、毎朝ランニングをして汗をかかないと気持ちが悪い位になってしまった。まぁそんな事しなくても朝とは言え既に暑いから汗はかくんだけどね。
それでも体を動かして滝の様な汗をかくのは気持ちがいい。更に浴室に駆け込み冷たいシャワーを浴びる。一気に体が引き締まるこの一連の流れがいーんだよね。
※
ウチは両親が共働きで朝が早い。研究職の父親に至っては、夜も遅いし泊まり込みで働いていたりもする。
なんの研究をしているのかさっぱり分からないが、ここまで没頭出来るのはよっぽど好きな事をしているのだろうと勝手に思っている。
家族全員で食事をするなんて年に一度あるかないか位だ。
なので朝食は自分でパンと目玉焼きを焼いてコーヒーを入れ、テレビを見ながら一人で食べる。小学校高学年の頃から毎朝こんな感じだ。
「いってきまーす」
勿論誰も居ないのは分かっているのだが、なんか言っちゃうんだよね。
俺の通う八城台高校は都内でも有数の進学校だ。ここを受験した理由は勿論、不純な動機だが白河が目指していた高校だったからだ。
それに相沢も受けるし、何よりも家から歩いて十五分なんて本当どーしよーもない理由だったんだけど、いざ入学してみれば担任もクラスメイトも良いヤツばかりでとても居心地がよい。
だけど今日ばかりは行くのがちょっと憂鬱だ。
いつもなら教室に着くなり白河の所に行って話しかけ、昼飯や休み時間もほぼほぼ一緒に居たもんな。白河の友達達には『美沙希のSP』やら『白河親衛隊』とか言われて冷やかされていたが、今日からは距離を置くのでみんな何事かと思うだろう。
まぁそれでもあと三日行けば夏休みだし、気まずい空気になったら相沢のクラスに逃げればいーしな。
※
「うぃーす」
誰に言うでもなく挨拶をし教室に入り、席に着くと暫くして男子達に囲まれた。
「おーす嶺井、どした? 今日は白河ちゃんトコ行かないのか?」
「なんだなんだ夫婦ゲンカでもしたのか?」
「ケンカなんかしねーよ! フラれただけだ。もう綺麗さっぱり諦めたからさ、昼飯とか一緒に食べていーか? 流石にぼっちは寂しいからさ」
笑いながら努めて明るく振る舞ったんだが、俺の突然の報告に皆ドン引きしていた。
そしてクラスの中でも中心的ポジションの林に肩を叩かれて、
「嶺井、……辛かったな。流石におちょくる気になんてなれないよ。あんなに好き好きオーラ出してたお前が諦めるなんてよっぽどだもんな。ヨシッ、今日の昼は俺が購買のパン奢ってやるから元気出せよ!」
「俺はジュース奢ってやるよ!」
「それじゃ放課後みんなでパァーッとうさ晴らしに行こうぜ! カラオケでも行くか?」
次々と肩や頭を叩かれて慰め? られた。 あぁやっぱり好き好きオーラ出てたんだな。でもみんないーヤツばかりだ!
「白河だけが女じゃないって!」
「女なんか居なくても俺達と楽しい夏休みにしようぜ、嶺井っ!」
「海行ってナンパとかしてさー!」
ヤベッ、ちょっと泣きそうだ。やっぱり男の友情っていーモンだな。
「みんな、本当良いヤツだよな、ありが……」
俺は立ち上がりみんなに向かって感謝を伝える……ハズだったのだが、教室の入り口から俺の名前を呼ぶ声がした。
「莉人くん、おはようございます♪」
「みっ、未来乃っ!!」
未来乃は招き猫の様に手をクイクイさせて俺を呼んでいた。それを見てクラスのほぼ全員が俺と未来乃を交互に見た。そしてさっきまでの友情は見事に砕け散った。
「嶺井っ、お前アレ、隣のクラスのアイドル麻倉じゃん! しかも名前呼びとかどーゆー事だ?」
「白河にフラれて速攻乗り換えたのか?」
「お前麻倉さんに向かって呼び捨てとはなんなんだオイッ?」
優しく肩を叩いて居たヤツらが一斉に攻撃してきた! イテッ、結構強く頭殴って来るヤツも居るぞ?
蜂の巣を突く様に男達が俺を取り囲む。それを何とかかき分けて入り口に立っている未来乃の元に走った。
「あっ、莉人くん。今日のお昼、一緒に食べたいんですけどどうですか?」
「ごめん未来乃っ、今日は無理だ! また今度誘ってくれ!」
「そうですか、……残念です。でも男同士の友情も大事ですよね。それじゃ放課後は如何ですか?」
突き刺す様な視線を背中に感じながら俺は未来乃にしか聞こえない位の小声で言った。
「……分かった。放課後体育館裏で待ってる」
「莉人くんは本当に体育館裏が好きなんですね! 了解です! 今から放課後が楽しみです♪」
未来乃はクスッと笑ってこっちを見てる皆に向かってペコりと頭を下げ隣のクラスに走って行った。
「「「嶺井ーっ、このヤローッ」」」
さっきの優しく慰めてくれた奴等は何処行った? 皆に羽交締めにされ事情聴取が行われようとする時、チャイムが鳴り担任がやって来た。助かったー!
席に戻る時、皆の好奇心に満ちた目と憎悪の目が交差する。その時白河と目が合った。
白河はニヤリと笑ってウインクして来た。まるで『やるじゃん嶺井』と言いたげな顔だった。
……あれ? 昨日までならウインクなんてされたら嬉しくて舞い上がってしまうのに何ともないぞ? 具合でも悪いのか、俺?




