第8章「光の聖書と選ばれし僧侶」
レストランに行きたいと言い出したリオに翻弄されつつ、村に一軒だけの“ちょっとお高級”店で挑戦メニューに挑むことになった勇者一行。結果は前代未聞の成功。翌朝、教会の前で彼らを待っていたのは――一冊の不思議な本だった。
「なぁ、みんな! レストラン行こうよ!」
教会を出て数歩。リオの突拍子もない提案に、タクミは肩を落とした。
「……そんなこといきなり言われてもな」
「はぁ? レストラン? なによ急に」カレンが眉をひそめる。
「本当に行きたいなら、まず宿で荷物を置こう。準備は怠らない」ソウタがまとめた。
そこへ神父が穏やかな笑みで近寄ってきた。
「レストランでしたら、この村に一軒だけありますよ。少々お高級ですが、宿もすぐ近くに」
「行こう! 絶対行きたい!」リオの瞳がきらり。
「お前の“絶対”は信用ならないんだよ……」タクミは額を押さえたが、結局、三人は折れた。
荷物を預け、夕映えに照らされた洋館風の店へ。扉を開けると、香ばしい匂いと温かな灯りが迎える。白いクロス、磨かれた銀器、壁の絵画。村に似つかわしくない上品さに、タクミの眉間は自然と険しくなった(=財布の危機)。
席に着くやいなや、分厚いメニュー。だが、リオの目は壁の張り紙に吸い寄せられた。
『挑戦者求む! 一時間以内にデカ盛りプレート完食で無料+金貨十枚
失敗時は金貨五枚/高級素材使用/成功者なし』
「これ、やる!」
「待て!」タクミの制止は、リオの「おいしそう!」にかき消された。
「失敗したら金貨五枚よ? 現実見なさい」カレン。
「体調は? 昨日もよく食べてたろ」ソウタ。
「大丈夫! 僕ならいける!」親指を立てる笑顔に、三人は同時にため息をついた。
「言い出したら聞かないんだから…」
結局、三人は安全策――リーズナブルな定食へ。ほどなく、挑戦の皿が運ばれる。
山のように盛られた肉。大鉢いっぱいの色鮮やかな温野菜。黄金色に輝く米の山。香り高い濃厚スープ。四点セットがテーブルを埋め、視覚から満腹にさせてくる。
店主が腕を組み、にやり。「若造、まだやる気はあるか?」
「もちろん!」リオは満面の笑み。「いただきます!」
「すごい量」
「大丈夫か……」
皆が不安な顔をしてリオを見る。
開始の合図。フォークとスプーンが踊る。肉→米→スープ→野菜で味覚を回復、再び肉。最初の二十分で米が目に見えて減っていく。
「速い……」周囲の客がざわつく。
「最初だけだろ」懐疑も飛ぶ。
三十分、汗が滲み、ペースが落ちた。
「だから言ったんだ」タクミは半眼のままスープを啜る。
「水を飲みすぎるとお腹が張るわ。スープで流して」カレンが現実的な助言。
「米は小分け、肉は細かく。咀嚼回数を最小に」ソウタは医療者の顔になる。
「二人ともプロなの?」リオは苦笑しつつ、言われた通り戦術を変えた。
四十分。米は茶碗一杯分、肉は三切れ、野菜はひと盛り、スープは半分。
客席の子どもが胸の前でハートを作り、「がんばれー!」と叫ぶ。控えめな拍手が連鎖した。
「……まだ、いける」リオは小さく呟き、視線を上げる。店主の組んだ腕、給仕の期待、仲間の顔。背中を押すには十分だ。
五十分。残りは肉一切れとスープ少々。深呼吸、集中、ひと口ずつ確実に。
五十五分。最後の肉を飲み込み、スープを流し込む。
「――ごちそうさまっ!」
一拍の静寂、爆ぜる歓声。
「やったぁぁ!」「本当に食べ切った!」「初の成功者だ!」
店主が豪快に笑い、布袋をどさり。「約束どおり、無料。そして金貨十枚だ!」
リオは机に突っ伏し、袋をぎゅっと抱く。「うへへ……やった……!」
「俺の銅貨パンと、金貨十枚の差って何だ……」タクミは遠い目。
「不公平じゃない。努力の方向性よ」カレンは肩を竦める。
「称号“胃袋の勇者”は当分不動だ」ソウタは苦笑した。
その夜、噂は村を駆け抜けた。
――挑戦者、現る。初の成功者。金貨十枚の若者。
一晩で、リオは小さな有名人になった。
***
翌朝。宿を出ると、通りの視線がやわらかく刺さる。
「あの子よ」「昨日の」「一時間で……」
リオは頭をかき、「えへへ……」。
「勇者としてじゃなく“胃袋”で有名は複雑だな」タクミが胃をさする。
「でも、旅の資金になったのは事実」カレンは現実派。
「資金・地図・信頼。三つが揃えば前に進める」ソウタは頷いた。
教会前。神父が手を広げる。
「おはようございます。村中があなたの話題で持ちきりですよ、リオさん」
「えへへ、がんばりました!」胸を張るリオに、タクミは小さく「胃袋だけは勇者級」と付け足し、カレンに肘で突かれた。
そのとき、扉が開いて村人が駆け込む。両腕には古びた革表紙の分厚い本。
「神父様! 王都の市で不思議な本を買いまして……見ていただけませんか」
神父は丁寧に受け取り、表紙の手触りを確かめ、ページを繰る。精緻な挿絵と古の記述――伝説の武器譚が静かに息をしていた。
空気がふっと張りつめる。紙面の一枚が脈打つように光り、教会の光と重なり合った。
「皆さん、下がって」神父の声。
ページから溢れた光の帯が、ためらいなくソウタの胸元へ――。
凝縮した光は“本”の形をとる。縁飾りは銀、革装の表紙は淡く脈動し、光の聖書がふわりと宙に浮かんだまま、ソウタの掌に落ち着いた。掌に乗る、柔らかな温もり。
「……俺に?」
「間違いありません」神父が静かに頷く。「伝承にある通り、“光の聖書は僧侶を選ぶ”」
村人は目を見開いたのち、ほっと緩んだ笑みでうなずく。
「よかったらどうぞ! これで世界が平和になるなら、惜しくはありません」
「いえ……タダでいただくわけには」ソウタはすぐに首を振った。
「それはあなたが王都で買ってきた大切な本です。勇者だからといって、無償で受け取るのは違うと思う」
村人が慌てて手を振る。「しかし、勇者様が使うべきなら――」
「だからこそ、きちんと対価を払わせてください」ソウタはぶれない。
「じゃあ、昨日の賞金から!」
リオがぱっと金貨袋を掲げ、金貨三枚を取り出して村人の手ににぎらせた。
「いいよー! 僕、いっぱいもらったし!」
「判断が軽い!」タクミが慌てる。
「でも、こういう時に惜しまないのがリオよね」カレンは苦笑。
「費用対効果より、ここは“信頼”だ」ソウタは柔らかく微笑んだ。
村人は金貨を見つめ、深く頭を下げる。
「……ありがとうございます。勇者様方のお心、ありがたく頂戴します。どうかその聖書で、人々をお救いください」
正式な譲渡。ソウタは改めて表紙に触れ、ゆっくりと開く。
淡い光の文字が浮かび、視線に応じて配置を変える。祈りの式、守護の詩、浄化と再生の章。読むほどに、言葉が胸の奥へすっと染みていく。
「……感じる。これは“道しるべ”だ。俺の祈りを形にする、術の地図」
震える声に、確かな決意が宿る。
「すごい! ソウタ、かっこいい!」リオが跳ねる。
「胃袋勝負の直後に言われても、説得力が半分だな……」タクミは肩を落とす。
「でも、私たち、本当に“勇者一行”になってきたわ」カレンは明るく笑った。
神父は胸に手を当てる。
「伝説の四つの聖なる武器。その一つがあなた方のもとへ。残る三つも、きっと“選ぶ”でしょう」
外では市場の朝が始まっている。焼き立てのパンの香り、井戸から汲まれる冷たい水の音、子どもたちの笑い声。世界は変わらず、それでも少しだけ良い方向へ傾いたように思える。ソウタは胸の聖書をそっと抱きしめ、短く祈った。
(この力を、正しく使おう。誰かの痛みを、少しでも減らすために)
「さ、旅を続けよう」ソウタが顔を上げる。
「次の街、村のことは……何も分からないけどね!」リオは屈託なく笑った。
「宿と食料が確保できれば御の字だ」タクミは現実的。
「未知だからこそ楽しみよ。星の展示が有名な街がどこかにあるって聞いたし」カレンが目を細める。
「分からないからこそ備える。薬草と保存食を多めに買っておこう」ソウタが頷く。
四人は顔を見合わせ、同時に笑った。
何があるか分からない――だからこそ、行ってみる価値がある。
デカ盛り挑戦“初”成功者となったリオ、そして光の聖書に“選ばれ”、正しく対価を払ってそれを受け取ったソウタ。勇者一行は確かに一歩、前へ進んだ。次に待つ街や村がどんな場所かは誰も知らない。けれど、未知は恐れと同じだけのワクワクを連れてくる。さあ、行こう。話してみないと分からない世界のほうへ。




