第5章「旅人と呼ばれて」
勇者一行は新たな街や村を訪れ、依頼をこなしながら旅を続けていた。
しかし、彼らはまだ「勇者」として認識されることはなく、ただの旅人として扱われていた。
その一方でアストラル城では、水晶に映る勇者たちの姿を確認しつつ、誕生日サプライズの準備が進んでいた。
焦る側近たちと、呑気な魔王ゼファルド。その温度差はますます広がっていく――。
村の広場に着いたとき、勇者一行は肩で息をしていた。
朝から魔物退治をこなし、途中で道を塞ぐ岩をどかし、子どもの迷子を見つけ出し……と、やることは山積みだった。
「おお、よくぞ戻った! 助かったよ!」村長が駆け寄る。
「へへっ、まぁ俺たちに任せとけって!」リオが胸を張る。
「いや……途中で転んで大怪我しそうになったのは誰だったっけ?」カレンが冷たい視線を送る。
「うっ……でも結果オーライだろ?」
「……ほんと、お前の楽観さには救われるけどな」タクミが頭をかいた。
村人たちは「ありがとう、旅の人たち!」と口々に感謝した。
勇者、とは呼ばれない。彼らはまだ「ただの旅人」扱いだった。
宿に戻ると、宿代は免除。さらに食事も豪勢なものが並んだ。
「これで無料とか最高!」リオは山盛りの肉を頬張る。
「胃がもたれる……」ソウタはお茶をすすりながらため息。
「でも、こうして報酬まで出るのはありがたいわね」カレンが財布を確認する。
「宿代も浮いたし、武具の修理代に回せるな」タクミが頷いた。
勇者の旅は華やかではなく、地道な依頼と報酬で成り立っていた。
―――
アストラル城、会議室。
「……勇者一行がまた村で依頼をこなしているようです」兵士が報告する。
「ふむ。順調に成長しているということか」グレンが腕を組む。
「いや、思ったより早い。あのままでは……」ユリアが声を潜める。
「誕生日の準備が間に合わなくなるな!」博士が余計なことを叫ぶ。
「違う! 問題はそこじゃない!」ユリアが怒鳴る。
ヴァルターが水晶を見つめた。そこには村人に笑顔を向けるリオの姿が映っていた。
「……魔王様」
「ん? どうした?」背後から声がした。
振り向くと、泥で汚れたシャベルを担いだゼファルドが立っていた。
「ちょうど畑でイチゴが採れたからな! 甘くて美味しいぞ!」
「……ありがとうございます」オルガが受け取って微笑んだ。
「それで? 何を見てるんだ?」ゼファルドは水晶に映る勇者一行を覗き込んだ。
「あー……その、旅の人間たちを」ヴァルターが苦し紛れに答える。
「へぇー、楽しそうだな! いいなぁ旅って」
「…………」側近たちは一斉にため息をついた。
ゼファルドは気楽に果物をかじりながら去っていった。
「……本当に間に合うのか」ユリアが小声で漏らした。
「誕生日の準備か? それとも勇者の到着か?」グレンが真面目に返す。
「……両方よ」
―――
勇者一行は夜、焚き火を囲んでいた。
「なぁ、俺たち本当に魔王に勝てるのか?」タクミが火を見つめて呟く。
「勝つしかないだろ」ソウタが短く返す。
「……でも、今の私たちじゃ」カレンの声は不安げだった。
リオは焚き火に照らされた笑顔を見せた。
「大丈夫だよ。話せば分かるさ」
「……リオ、お前は本当に」三人が同時にため息をついた。
その会話は――水晶を通じて、アストラル城にも届いていた。
「……魔王様、もしや本当に喜ぶかもしれませんね」ヴァルターが呟く。
「いや、あの方はきっと『ご飯食べよ!』で済ませるぞ」グレンが冷静に返した。
「……あり得るから怖いのよ」ユリアが顔を覆った。
勇者一行は「勇者」として認識されることなく、ただの旅人として依頼をこなし続けていた。
一方、アストラル城では勇者一行の成長に焦りつつも、誕生日サプライズ準備を続ける側近たち。
呑気な魔王ゼファルドと、緊張する周囲。その対比はますます鮮明になっていく。