第1章「旅立ちの朝」
勇者の証を持つ少年リオが仲間と共に旅立つ日が来た。
王都から魔王城まではおよそ半年。長い道のりの始まりは、不安と期待に揺れる時間でもある。
だが、魔界アストラル城ではその様子を眺める者たちがいた――。
王都の鐘が、朝の空に響き渡った。
王城の一角に設けられた大広間には、四人の若者が立っている。
「これが……勇者一行か」
城の文官が羊皮紙を読み上げ、彼らの名前を呼ぶ。
「リオ。村出身、年齢十七」
「はいっ!」リオが元気よく返事をする。
茶色の髪を短く切りそろえた彼は、どこにでもいそうな少年だったが、その胸には「勇者の証」が宿っている。本人はまだよく分かっていない。
「タクミ。戦士、十八」
「……おう」無骨な鎧を着込み、剣を背負ったタクミはぶっきらぼうに返事する。だが、その目は真剣だった。
「ソウタ。僧侶、十八」
「はい」静かな声で答える青年は、白い法衣を身にまとい、首には十字のような装飾を下げていた。
「カレン。魔法使い、十七」
「……はい」少し緊張した声で答える少女は、淡い金髪を肩まで伸ばし、ローブを揺らして立っていた。
四人が並んだ姿はまだ心もとない。だが、ここから半年かけて魔王城を目指す旅が始まる。
「装備一式と旅の資金、そして食糧を支給する」文官が言った。
革袋には銀貨と金貨、そして簡素な防具や武器が詰め込まれていた。
「……おぉ!」リオが目を輝かせる。
「大事に使えよ。旅は長いんだからな」タクミが釘を刺す。
大広間を出ると、城下町の人々が通りに並び、声を上げた。
「勇者様、ご武運を!」
「魔王を倒してくれ!」
その声援に、リオは元気に手を振った。
「なんか……俺、すごい人みたいだな!」
「すごい人なんだよ」ソウタが微笑む。
「そうよ。だからちゃんと自覚を持ちなさい」カレンが少し呆れ顔で言った。
―――
旅の始まりは順調に見えた。だが、城下を離れて間もなく、最初の魔物が現れる。
「うわぁっ!? スライムだ!」リオが指差した。
緑色のゼリー状の魔物が、ぷるぷると震えている。
「スライムごとき、俺の剣で……!」タクミが勢いよく切りかかる。
しかし剣は弾かれ、ゼリーが剣にまとわりついた。
「うわっ!? な、なんだこれ!」
「ちょっと! 油断しないの!」カレンが火の魔法を唱える。小さな火球が飛び、スライムがじゅっと蒸発して消えた。
「はぁ……やっと倒せた」ソウタが額の汗をぬぐう。
「強かったなぁ!」リオは無邪気に笑った。
「いや、弱いはずなんだが……」タクミは肩を落とした。
こうして勇者一行の旅は始まった。彼らはまだ弱く、道中での苦労は目に見えている。
―――
一方その頃。
アストラル城の会議室では、水晶玉に映る勇者一行の姿を、側近たちが見つめていた。
「……本当に旅立ったのか」ヴァルターが低く呟く。
「まだまだ未熟そうだけどな」グレンが腕を組む。
「でも勇者の証を持っているなら、成長は早いかも」ユリアが不安そうに言った。
水晶の中で、スライムに苦戦する勇者たちの姿が映る。
「……あれで勇者か?」ヴァルターは眉をひそめた。
「ふふっ、可愛いものだな」ユリアが小さく笑った。
「とりあえず、しばらくは魔王城に来ることはないでしょう」グレンがまとめるように言った。
「なら……誕生日の準備を進められますね!」ユリアが小声で囁く。
その時、会議室の扉が開いた。
「ん? お前たち、何を見てるんだ?」
魔王ゼファルドが現れた。手にはシャベルを持っている。
「ま、魔王様!」ヴァルターが慌てる。
「勇者一行の様子を……」
「あー、あの子たちか。楽しそうだったな」ゼファルドは笑って言った。
「……楽しそう?」ユリアが呆れる。
「そうだろ? スライムに苦戦して仲間と協力して……青春って感じじゃないか」
「魔王様! 彼らはやがて魔王様を討ちに来るのですよ!」
「んー……そうかな。でも、話せば分かると思うけどなぁ」
側近たちは一斉にため息をついた。
「……とりあえず飯食べに行こうぜ。オルガさん、今日の昼は何かな」
ゼファルドはシャベルを肩に担ぎ、呑気に食堂へ向かっていった。
―――
勇者一行はまだ見ぬ強敵との戦いを想像して胸を躍らせ、魔王城では呑気な魔王と必死な側近たちが右往左往していた。
こうして、奇妙な旅と物語が始まったのだった。
勇者一行はまだ弱い。だが、確実に一歩を踏み出した。
魔王城では、水晶を通してその様子を見守る者たちがいる。
そして肝心の魔王はというと……やっぱり畑と食事のことばかり。
次の章では、彼らの旅に試練と人々との出会いが待っている。