第13章「紫の狭間を越えて」
いよいよ勇者一行は魔界の入り口に近い村へと辿り着きます。
そこで待ち受けていたのは、不安を抱える村人たちと、紫の霧に包まれた“狭間”。
彼らの旅路はますます険しさを増していきます。
王都を旅立ってから、幾多の街や村を巡り、魔物と戦い、武器を手に入れてきた勇者一行。太陽が高く昇った昼を過ぎ、夕暮れが近づく頃、彼らはとうとう魔界の境界にほど近い村へと足を踏み入れた。
その村は人の気配が薄く、道端の畑も荒れており、通りを歩く者の姿はほとんど見えない。リオが辺りを見回しながらぽつりと言った。
「なんか……静かだね。人、いないのかな?」
「いや、いるとは思うけど……」タクミは眉をひそめる。「きっとみんな魔界が近いせいで怯えてるんだ。魔物も出るって話だしな」
「確かに……」ソウタは祈りを込めるように胸の前で両手を組みながら、小さく呟いた。「この村の人たちが無事でありますように……」
その時、ひとりの老人がふらりと道の先から現れた。腰が曲がり、ゆっくりとした足取り。だが勇者一行の姿を見ると、ぎょっと目を見開いた。
「お、お前たちは……旅の者か? こんな場所まで来るとは……」
「はい!」リオが勢いよく答える。「僕たち、勇者一行なんです! 魔王城に向かってて!」
「ちょっと、リオ!」カレンが慌てて口を塞ごうとするが、もう遅い。
老人は驚いたように震え、やがてため息をついた。
「そうか……。勇者様が……。だが、ここから先は危険だ。魔界はすぐそこ、恐ろしい魔物が狭間から溢れてくる。無理をしてはならん」
「それでも行かなきゃならないんです」タクミが真剣な眼差しで応じる。「でも……この村、大丈夫なのか? 人がほとんどいないみたいだし……」
すると、奥から別の村人たちが顔を出した。皆、表情には疲労と不安が浮かんでいる。腕や腰を押さえている者もいた。
「この村は……魔界に近すぎてな。魔物が近づかないよう、地面に埋めた水晶で結界を張っておる。だが最近、その力が弱まってきているんじゃ……」
そう語る村人の声には恐怖がにじんでいた。
カレンは足元に視線を落とし、地面の一角に埋まった白く淡い輝きを放つ石を見つける。その光はかすかに揺らぎ、弱々しい。
「……これは」カレンは目を見開いた。「魔力が減ってる。長年使われてるせいかしら。これじゃ魔物が入ってきてもおかしくない」
「直せるのか?」タクミが問う。
「ええ。星の聖杖を使えば、魔力を補充できるはずよ」
そう言うとカレンは杖を掲げた。星の光を思わせる青白い輝きが杖の先からあふれ出し、水晶へと流れ込んでいく。次の瞬間、足元の地面からまばゆい光が広がり、村全体を覆うように新たな結界が張り巡らされた。
村人たちは驚きと安堵の入り混じった表情で声を上げた。
「おお……! すごい! 結界が……強くなった!」
「ありがとうございます! これでしばらくは安心して暮らせる……」
その光景にリオも目を輝かせた。
「すごいな! カレン、ほんとにすごい!」
「べ、別に大したことじゃないわよ……」カレンは少し頬を赤らめて視線を逸らした。
続いて、体を痛めている村人たちの声を聞きつけ、ソウタが光の聖書を取り出す。祈りの言葉を唱えると、柔らかな金色の光が広がり、村人たちの体を包み込む。曲がった腰が伸び、腕の痛みを訴えていた者の表情が晴れていった。
「……体が軽い! 痛みが消えたぞ!」
「本当に……奇跡だ……!」
村人たちの感謝の声が次々と響く。ソウタは照れたように笑った。
「いえ……私はただ、聖書の導きに従っただけですから」
「それでもすごいよ!」リオが屈託なく褒めると、ソウタは少し顔を赤くして黙った。
その後、村人たちが勇者一行を空き家に案内した。宿はなく、村人たちも貧しい暮らしを強いられている。それでも「勇者様なら」と、精一杯のもてなしとして空き家を提供してくれたのだ。
「ありがとうございます。助かります」タクミが深々と頭を下げる。
夜。村人たちに見送られながら空き家に入った勇者一行は、簡素な部屋で床に布を敷き、横になった。しかし、リオを除く三人は眠れなかった。
カレンは窓から夜空を見上げながら呟いた。
「……怖いわね。明日、いよいよ魔王城に近づく」
ソウタも窓辺に立ち、胸の前で手を組んだ。
「魔族と人間の憎しみから魔物が生まれる……。村人たちの恐れも原因なんだろうな」
「それでも……」タクミは拳を握った。「行かなきゃならない。俺たちがやるしかないんだ」
静かに寝息を立てているリオを見やり、三人は小さく笑った。彼の無邪気さに、少し救われる気がしたのだ。
翌朝。村人たちに見送られながら、勇者一行は村を後にした。進む先の空は、紫色に濁っていた。太陽の光が遮られ、遠くが霞んで見える。まるで靄のような紫の空間が広がっている。
「あれが……狭間か」タクミが呟いた。
紫色の狭間に足を踏み入れると、空気は重く、視界もぼやける。どこからともなく魔物のうなり声が響き渡った。
「来るぞ!」タクミが剣を構える。
次の瞬間、複数の魔物が姿を現した。牙を剥き、唸り声をあげて襲いかかってくる。タクミはリュックを背負ったまま炎の聖大剣を振るい、火炎の軌跡を描きながら敵を斬り払う。しかし、背負っている卵が揺れるたびに体勢が崩れ、思うように動けない。
「くそっ……! 動きにくい……!」
その間にも魔物は次々と押し寄せる。リオは聖剣を構えて応戦するが、攻撃は空を切るばかりで、なかなか当たらない。
「ちょ、ちょっと! 当たらないんだけど!?」
「お前なぁ!」タクミは歯ぎしりし、ついに叫んだ。「リオ! 卵を頼む!」
「えっ!? 僕が!?」
「これ以上じゃ守れない! 頼んだぞ!」
そう言ってタクミは背負っていたリュックをリオに押し渡した。リオは慌てて受け取るが、その瞬間、魔物たちがリオへと狙いを定めて突進してきた。
「うわっ、こっち来る!?」
リオは必死に聖剣を掲げた。すると――剣先からまばゆい光が放たれ、周囲を一瞬にして照らし出す。強烈な光は襲いかかってきた魔物を呑み込み、断末魔の声を上げさせる間もなく消し去った。
紫色に染まった視界が、少しずつ薄れていく。遠くに何かが浮かんでいるのが見えた。
「あれ……なんだ?」リオが目を凝らす。
「結界……だ!」カレンが叫んだ。「あそこが魔王城の入口につながってる!」
「よし……行こう!」タクミが息を整え、剣を構え直す。
こうして勇者一行は、光に照らされた狭間を進み、魔王城の結界へと向かっていった。
村人たちとの交流で勇者一行は力を示し、狭間の魔物を聖剣の光で退けました。
いよいよ魔王城は目前。次に待つのは、番犬バロンとの出会いです。




