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第10章「ドワーフの村と炎の聖大剣」

 お読みいただきありがとうございます。今回は、森の奥にひっそりと息づく“混住の村”と、タクミと炎の聖大剣の邂逅。靴や防具の新調も含めて、旅の足取りがぐっと力強くなる回です。では、どうぞ。

 山裾の森を縫うように歩くこと半日。息が白むほどの寒さでもないのに、四人は少しだけ肩をすくめていた。木陰の湿り気が汗を奪い、靴底は何度も根に引っかかった。

 「……あれ、煙?」と最初に気づいたのはソウタだ。

 見上げると、高い梢の間から薄い灰色の糸がいくつも上がっている。風がふわりと運んでくるのは、炭と油の匂い。

 「村だ!」とリオが顔を明るくする。「やったー! 飯! 屋根! やわらかいベッド!」

 「順番は逆だけど、気持ちはわかる」タクミが苦笑し、肩にかかった荷を直した。


 木々が開け、四人は思わず足を止めた。

 そこは不思議な調和を湛えた小さな集落だった。丸太と石を組んだ家々は苔と花に縁取られ、軒先には乾かし中の革袋や鍛接前の鋼材が吊るされている。真ん中には大きな共同炉。赤が息をしているみたいに明滅し、金床を叩く音が規則正しく、しかしどこか心地よい不規則さで村を包んでいた。

 そして何より目を引いたのは――大きな体躯に豊かな髭を蓄えたドワーフと、人間の職人見習いが肩を並べて働く姿。

 「本当に一緒に暮らしてるんだ……」カレンが小さく息を飲む。

「珍しいぞ。ドワーフは数が少ない上に、たいていは群れないからな」ソウタが眼鏡を押し上げる。「ここだけで四人もいるなんて、王都でも噂になる」


 「旅人さんかい?」と、皮前掛けのドワーフが声をかけてきた。

 「はい。王都から――」とソウタが答えかけるのを、リオが元気よく継いだ。「勇者一行です!」

 「ちょ、リオ!」タクミが慌てて肘をつつく。

 ドワーフは目を細めたのち、豪快に笑った。「肩書はどうあれ、客人だ。まずは炉の熱を背に、身体を解け。腹もだ。いい肉が入ってる」

 「肉!」と即答したのはもちろんリオで、カレンは肩をすくめ、ソウタは小さく咳払いをして礼を述べた。


 村の広場には武器と防具が整然と並び、革靴、背嚢、鍔、留め具、鋲、鞘――細工のすべてが、使う者の手と体の流れをよく知っていると言わんばかりの佇まいをしていた。

 「作れないものは無い」とドワーフは胸を張る。「折れた刃も、裂けた鎧も、縫い目の甘い袋も。火と水と木がそろえば、わしらは直す。新しくもする」

 タクミの目が、まるで少年に戻ったかのように輝いた。並ぶ剣や槍の姿をひとつひとつ確かめ、重心の置きどころを目だけで測り、鍔の彫りに指先を滑らせる。

 「お前、完全に武器屋巡りだな」とソウタ。

 「こういうときのタクミは放っておくのが一番よ」とカレンは諦め半分の笑みを浮かべる。

 タクミは聞こえていないふりで、だが耳の端はしっかり笑っていた。


 とはいえ、現実のほころびは見て見ぬふりができない。旅はもう三か月を越え、靴底は薄く、縫い目はほつれ、防具には擦れが目立つ。

 「見ての通りだ。限界が近い」とソウタが率直にいうと、ドワーフは頷いた。

 「脚は旅の命だ。靴を先に。次いで、胸と肩だな。……値は張る」

 「だいじょうぶ!」リオが胸を張る。「この前、金貨もらった!」

 「ああ、デカ盛りでな」とタクミが苦笑する。「三枚はあの不思議な本に払った。七枚残ってる」

 ドワーフは金貨を弾いて音を確かめ、短く笑った。「勇者に使われるなら、腕の見せどころだ」


 採寸は迅速だった。

 リオには土をしっかり掴む厚底のブーツ。踵に弾性を持たせ、つま先は薄くて軽い。

 タクミには胸当てと肩の組み合わせ。肋の動きに沿う可動板、肩の回旋を殺さないアーチ。

 ソウタには修道服の内側に薄い補強布を入れ、護符の縫い付け位置を最適化。

 カレンには星の聖杖(前章で入手済み)に合わせたベルトと、魔法の動きを邪魔しない軽装の上衣。

 仮縫いの段階で、すでに体が正しい位置に戻る感じがする。紐の一本、針目の一つまで“仕事”で、余計な飾りはひとつもない。

 「仕上がりは夕餉までに」と職人が言うと、リオの腹が正直に鳴った。

 「……まず、飯?」

 「まず飯だな」と三人が即答する。


 腹を満たしたあと、彼らは工房の奥へ案内された。そこは村の心臓、共同炉が唸る場所だ。

 扉をくぐった瞬間、空気がまるで別物に変わる。熱い。肌にまとわりつく熱ではなく、押し出されるような熱。

 床石は炉の赤を鈍く映し、空気中の小さな火の粉が金色の微粒となって漂っている。ドワーフも人間も、火の前では等しく汗をかき、腕を振るい、槌の音は乾いた律で響いていた。

 「寝ない炉だ」と案内役のドワーフが言う。「火は森で起こし、森で育てる。ここに火がある限り、村は生きる」

 「寝ない火……」リオがぽつりと繰り返す。「なんか、かっこいい」

 「火床に飛び込む勇気は持たなくていい」とソウタが即ツッコミを入れ、工房の隅を見渡した。


 その隅に――“それ”はあった。

 石壇に静かに横たえられた一本の大剣。刃は外光を拒み、代わりに内側で赤をゆっくりと育てている。鍔には炎の渦、柄の黒革は深く、近づくだけで空気の温度が上がった気がした。

 「……なんだ、これ」タクミの喉が鳴る。

 「名がある」とソウタ。

 案内役のドワーフは、わずかに声を落とした。「《炎の聖大剣》だ。先祖の誰かが打ったのではない。いつの世からか火の底から上がって来て、ここに“在る”。――誰も振るえなかった」

 彼は手の甲をこちらに向けた。皮膚にはまだ新しい火傷の痕。赤味の差した斑が、薄い皮になってまばらに剥けている。

 「位置を変えようとして握った。柄が、灼け石になった。わしらドワーフは火に強い。だが、聖大剣は選ばれていない者に容赦せん」

 若い人間の弟子が横から厚手の手袋を掲げた。表面がうっすら焦げて縮れている。

 「わたしも、試しに……少し触っただけで、これです」

 工房に、熱とは別のざわめきが広がった。


 カレンがタクミの袖をそっとつまむ。「……無理はしないで」

 タクミは頷いたが、目は離せない。視界の奥で、刃の赤が呼吸をしている。胸の奥の火種が、そこに合わせて膨らんだ。

 ――呼ばれている。

 幼いころ、道具屋の埃っぽい棚の隅で、安物の短剣が自分を見つけた日の、あの感じ。けれど今は違う。もっと深く、もっと古い熱が、背骨の奥で目を覚ます。


 「危ういぞ」とドワーフが念を押す。「選ばれていない者は、柄の熱だけで手を落とす。水魔法の準備をしておけ」

 「もうしてる」とソウタは短く答え、掌の上に冷たい膜を漂わせた。

 リオは唇をかみ、「タクミ」とだけ呼ぶ。

 タクミは一歩、二歩と石壇へ近づき、片膝をついた。右手を伸ばす。震えはしていない――いや、震えは、胸の中にだけあった。


 指先が黒革に触れた瞬間、熱は来なかった。

 代わりに、胸の内側で灯りがともる。鍋底に火が回るように、静かに、確実に。

 次の瞬間、刃の内側で赤が増し、その赤が溢れて炎になった。

 ゴウ、と音がした気がした。炎がタクミを包む。

 「タクミ!!」リオの叫び、カレンの息を飲む音、ソウタの詠唱が重なる。

 だが、炎は敵ではなかった。髪一本焦がさず、皮膚一枚を焼かず、ただ“触れずに包む”。皮膚のすぐ外側に、薄い火の膜が張り付いたような、奇妙に安心する熱。筋肉の線をなぞり、骨の並びを確かめ、肺の膨らみと縮みを数える――体の構造が、火によって見えてくる感覚。

 怖さは自然に溶け、代わりに懐かしさが増した。

 ――この火は、俺の火だ。


 炎はふっと退き、工房の赤が戻る。

 タクミは見下ろす。

 両手の中に、大剣がある。

 いつの間にか石壇から消え、彼の掌に収まっていた。柄は温かく、しかし灼けていない。重さは確かで、だが不思議と負担ではない。握り直すと、肘、肩、腰――体の配置が自然に「ここ」と定まる。

 「……振れる」

 タクミはほんの数寸だけ空を切った。空気が低く鳴り、刃の文様に走る炎が一瞬だけ起きて、また眠った。


 ドワーフの長が深く頷く。「選んだな。――剣が、そなたを」

 彼は自分の火傷をちらと見て、笑った。「人は火を恐れて正しい。だが、恐れながらも握る者、火を火のまま受け入れる者に、火は働く。お前の手は、握る前にもう“恐れ方”をしていた」

 リオは破顔一笑してタクミの肩をばんばん叩く。「やったな、タクミ! かっこいい!」

 「お前は毎度、言葉が軽い」と言いつつ、タクミは耳まで赤い。

 カレンは目元を緩め、「心配したのよ」と呟き、ソウタは大きく息を吐いて詠唱を解いた。「寿命、三年縮んだ」

 「伸びる伸びる!」とリオ。「嬉しいと寿命が伸びる!」

 「根拠は」

 「勘!」

 三人は同時にため息をついたが、そのため息は笑いの形をしていた。


 そのとき、さきほど預けた靴と防具が運ばれてきた。

 リオのブーツは踵の返りがよく、砂利でも泥でも噛む。履いた瞬間に「走りやすい!」と跳ねかけ、三人に同時に止められる。

 タクミの胸当てと肩は関節に沿って滑らかに動き、剣を振るための余白を残す。

 ソウタの修道服の内張りは軽く、それでいて護りの札が見えないよう深く縫い込まれている。

 カレンの上衣は杖の動線を邪魔せず、腰のベルトは星の聖杖にぴたりと収まる角度を保つ。

 金具は小さく、縫いはきっちり。磨かれた面は炉の赤を遠く柔らかく映した。

 「……やば。かっこいい」タクミが素直に口にする。

 「仕事だ」ドワーフは肩をすくめ、しかし口元に自負を隠さない。「金は?」

 リオが金貨袋を差し出す。「七枚。……本は、三枚払ったから」

 ドワーフは一枚ずつ音を確かめ、満足げに頷いた。「勇者一行相手なら倍取ってもいい仕事だが」

 「えっ」四人が一斉に目をむく。

 「冗談だ。わしらは火と森に食わせてもらってる。お前たちがこれで誰かの盾になるなら、それが一番の支払いだ」

 その言葉は、照れと誇りが半分ずつ混ざっていた。


 工房を出ると、森の風が肌に刺すように涼しい。頬の熱がさっと引き、汗が首筋を伝って裾へ消えた。

 夕方の光が斜めに落ち、革袋がからからと鳴る。犬が子どもを引き連れて走り去り、屋根の上には干し草。

 タクミは背の大剣の重さを確かめる。重い。だが、背骨が一本、まっすぐになった。

 「本当に、よかった」カレンが空を見上げる。「これで、もう少し先に行ける」

 「次は俺の番だ」とリオが胸を張る。「太陽の聖剣、ぜったい見つける」

 「急がなくていい」とソウタ。「火にも水にも星にも光にも、順番がある」

 タクミはふっと笑い、半歩だけ歩調を速めた。新しい靴は土をよく掴み、胸当ては呼吸に合わせて素直に動く。背には火の眠る重さ。

 振り返れば、工房の煙が細く立ち、赤い心臓の鼓動がまだ空気の揺れに残っていた。

 ――頼む。俺に、守らせてくれ。

 タクミは心の中で静かに言う。剣は何も言わない。ただ、背中でぬくい。


 こうして勇者一行は、森の村を後にした。

 装備は旅の足取りを太くし、タクミは炎の聖大剣を得た。伝説は伝説のままではなく、今日から彼らの日常に混ざり始める。山脈の向こうで吠える何か――竜の影はまだ遠い。だが、その気配は確かに、風の折り目に潜んでいた。

 読了ありがとうございます。炎の聖大剣は「選ぶ剣」。タクミの中にある“火の恐れ方”まで含めて認められた、という形にしました。次回はリオの番――太陽の聖剣へ向けて、道筋が少しずつ見えてきます。引き続きお付き合いください。

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