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序章「永遠の夜に咲く」

この物語は、かつて「最恐」と呼ばれた魔王ゼファルドが、実は優しすぎるがゆえに側近たちを困らせる日々を描いたものです。

舞台は太陽のない夜の世界「魔界」。

城に仕える者たちは、迫り来る勇者一行との戦いを想定し、日々緊張感を持って過ごしている。

しかし肝心の魔王はというと……今日も畑に出かけてしまっていた。

 魔界――そこは、月明かりと星々だけが大地を照らす永遠の夜の世界。

 中心にそびえる漆黒の城「アストラル城」は、魔族たちにとって絶対的な拠り所であり、畏怖と敬意の象徴でもあった。


 その一角。石造りの長い廊下を、側近のヴァルターが足早に歩いていた。

「……魔王様? ん……いないな」

 広間、玉座の間、執務室を順に覗いても、肝心の魔王の姿は見当たらない。


 すると背後から声がかかった。

「どうしたのヴァルター?」

 振り向けば、長い赤髪を揺らすユリアが立っていた。明るく見えて実は気が短い、四天王のひとりだ。


「魔王様を探している。見なかったか?」

「えっと……さっき外に行くのを見たけど?」

「……外? まさかっ!」


 ヴァルターは目を見開くと、そのまま外へ駆け出した。


 城の裏手。そこには広大な畑と果樹園、色とりどりの花が植えられた花壇が広がっている。魔王ゼファルドはそこに立ち、鍬を手に土を耕していた。

「ふんふんふ~ん♪」

 ご機嫌に鼻歌を歌いながら、汗をぬぐう姿はとても“最恐”の魔王とは思えない。


「魔王様!!」

「お? ヴァルター。どうした?」

「どうした、ではありません! こんなところで……園芸を……」

 言いかけて、ヴァルターは大きな畑を見渡した。そこには春夏秋冬、四季折々の野菜や果物が並び、風に揺れていた。


「……また拡げましたね」

「あー、ちょっと魔力の調整を間違えてな。花壇に植えたはずが、気づいたら森みたいになっちゃって……ははは」

 ゼファルドは頭をかき、照れたように笑った。


「笑い事ではありません!」

 ヴァルターは思わず声を荒げる。

「この後片付けがどれだけ大変だったか、ご存じですか!?」

「えー……でも、きれいじゃないか? 見ろよ、この果樹園。リンゴがもう赤くなってきてる」

 ゼファルドが指差す先では、枝もたわわに実った果実が輝いていた。


 ヴァルターは額に手を当て、深いため息をつく。

「まったく……“最恐”と呼ばれた魔王が、畑に情熱を注ぐなどと……」

「いいだろ? 部下たちの食事に使うんだぞ。オルガさんに頼めば、美味しい料理になる」


 その名が出た瞬間、背後から賑やかな声が飛んできた。

「魔王様ー! 朝食の味見をお願いしますよー!」

 料理人のオルガだ。肝っ玉母ちゃんのような存在で、魔王城の胃袋を一手に担っている。


「おぉ、待ってました!」

 ゼファルドはスコップを土に突き立てると、ぱたぱたと走っていった。

「……魔王様……」

 ヴァルターは遠い目でそれを見送り、ひとり肩を落とした。


―――


 その頃、城の会議室では残りの側近たちが集まっていた。

「勇者一行が王都を出たとの報告が入りました」グレンが低く告げる。

「え!? もう動き出したの!?」ユリアが驚きの声を上げる。

「やはり来るのか……」ヴァルターが渋い顔で戻ってきた。


「魔王様に伝えなきゃ!」ユリアが立ち上がる。

「いや……」ヴァルターが制した。「どうせ今は畑だ。すぐに戻ってこられるとは限らない」

「……はぁ。どうしてウチの魔王様は、いつも園芸ばっかり……」グレンが額を押さえる。


 魔族たちにとって、人間が魔界に侵入することは恐怖の対象だった。

 同じように人間たちも、魔族を恐ろしい存在だと思っている。

 互いに恐怖と誤解を抱えたまま、ついに勇者一行が旅立ってしまったのだ。


「何としても、魔王様を守らなければ……」ヴァルターは固く拳を握る。

「……本当に大丈夫かしらね、この城」ユリアがぽそりと呟き、全員が無言で頷いた。


―――


 一方その頃、魔王ゼファルドは食堂でオルガ特製のスープを味見していた。

「うん! うまい!」

「ほんとに!? よかったぁ!」

 オルガが笑顔で両手を腰に当てる。


「……魔王様、我らが不安になるのも当然ですぞ」ヴァルターが戻ってきて小声で言う。

「心配するなよ、ヴァルター。人間だって魔族だって、本当は話し合えば分かるさ」

「……はぁ……」


 ヴァルターの深いため息が、今日もまた食堂に響き渡った。

“最恐”と呼ばれた魔王ゼファルドの素顔は――畑や果樹園に夢中な優しい魔王だった。

しかし人間界では、勇者一行が魔王討伐のため旅立ってしまった。

誤解と恐怖に彩られた両者の世界が、少しずつ交わり始める。

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