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第11話 主婦、草原で世界の話を聞く



歩いても歩いても、草原は尽きなかった。

私の足はすでに、自転車を押しながら坂を登るときの比ではないくらい悲鳴を上げている。


「……ルミナ。ねえ、これってさ……半日で着くって言ったよね? 嘘じゃないよね?」


「嘘じゃありませんよー。まだ四分の一くらいです!」


四分の一って何。まだ四倍あるってことじゃん。

草は腰の高さまで茂り、風が吹くたびに緑の海原が波立つ。遠くで雲の影が大地を塗り替えていく。視線を上げれば、群青の空を横切る鳥の群れ。……いや、鳥というより小型の飛竜? 翼が皮膜だし、尻尾にとげ生えてるし。


「ふふ、驚いてますねサナさん」


「驚くでしょ! 今、恐竜の親戚みたいなのが飛んでたんですけど!?」


「彼らはこの世界に普通にいる生き物ですよ」


「普通って言葉の乱用やめて! 日本の普通は鳩とかカラスだから!」


そう叫びながら、ふと思った。

――そういえば、この世界のことを私はほとんど知らない。魔法があって、モンスターがいて、湖にやたら神秘的な樹が生えてて……でも、それ以上のことはなにも。


「ねえルミナ、ちょっと聞いていい?」


「はい、なんでしょう?」


「この世界って……そもそも、どういう場所なの? 私、いきなり放り込まれて、全然わかんないんだけど」


私の問いに、ルミナは少しだけ表情を和らげた。いつものお調子者モードではなく、どこか語り部のような落ち着いた声で。


「そうですね……せっかく草原を歩いていることですし、旅のお供にお話ししましょう」


半透明な羽根をひらひらさせながら、彼女は空を仰ぐ。

その仕草に釣られて、私も空を見上げる。群青のキャンバスに白い雲が流れ、遠くでは小竜が旋回している。


「サナさん。この大陸だけが世界ではないのです」


唐突に切り出された言葉に、私は思わず歩みを緩めた。


「え、どういうこと? まさか地球みたいに大陸がいっぱいあるって話?」


「はい。この世界は《八大陸世界》と呼ばれています。八つの巨大な大陸が環状に並び、それぞれに独自の文化と“神”を戴いているのです」


八大陸……? 地理の授業で習った「七大陸六大州」みたいなノリか。けど、ルミナの口ぶりはもっと神話っぽい。


彼女は空を指差した。


「たとえば北方には《セラフィード大陸》。奉仕と信念を重んじ、光の神が加護する地。南西には鋼と誓約の《ヴァルクレスト》。それぞれが理念と神を中心に世界を形作っているのです」


風が吹き抜ける音に混じって、私の脳内に地図が描かれていく。八つの大陸が環状に広がり、それぞれに神がいる。神様ってそんな気軽に存在してるの? 日本じゃ年末年始しか姿を見せないのに。


「……じゃあ、私たちがいるのは?」


「《アルヴェリア大陸》。八大陸の一つですが――唯一、神の不在によって“見捨てられた地”と呼ばれています」


 

——“見捨てられた”。

 


その言葉が妙に重く響いた。



草原の一本道を歩きながら、私はずっと考えていた。

いや、考えていたというか、もはや頭の中がカオスの鍋。シチューのつもりが、気づけばカレー粉やらラーメンスープやら何でもかんでも突っ込まれて、ぐつぐつ煮立っている感じ。


神に見捨てられた大陸。保護者なしで放置されて二千年。……それだけで十分にショッキングなのに、ルミナの話はどうやらまだ“プロローグの前フリ”らしい。

いや、今までの全部がまだイントロ!? こっちはすでに心労でエンディング迎えそうなんだけど。


「ねえ、ルミナ」


「はいっ?」


ぴょこん、と振り返るその笑顔は、無邪気という名の鋭利な凶器である。ああ、この子に悪意なんて一滴もないんだろう。でもだからこそ怖い。


「“神様”って……そもそも何? 宗教とか信仰の象徴ってだけじゃないんでしょ?」


私の問いに、ルミナはふっと歩みを止め、草の海を見渡した。

風が吹けばざわざわと波打ち、緑の草原が大河のようにうねる。あれ、今なら某NHKの大自然ドキュメンタリーのナレーションが聞こえてきても違和感ない。


ルミナは、その景色を背景にしながら口を開いた。


「神々とは……世界に満ちる“エテルナ”を、大陸規模で制御できる存在です」


「エテルナ……?」


新たなカタカナ専門用語登場である。私の脳内のメモ帳にはすでに“ジェルム=酸性スライム”“気脈=体内ホース”と落書きしてあるのに、また新しい項目を追加しなきゃならない。おい誰かノートまとめて。


ルミナは両手を広げるようにして続けた。


「この空を渡る風も、大地を芽吹かせる雨も、炎も、光も闇も。すべては“エテルナ”と呼ばれる根源の力から生まれています。普通の人間や獣は、それをほんの少ししか扱えません。しかし神々は……それを一つの理念にまとめ、大地ごと動かすことができるのです」


その声は、草原を渡る風と同じくらい澄んでいた。……けど、内容は澄んでない。むしろドロドロに難解。


「つまり……ゲームでいうと、全ステータスがカンストしてるチートキャラってこと?」


「ふふ。そう例えるなら近いですね。ただし、神々も決して“絶対”ではありません」


「え、そうなの?」


その瞬間、ルミナは足元に咲いていた白い花をそっとつまみあげた。親指と人差し指でひょいっと。


「この花にも気脈があり、かすかにエテルナを巡らせています。人にも同じく気脈があり、それを流して強くなったり魔法を扱ったりするのです。でも――」


彼女はその花を手から離すと、風に乗せた。

花弁がふわりと舞い上がり、青い空へと溶けていく。


「神々といえども、世界の理から逃れられるわけではありません。彼らもまた、戦えば傷つき、時に滅びるのです」


「……え、神様なのに、死ぬの?」


「はい」


胸の奥がひやりとした。

神様が死ぬ。滅びる。……なんだか思っていたよりずっと人間くさい。


「じゃあ、死んだ神様の代わりってどうなるの?」


「理念を継ぐ新たな神が現れるのです。その理念が“光”であれば別の光の神が。“戦”であれば別の戦の神が。……それが世界の循環」


「へえ……交代制みたいなもんか。シフト勤務みたいに次の神様が出勤してくるってことね」


「交代制……?」


ルミナは首を傾げる。ああ、ごめん異世界には夜勤シフトとかブラック企業の概念ないのか。説明しようとしたけどやめた。伝わっても虚しいだけだし。


けれどそのとき、ルミナの声が少し沈んだ。


「ただし――」


その声色に、私は思わず息をのむ。


「アルヴェリアだけは、神の座が空白のまま……新たな継承者が現れなかった」


ざわり、と風が強く吹き抜けた。草原が大きく波立ち、緑の海が荒れる。

胸の奥がひやりとした。なんというか、“ぽっかり空いた穴”を覗き込むような不安。


私は無意識に胸元へ手を伸ばした。

そこには――例のバトルアックス。今は収納されているのに、まるで心臓の隣にもう一つ心臓が眠っているみたいな重たい気配を感じる。


「……ルミナ。じゃあ、私の斧も、その“エテルナ”とか“神様の力”と関係あるの?」


そう聞くと、ルミナはわずかに目を細めた。

その表情は――今までの「筋肉は裏切りません!」と満面の笑みで叫んでいた彼女とは違う。


答えを隠しているような。あるいは、私が聞くにはまだ早いと判断しているような。


「……ふふ。さあ、どうでしょう」


「なにそのテレビ番組のクイズ司会者みたいな誤魔化し! “正解はCMのあと!”みたいな顔するのやめて!」


「えへへ」


ルミナは誤魔化すように笑って、再び草原を歩き出した。

私は溜め息をつきながらその背を追いかける。


結局、何も答えてくれなかった。けど――胸の奥に眠る斧の気配は、確かに“ただの武器”ではなさそうだった。


……いやいや、主婦の武器は本来フライパンとか菜箸で十分なんですけど!?


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