表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/13

第9話 主婦、街を目指す



「――それじゃあ、最寄りの街に行きましょう!」


はい、出ました。ルミナの唐突シリーズ。

この世界に来てから何回目だろう、彼女の無計画な号令。腰を抜かして涙目で斧を握りしめた私に、何を軽快に次の予定をブチ込もうとしてるんですか。スケジュール帳に「異世界散策」なんて項目、書いた覚えないからね!?


「ちょっと待って。街って言ったって……こんな山奥みたいなとこに、ほんとにあるの?」


思わず声が疑いに満ちる。だって周りを見てほしい。

背後は切り立った崖、眼下には底知れない湖、隣はついさっきまで謎のモンスター(ジェルムとか言ってたやつ)が徘徊していた森。電波どころか郵便配達員すら遭難しそうな僻地じゃないの。ここに“最寄りの街”とか無理ありすぎでしょ。


「ふふふ、甘く見ないでください!」


ルミナは空中でひらりと宙返りして、胸(?)を張る。いやそこは得意げになるポイントじゃない。


「ここは〈エリュシオン地方〉。そして、私たちが立っているのは、その中心に広がる【リヴェルシア都市圏】の外縁部なんです!」


「と、としけん!?」


あまりに予想外の単語に、思わず裏返った声が出る。

都市圏って言った? ここが? どこをどう見ればそうなるの。私の視界には崖、湖、森。観光資源ゼロ。むしろ「立ち入り禁止区域」って看板の方が似合うんだけど。


「リヴェルシアは交易都市なんです!」


ルミナはっぽいのをきらきらと揺らし、講義を続ける。


「大陸の各地から船が集まり、人や物が交差する場所。わかりやすく言えば――海に面した、活気あふれる港町ですね!」


港町。

そう言われると、なんだか少しイメージしやすい。けど待て、つまり――。


「えーっと……海が近いってこと?」


「その通りです! ここから半日ほど歩けば港に出られます。そしてそこに広がるのがリヴェルシア。白壁の家々と青い屋根、海風を受けてはためく帆、石畳を行き交う商人たち……とっても素敵な場所ですよ!」


……イメージが浮かんできた。

丘陵地に階段状に並ぶ石造りの建物。広場の中央には水を跳ね上げる噴水。学生風の若者たちが歓声を上げながら駆けていく。潮の匂いと焼き魚の香りが入り混じる市場のざわめき。


……ちょっと、見てみたい。

いやいやいや、何を夢見心地になってる私。ここは旅行パンフじゃない。異世界なんだよ? 目的は観光じゃなくて帰還なんだから!


「ルミナ、確認させてもらうけど……その街に行けば、帰れる手段が見つかるの?」


「うーん、帰れるかどうかはすぐにはわかりません。でも!」


彼女は指をくるくる回して光を散らし、どや顔を決める。


「少なくとも物資は整います! 宿もあります! 食事も! それから……甘いお菓子も!」


「……甘いお菓子?」


「そうです! リヴェルシア名物 《マリン・シュガーパイ》! 海藻から抽出した塩と、港に届く砂糖を組み合わせた逸品なんです!」


お菓子か……。

頭の中にパイ生地の層がさくりと割れて、甘塩っぱさがじゅわっと広がる光景が浮かぶ。ぐらっと心が傾く。いやいや、ダメ。私はスイーツで釣られるタイプじゃ……ない……はず。名前からして絶対おいしいやつなのが悔しい。


「とにかく! 街に行けば休めるし、人の暮らしを見れば元気も出ますよ!」


ルミナがキラキラした目で推してくる。

私は大きくため息をついた。


……もう、こうなったら行くしかない。

腰を抜かして泣いたりツッコんだりしてばかりじゃ、いつまでたっても前に進めない。帰るためにも、まずはこの世界の“人間の生活圏”に入らないと。



湖面を吹き抜ける風が髪を揺らした。

見上げた空は高く澄み渡り、遠くに白い海鳥が旋回している。確かに海は近いのだろう。


未知の港町――リヴェルシア。

そこに行けば、何か答えが見つかるのだろうか。


ゴツすぎる巨大な斧を背負ったまま、不安と期待を抱えて一歩を踏み出した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ