第4章:エピソード1 ― 物語の初期化 [3]
私の名前はキム・ホンジャ。かつてはそう呼ばれていた。
不幸の代名詞のような名で、生涯を呪われたまま過ごすはずだった。
もちろん、出生時に役所は「ホンジャ」という名を拒否したため、私の公式な名前は別で、ランダムに決められた。
だが両親は「キム・ホンジャ」と呼び、教師たちもそう呼んだ。
それが、私の名前だった。
劇場のホールは鉛のように静まり返っていた。
今となっては、他にどんな選択肢が残されているというのか?
どれだけ時間が残っているのか知りたかったが、ウィンドウはしばらく前から現れなかった。
そんなことを考えていた矢先、ウィンドウが再び目の前に現れた。
【残り時間:2分24秒】
……便利だ。
この世界は本当に奇妙だが、不思議と不安はなかった。
もしかしたら、死を経験した後には、何も驚くことはないのかもしれない。
思考がさまよう。
これは架空の世界? ……なら、もしかしたら私の居場所はここなのかもしれない。
ここなら、私は尊敬される存在になれるかもしれない。
もしかしたら、人々は私を尊敬し、中には模範とする者も現れるかもしれない。
【システムがあなたの「深層の意志」に反応しています。】
その声が、頭の中に響いた。
【“証人”があなたの呼びかけに応えました。】
【“後悔に染まった証人”があなたを注視しています。】
……何だこれは?
【“後悔に染まった証人”から贈り物を受け取りました。】
青く発光するウィンドウが目の前に現れた。
+
【贈り物を受け取りますか?】
はい ・ いいえ
+
贈り物? 一体何が入っているのだろう?
私は静まり返ったホールを見渡した。誰もいない。完全に一人だ。
どうせ誰も助けに来ない。
私はウィンドウに指を伸ばし、「はい」を選択した。
すると、空中に包みが出現した。赤いリボンで結ばれたそれを解くと、小さな白いノートが手に落ちてきた。金の縁取りが施されたそれをじっくり観察したが、開くことはできず、表紙に書かれた文字は読めない記号のようだった。
【“後悔に染まった証人”は、もっと丁寧に扱うべきだと感じています。】
私は力ずくで開けるのをやめた。
ノートを優しく撫でていると、表紙に指紋のような凹みを感じた。よく見ると、確かに親指の跡のようなものがあった。
こんなハイテクな存在が、こんな原始的な手段を使うなんて……。
親指をその場所に押し当てると、ノートはわずかに光を放ち、消え去った。
代わりに新たなウィンドウが表示された。
【「パスポート」を取得しました】
【あなたは第八現実の「トレース(Trame)」の一部となりました】
【取得した「パスポート」はデータベースに存在しません】
【システムエラーにより、「ミュトス」は削除され、ステータスが初期化されます】
……取得してもすべてリセットされるのなら意味があるのだろうか?
【初期化完了】
新たなウィンドウが開かれた:
+
【情報】
名前:キム・ホンジャ
年齢:23歳
ミュトス:[未公開]
エイドロン:[未発現]
【ステータス】
耐久:2
力:4
敏捷:1
エーテル:12
知性:4
魅力:1
運:2
【パスポート】
ステータス:アクティブ
所属:『魔王国』
危険度:存在しない
クラス:不明(計算中…)
ステラロン:200,000
+
長いステータス一覧を注意深く読み進める。
私は23歳になっていた。つまり、転生で6年分年を取ったことになる。むしろ都合が良い。ここでは17歳より23歳の方が都合が良さそうだ。
“ミュトス”や“エイドロン”など、聞き慣れない用語は読み飛ばした。
おそらく重要なのだろうが、今の私には関係なかった。
新しい肉体の影響か、力が「4」なのは悪くない。
この肉体、気に入り始めていた。
“エーテル”は12ポイント。……おそらく、魔力のようなものだろう。
エーテル。それは1900年代に考案された仮説的物質で、光や重力と関係があるとされた存在。
だが現代物理学では否定され、重力や光子に置き換えられてしまった。
「エーテルは■■■に立ち、■■■■■■の時の中で■■■■■■■二つの世界に…」
頭に激痛が走り、意味不明な言葉が響いた。
【“後悔に染まった証人”は、それ以上の思考には代償が伴うと警告しています】
こめかみを押さえた。思考にも制限があるのか?
……それなら、エーテルを鍛えるのが最善だ。
何千、何万もの魔法を使えるようになるかもしれないと思うと、心が躍った。
【“後悔に染まった証人”は、あなたの純粋な決意の消失の早さに呆れています】
は?
まさか、思考が読まれてる?
【“後悔に染まった証人”は顔を掻いてごまかしている】
最悪だ。
このままじゃ本当に気が狂いそうだ。
私は静かにステータスを読み終え、ある項目で立ち止まった。
所属:『魔王国』
……これはどういう意味だ?
周囲に問いかける。
「これは……君がやったのか?」
【“後悔に染まった証人”は力強くうなずいた】
“魔王国”という名前はどうにも不吉だが、今は味方が一人でもいるのなら、それで良かった。
読み終えると、ウィンドウは自動的に閉じた。
まるでこちらの気配を読んでいるかのように。
この“証人”が本当に善意の存在なら、大いに助けになるはずだ。
最初のトレースの報酬である「パスポート」を、出会ってすぐにくれたのだから。
彼にはシステムへの干渉力がある。彼の助けがあれば、危機からも逃れられる。
私は微笑みながら、もう一度空間に語りかけた。
「パスポート、ありがとう」
【“後悔に染まった証人”は、感謝の言葉は不要だと伝えています】
……指を噛んだ。
せっかく礼儀正しくしたのに、軽くあしらわれた。
これも、この名前の呪いなのか?
私は劇場の中をさまよい始めた。出口を探さなければ。
何度も部屋を回ったが、どの扉も閉まっていた。
このままじゃ本当に……
【残り時間:40秒】
まるで皮肉のように、ウィンドウが開いた。
苛立ちとともに手で払いのけた。
どうやって出るんだ?
どうやって?
どうやって?
どうやって?
どうやって?
【“後悔に染まった証人”は「扉から出てください」と促しています】
は?
馬鹿にしてるのか?
殺すつもりか?
【“後悔に染まった証人”は、あなたが彼の言葉を疑っていることに失望しています】
……扉から?
一番近い扉に向かい、ハンドルに手をかける。
青く光るウィンドウが扉の上に残っていた。
【残り座席:0】
ゆっくりとノブを回す。
わずかに、きしむ音と共に扉が開いた。
開いた……!
外に出られる! そう思った瞬間——
血肉の塊が目に飛び込んできた。
私は驚愕して後ずさり、膝から崩れ落ちた。
扉はゆっくりと閉まっていく。
……無理だ。この扉は使えない。
ここでタイムアップを迎えたほうがマシだ。
【残り時間:17秒】
だが、ふとある思いがよぎる。
なぜ私は怯えている?
——私は、一度死んだのだぞ?
【システムがあなたの深層の意志に反応しています】
【“後悔に染まった証人”は、あなたの決断を待っています】
この世界が本当に「不条理」なら——
【残り時間:12秒】
私は立ち上がり、扉のノブを掴んだ。
【残り時間:8秒】
最も不条理な行動とは何か?
答えは簡単だった。
——扉をくぐった。
足元には血と肉が広がり、鉄のような臭いが鼻をついた。
扉がゆっくり閉まっていく。
「フゥィッ!」
甲高い音と共に赤い光が飛び込んできた。
それは私の腹の数センチ手前で停止した。
【システムエラー】
【対象はすでに「パスポート」を所持しています】
赤い光は消えた。
……助かった。
私は胸を押さえながら確認した。
生きている。
私は細長い廊下を歩き、劇場の受付へ向かった。
中は静まり返っていた。誰もいない。
私はガラスの自動ドアから外へ出た。
風がビルの間を吹き抜ける。
車も通っていない。
そのとき、ウィンドウが再び現れた。
【おめでとうございます!】
【トレース:「ヴァンダーロッホ・ホールからの脱出」達成!】
【報酬計算中……】
【パスポート取得済み】
【報酬はステラロンに変換されます】
【20,000ステラロンを獲得しました】
【時間軸初期化中……】
ウィンドウがちらつき、もう一つ現れた:
+
【達成】
トレース:「ヴァンダーロッホ・ホールからの脱出」
説明:時間内に脱出せよ
制限時間:10分
報酬:ステラロン20,000
+
そのときだった。
ソウルの空に声が響いた。
「こんにちはー! 皆さん聞こえますかー?」
……返事はない。
「アハハ、ごめんなさい。返事できないんでしたね」
ビルの窓に影が映る。私は見上げた。
思わず息を呑んだ。
月が、空の半分を覆うほど近くにあった。
それは、赤く、血のように輝いていた。
月は空を滑るように動き出し——
右側にも同じような月が浮かんでいた。
遠くには三つ目の月。三日月の形。
まるで、空に笑顔が浮かんでいるかのようだった。
——その時、理解した。
あれは「月」ではなかった。
それは、“目”だった。