いゾン日和⑥
「あんたさ、今度はちゃんと日和ちゃんと遊んできなよ」
「あ?」
教室の後ろ、馬鹿げた提案をしてくる友達に対して、果林は鋭い視線を飛ばした。初見のやつらならビビって口を閉じるか、そのまま愛想笑いでも浮かべてその場を去るが、こいつは笑って流す。面倒くさい。
「だって結局一緒にショッピングしてないし、そのまま仲良し演じるのも変でしょ。だから今度はちゃんと行ってあげなよ」
面白がっている気配が濃厚で、果林の普段は見れない困惑している姿を見て楽しんでいる。周りのやつらも面白がって囃し立てて日和とショッピングに行くことを薦めてくる。結局は、多人数の言葉が正義になるのだと嫌気がさしたが、それを断ってしまえば果林にヘイトが向かう。それに果林がそもそも始めたことでもあるので、嫌々な素振りで果林は日和の元まで歩いた。
相変わらず、日和は自分の机で本を読んでいる。
「ねえ」
「ひゃいっ⁉」
肩をびくつかせて日和が振り向く。声をかけた相手が果林だとわかると、ふにゃっとした笑みを見せる。安心したとでもいうのだろうか。これからいじめがエスカレートするかもしれないのに。
「この前行けなかったショッピング、改めて行こうかなって。立花さんの予定どう?」
「えっ、あ、いつでも大丈夫だよ。溝畑さんの都合のいい時で。私、合わせるから」
「そ。じゃあ次の日曜ね。場所とか時間はあとでメッセージ入れとくから」
そう言って、去っていこうとしたが、果林はふと立ち止まった。
「あとさ、溝畑さんじゃなくて果林でいいよ。私も日和って呼ぶから」
さん付けで呼ぶのが面倒くさいというのもあるし、日和をさらに調子づかせることが後々の楽しみに繋がるかもしれないと思った。
「……うん。うん! メッセージ待ってるね。か、果林ちゃん」
早速かよと思いつつ、日和があんなに嬉しい顔をするとは想定外だった。その笑顔を向けられるのは、このクラスで、いやこの学校では私ぐらいのものだろうなと感じた。
「……」
なに考えてるんだと頭を振った。
これはあくまでも仮初めの関係だ。笑顔がどうだのと、まったくもってくだらない。
駅前での待ち合わせの時間は十一時だったが、果林は十一時半に駅に着いた。
正直、あまり乗り気ではなかったし、もし早めに着いて日和を待つようなことになったら時間を無駄にした気分になる。そもそも日和が前回の意趣返しで来ない可能性だってある。待ち合わせ場所に日和の姿が見えなかったら、そのまま帰ってやろうと思った。
一緒に電車から降りてきた人込みに紛れて改札を抜ける。西口の階段を降りる。バス乗り場のちょっと先にある、名前の知らない偉人がポーズを決めている像の前、日和の姿が見えた。
特筆するところのない地味目なコーデは予想通りで、まさしく文系女子という言葉がふさわしい格好だ。だけど果林は日和のことを認識できなかった。いつもかけている野暮ったい黒縁メガネがない。コンタクトにしたのだろうか、なぜこのタイミングで。まさか磨けば光ると言った自分の言葉を鵜呑みにしたのか。
日和がこちらに気づく。
てってとこちらに近づいてくる。
「お、おはよう。いや、こんにちはかな。へへ」
へらへらと笑っている。
こちらが遅れたことを咎める様子はない。
「……どれぐらい待った?」
「え? いや、全然待ってないよ。実は私も遅れちゃってどうしようかなって思ってたんだ。だから、その、全然」
目が泳ぎまくっているのに、その言葉をどうやって信じろというのだ。素直に待っていたと言えばいい。
「よかった。じゃあ行こうか」
「う、うん」
果林は遅れたことを謝らず、そして言い訳すらもせずに歩き出した。その隣を日和がわずかに遅れてついてくる。ちらちらとした視線を感じる。こちらの反応を窺っているのだろう。
きっとメガネを外していることに触れてほしいんだろうが、なんだか日和の思い通りに動くことが嫌だった。
さっさと行って、さっさと帰ろう。
適当な服などを見繕ってしまえば今日の目的は達成したことになる。それ以上は日和と一緒にいる必要はない。
百貨店に向かう。
まずは服の前に、化粧品ぐらい教えてやろうと思った。自分の使っているメーカーや正しいメイクのやり方を教えてみた。日和は面白いぐらいに頷いて、こちらの話を聞いている。果林の言葉を一つも聞き逃さないようにしていることが伝わってきて、果林は必要以上のことを喋っていた。は、と調子に乗って話し過ぎた自分を反省して話題を切り上げた。
「これテスターだしちょっと使ってみてよ」
日和はもじもじとしながら、それでも了承する。
スキンケアアイテムから試し、ファンデーションやアイシャドウも試してみる。いきなり派手に見えることのないように、あくまでも主張は激しくないように抑えている。
そんな日和の姿を、果林はスマホのカメラで撮影した。
「な、なんで撮るの。恥ずかしいよ」
「いいじゃん。記念にさ」
友達から、今回のショッピングの証拠に日和の写真を撮ってくるように言われている。彼女たちの本音は、日和の背伸びした姿を見て笑い者にしたいといったところだろう。まったく趣味が悪い。
「じゃあ次に行こうか」
服を選びに行く。どんな服がいいのかを考える。そこまで派手なものは似合わないだろうし、そもそも日和が着たがるとは思えない。果林の目に、リボンで装飾されたワンピースが目に入る。
「あんなのどう?」
「なんだかお嬢様みたいで、私なんかには似合わないと思うよ」
そりゃそうだと思う。
あんなものが似合う人間を果林は知らない。
日和を上から下からと眺めて、どうしようか悩む。そもそも日和のような人間が果林の周囲にはいないタイプなのだ。なにが似合って、なにが似合わないのかは実際に試着してみないとわからない。
日和にとりあえず試着をしてもらう。彼女は恥ずかしがりながらも果林の言う通りに着替えていく。ああでもない、こうでもないと試行錯誤しながら、その度に写真を撮影し、果林の写真のフォルダが溜まっていく。
そしてふと、なんでここまでしてやらないといけないんだと思い、適当に似合っていると褒めて終わりにしようとした。
「どう?」
試着室のカーテンを開いて、日和が上目づかいでこちらの様子を窺っている。肌の露出を控えた、彼女の雰囲気に合ったコーデになった。彼女のイメージを変えるよりも、彼女そのものの良さを伸ばすようなイメージだ。
「……似合ってる。それにしなよ」
素直に口にするのがわずかに躊躇われた。心の中でわずかにでも似合っていると思ったから、気持ちをそのまま口にするのが悔しく感じたのかもしれない。
「そ、そうかな。じゃあ、これにするね。ちょっと待ってて」
日和は嬉しそうな顔を印象に残してカーテンの奥に引っ込んだ。がさごそと音がして、日和はさっき着ていた服を手元にカーテンから出てきた。
「買ってくるね」
たったとカウンターに小走りで向かう彼女の背中を見送る。
これで今日の面倒くさいイベントは終了だ。このまま駅に戻って、そのまま解散の運びとなれば上々だ。
てってと買い物袋を提げて日和がこちらに向かってくる。
「あの」
このまま駅に戻ろうと言おうとする前に、日和が言葉を紡ぐ。
「今日でかけるって言ったらお母さんがお小遣いをくれて。これでお昼ごはんでもどうかな?」
ただ飯にありつけるというのであれば、まあいいかと意思が揺れる。
店は、最初に目に入った適当なカフェにした。カフェぐらい入ったことあるだろうに、日和はきょろきょろと辺りを見回している。そんな様子が小動物のようで面白かった。ご飯を食べ、今日のお礼を述べられ、ついに解散の運びとなった。
だがよくよく聞いていると、降りる駅は同じみたいだ。電車を別々にするのもおかしいので、隣同士で席に座った。話すような話題もなかったが、そういえばと思い出す。
「コンタクトにしたの、いいじゃん」
日和はぽかんと口を開けている。どういう感情なのかわからない。いくらなんでも指摘するのが遅いだろと思っているのか。
「うん。頑張ったんだ」
コンタクトにするだけで大げさなと思う。だけどメガネ越しでなく、直接投げかけられる視線は、なぜか不快じゃなかった。
果林は、向けられた日和の表情をぱしゃりと写真に収めた。
後日、果林は友達にどんな写真が撮れたのかを聞かれた。
「ごめん、忘れてたわ。まあちゃんとショッピングは行ったんだから許してよ」
えー、という声が聞こえる。ぶーぶーと口を尖らせる者もいた。
果林はそんな様子の友達たちを笑って宥めた。
どうして、果林は嘘を吐いてしまったのだろう。




