いゾン日和⑤
寝室では、日和が部屋の中で床にべたっと座っている。いゾンビは睡眠が必要ない。寝ようとしている時に、がさごそと動く日和が気になっていたが、それも次第に慣れてきた。寝ている果林の頬を日和がたまに触ってくるのはうっとうしかったが、それを除けば果林は快眠そのものである。
朝起きると、まず洗面所に行く。それに日和がついてくる。
歯を磨く。スキンケアをする。その動きを日和が真似をしている。鏡越しにその姿を見て、なんだそれ、とわずかに笑う。
食事も通学も授業中も日和がいる。日和は学校にもいつもいたはずなのに、なぜか今までと違う感じがする。まあ人間といゾンビではそりゃ違うだろうとは思うが、なにが違うのかは言語化できない。
二十日も経ったら、いゾンビのいる日々が当たり前となった。周りの視線にも慣れてきた。日和の両親と会うことも、申し訳なく思いながらもそれでも上手くやれていると思う。今までの生活に刺激ができて、むしろいい機会だったのではないかと考えた。
だけど考えるのは、日和がどうして果林に依存しているのか、ということだ。彼女をいじめていた復讐だというのなら、果林よりももっと他にいるんじゃないかと友達を見回した。この中で一番日和の恨みをかっているような覚えはない。
それにこいつらに日和をいじめていたという自覚はない。
一歩引いた視点からものを見ていたからこそ、果林は自分たちがいじめていたのだと自覚ができている。だからこそ、果林は表面上だけでも日和の味方という立場にいたのだ。なにかがあった時のため、自分だけでも言い逃れができるだろうと考えていた。
そんな思考を見透かされていたのだろうか。
放課後に買ったアイスを食べながら、隣で歩いている日和を見つめる。馬鹿みたいに口を開けて、目の前に飛んでいる蝶々を眺めている。夕陽で空気が赤く染まり、河川敷に流れる独特の草の匂いがする。
この川で溺れて彼女は死んだ。雨の日に氾濫する濁流に飲まれて、肺の中が汚水で満たされて呼吸ができずに死んだらしい。遺体の損傷が少なかったのは不幸中の幸いだというが、死んだ以上の不幸などないだろう。だから彼女の身になにが起ころうとそれはすべて不幸中の幸いになる。いゾンビになったことも、彼女にとっては幸いなのかもしれない。
三十日で活動の終わるいゾンビである彼女の幸いも、あと十日だ。
彼女はいったいなにを求めているんだろう。
この日々が、彼女のなにを満たすのだろう。
死を覆してまで果林の元にやってきたのは、どのような意味があるのだろう。
アイスの最後の一口を入れる。唇に触れて冷たさを感じる。日和と手の甲が偶然に触れあって、日和の体の冷たさを知る。
自分も同じ温度になれば、彼女の心を理解できるだろうか。




