9話 宣戦布告
「さぁ、最後は”パワー”!種目はぁ…………腕相撲!!!」
「……………はあ!!?腕相撲!!?相撲否定しといて腕”相撲”じゃねぇか!!部位絞られてる分尚更地味だろ!!」
高らかに最後の種目を宣言する紅咲に対し、弌茄君が全力で突っ込んでいた。
「ノンノン吉田君」
「吉井だよ!!!」
「ノンノンよっしー」
「その呼び名に訂正は反映されてんのか!!?」
「腕一本の勝負だからこそ、テクニック度外視のパワー勝負が叶うんじゃないか。まぁこれがアームレスリングなら厳密なルールに加えパワー以外の様々な要素が勝敗に絡んでくるけど……今回は単なる力比べ。何も考えずに手を組んで倒して、手の甲が台に付いた方が負けさ!!」
「まぁ確かに……競技に偏見持つのは良くないが………………ていうか、台は?」
「二人が持久走してる間に、吉井君のクラスに侵入して君の机を持ってきたよ」
「何してんだよ!!!」
「良い座り心地だね」
「降りろ!!!!!!」
不貞腐れたような顔で弌茄君の机から降りる紅咲。………もしかすると、かなりアレな男なのかもしれない。
とりあえずあの机は紅咲の座った部分だけ滅菌消毒した上で数週間弌茄君が使用した後に改めて私が拝借するとして。
「でも普通に三本勝負だから、もう2-0で吉井君の負けだよね?まだ続けるの?」
「急に冷静な煽りを入れてくるなよ……!んな事分かってる。でも……最後までやらせてくれ」
「ま、おもしろいし別にいいけど。んじゃあ二人共、机を挟んで立って立って!!」
「……もう完全にコイツがコミッショナーじゃねぇかよ……。すまん、井原。俺から仕掛けた勝負なのにこんなことになっちまって」
「……………あぁ」
ていうか弌茄君、死ぬほど私の事間男として憎んでるハズなのに配慮欠かさないの何?そのまま私の恋心にも配慮して伴侶になって欲しいんだけど。
「じゃあ、両者共に構えてぇ~~~~~………!!」
「よし……やるからには全力で行くぞ井原!!」
「あぁ」
弌茄君の超絶イケメンボイスを前に平静を装いながらも、中腰になって右ひじを机の上に付ける。一つ呼吸を置いて、二人はそのまま手を………
手を………
……………テヲ!!!?!??!?!?!!???!
テヲドウスルノ!!!??ドウスルッテイウノ!!???!クッ………クックククッ………組むの!!??!?今から私と弌茄君が!!??
そんなのもう×××(自主規制)じゃん!!袖すら触れ合ってないのにいきなり皮膚、しかも手なんて触れちゃったら私どうなっちゃうの………!!?全年齢の範囲内で理性保てる………!!?
「………井原?どうした、早く組もう」
「えっ………あ、そうだな……く、組もう」
平然と言ってくれちゃってさぁ私が男だと思って!!!冗談じゃないよ弌茄君!!!日々放送コード限界突破の妄想続けてた十年来の初恋(現役)の相手といきなり手を組む私のEDM並みのBPM叩き出してる心臓への負担考えてよ!!!!!
あわぁ~~~~どうしようどうしよう……てか……手汗!!!手汗かいてない!?いやいやこんな事考えてたら余計緊張して汗が……で、でも…………くぅ………
「じれったいな………さっさと始めようぜ」
すると突然、弌茄君が固まる私の右手を思い切り掴んだ。
その瞬間……脳が手のひらから伝わる刺激を触覚として認知→誰の手かを視覚として感知→それらの判断材料から、この状況が”弌茄君と思い切り手を組んでいる”という事を理解するまで十七秒間の硬直。
身体が一気に熱くなり、つま先から頭頂部までぞわぞわと言い表せない感覚が駆け巡る。呼吸数も露骨に増え半ばパニック状態。
挙句の果てには……壊れた機械の様に頭から湯気が出て、眼もぐるぐると焦点が合わずに彷徨い始めてしまった。意識のほとんどを失いかけているにも関わらずまだ思考が続いているのは、”この瞬間をコンマ一秒でも長く脳に焼き付けておかなきゃ”という欲に塗れた動機だけ。
「ん!?ど、どうした井原、なんか煙出てるぞ頭から!!大丈夫か!?」
「も……問題ない。昔から出るんだ、煙。腕相撲する時」
「腕相撲限定で………?マイノリティすぎるだろ………それにそんな人生で頻繁に起こる催しか?腕相撲……」
「俺の世界では起こる」
「同じ世界の筈なんだけどな………」
脳の予備電力でなんとか会話を成立させ、徐々に正常な思考へと戻していく………いや絶対戻んないけど、せめて勝負と会話が成り立つくらいにしないと流石に色々バレてしまう。
うわぁ~~~それより弌茄君の手おっきぃ~~~~~~~好き~~~~~~~~!!!口角上がり過ぎて外気圏まで達しちゃいそ~~~~~~~!!!手汗のこととかもう考えられないんだけど!!!
こ、このまま指を十秒ごとに一本ずつ絡めていけば最終的に気付かれないまま恋人つなぎとかに出来ないかな………どうしよう、出来る気がするけど絶対脳内麻薬のせいだよね。一本目で気付かれるよね。今はもうこれを広義の恋人つなぎだって解釈を広げる事しか出来ないよね。
「よし!準備整ったね、それじゃあレディ~~~」
すると次の瞬間、紅咲が組み合った私と弌茄君の手の上に自分の両手を乗せようとする暴挙に出始めた。それを察した私は脊髄反射で
「やめろ!!!!!」
人生最高記録を更新する大声を以て制止した。
「やめろ……………」
重ねて、底知れない程の恨みが籠った眼光で奴を睨みつける。
「目ぇ怖っ……………ご、ごめんて井原君……!”自分たちのタイミングでやらせろ”って事でしょ!?わ、分かったよ」
「分かればいい……」
都合良い解釈をしてくれたのでそれに便乗した。
「そ、それじゃ声のみで合図するからね。行くよ二人共!レディ~~~~~~~~」
「絶対に……負けねぇからな、井原」
「あぁ」
”十年片思いしている相手とグラウンドの端っこで机一つ隔てて腕相撲”という、スマホの予測変換で組み合わせた様な状況を知らないギャラリーが皆一様に固唾を呑む。
そして……
「ゴォッッ!!!!」
「うおぉッッッ!!!」
「ッ………」
スタートの合図で一気に、身体ごと腕に体重を乗せる弌茄君。
しかし、決着はまだ着いていない。
………これは嫌味でも自惚れでもないけど、単純な力勝負でもたぶん弌茄君に勝てる。私の身体は、流れる血はそういう風に出来ている。
それに加えて昔から、私は自分自身を鍛え続けてきた。毎日毎日、血反吐を吐くほど。
万が一弌茄君以外の男に言い寄られても一瞬で撃退出来るように。そして、あの時の様な失敗をしないように。
それ故か、私は運動関連で一度も男子に負けたことがない。……まぁ弌茄君以外の男には触りたくないから、こういう体が一ミリでも触れる競技は全て躱してきたけど。おそらく腕相撲でも……
「ぐぅ………ぁ………!!」
「………」
現に、私が力を入れている以上……弌茄君の腕がこちらに倒れる気配は無い。やっぱり力でも私が………
………。
……………こんな私を、弌茄君は好きになってくれるのだろうか。
男の子よりも力を付けて、本来ならしたくもない男装をして、聖海ちゃんを奪ったって勘違いされて………
「………」
こんな私の”好き”を、受け入れてくれるのかな。
そもそも、弌茄君が私を……本当の私を見てくれる日なんて来るのかな。
思考が、急に纏まらなくなる。……血の気が引いていくような、意識が底に沈んでいくような……。
あ、力まで……入らなくなってきた………
でもいいか、別に負けても。勝敗なんて……どっちでも…………
彼がずっと見てるのは私じゃなくて……
「くっ………負けねぇ……………」
「………」
「っ………踏ん張れ俺……!!ずっと……十四年間……!!俺は……聖海をっ……………!!」
…………聖海。
聖海、聖海って………ずっとそればっかり。
こんなに好きなんだよ?私、弌茄君の事。身勝手だし一方的なのはわかってるけど、それでも私はずっと、ずっとずっと君の事が好きなんだよ。
……さっきよりも力が増してきてる。もう少しで、私の手の甲が机に着いてしまう。
悔しい。何もかも崩れてしまう程。当然、この勝負に対してじゃない。私の十年なんて見向きもされないほどの、彼の聖海ちゃんに対する十四年に。
どうすれば私を見てくれるの?どうすれば聖海ちゃんじゃなくて、私を見てくれる……?
私がこんな格好してなければ………
………………いや。
私が………勝てば…………
「うおぉっ!!!?」
「おーーっとどうしたんだい吉崎君!!?急に驚いた顔をして!!」
「吉井だ!!い、いや……!!急に……井原の力が……!!!」
負けない、負けたくない。
十年……、違う。そんなものは、ただの数字でしかない。
君の十四年なんかに、私の人生が負ける筈がない。
いいよ、分かった。そんなに聖海ちゃんの事が好きだっていうなら………諦めさせてあげる。
どんな手を使っても、君が募らせてきた恋心を全部引き剥がしてやる。
………私が、間男として。
「ぅ………ああぁぁあ……!!!」
「クソッ………押し返……される………!!!」
「あぁ………ああぁぁああぁぁああ!!!!」
振り絞った最後の力を、固く繋がれた右腕に込める。驚いた弌茄君はすぐに体勢を戻して応戦し始めた。
しかし数秒後……騒がしいギャラリーの声援や、周囲の雑音など一切聞こえない中で………彼の腕が静かに倒れ、叩きつけられる鈍い音だけが私の鼓膜を震わせた。
「っ………し、勝者は……井原君!!!」
紅咲が興奮気味で、右手を挙げて高らかに宣言した。
次の瞬間、生徒たちが皆一斉に歓声を上げる。
「す………すっごーい!!流石井原君!!」
「まぁ、井原君が勝つってわかってたけどね!」
「おめでとーー!!こっち向いてーー!!」
女子生徒達は一様にはしゃぎ、騒ぎ、挙句の果てにはスマホで私を撮りだす始末。……盛り上がれればそれで良いのだろう。
そして黄色い声援の中には、野次馬で来ていた男子生徒の声も交じっていた。
「でも……吉井も、惜しかったよな」
「それな。……つか途中、誰かの名前言ってなかったか……?」
息を切らしながら、私は弌茄君の下へと近づく。紅咲の『勝利のご感想を!!』とかいうふざけたインタビュアーごっこには目もくれず、悔しさに震えている彼の下へ。
「………いつ……………吉井」
「……………井原」
「分かったか、これで」
「な……何をだよ」
切らした息を整えて、今一度肺に空気を入れる。……再会してから初めて、彼の眼をしっかりと見た。でも、今だけは耐えなきゃ。
これから私がするのは、妄想でも告白でもなく………
「私の……方が……」
「………?」
「俺の方が………!!!何倍も……何千何万倍も!!!」
彼の想いに対する、
「あっ………愛してるんだ!!!!!」
宣戦布告なんだから。