8話 不覚の勝利
「じゃあ、まず最初の種目は………”短距離走”だね!!」
「いやなんで種目まで決めてるんだよ!!」
遂に幕を開けた俺と井原の男の決闘。……しかし突然割り込んできた謎の陽キャ紅咲により、いきなり出鼻を挫かれたのだった。
「だってさぁ……吉井君、最初何で勝負するって言った?」
「………相撲」
「相撲て!!!!!わざわざ校舎から飛び出して体操着のままやる勝負が相撲一本て!!!地味にも程があるでしょ!!」
「別に派手じゃなくていいんだよ!!地味とか言うな!!失礼だろ角界に対して!!」
「角界への配慮は置いといて………せっかく勝負するなら、”スピード”、”スタミナ”、”パワー”とかに競技を分けて、もっと総合力で勝敗付けるやり方の方が良くない?それなら勝っても負けても納得行くだろうし」
「うっ………何で急にまともな意見を出してくるんだ……」
「井原君も、そっちのが良いよね?」
「……俺はどちらでも構わない」
「よし、じゃあ決まりだね!最初の種目は”スピード”の短距離走で!!」
「どんどん第三者に乗っ取られていく………!せっかく体育館押さえたのに………」
◆◇◆
「じゃあ二人共、並んで!」
赤割り箸(紅咲の事)の指示に従い、私と弌茄君はグラウンド横に引かれた100メートル走用の白線レーン、その一端へと並ぶ。常に制服の下に体操着は着ているため、並ぶ前に上着をさっさと脱いでいた。
………弌茄君の身体能力は、彼の全てを把握したい私にとっては不本意だけど全くの未知数。でもまぁ私にとっては勝ち負けより弌茄君と何か出来るだけで十分だし……この勝負も”青春イベント”と考えれば段々と楽しくなって……
「井原。………間違っても、手加減は無しだ。全力で俺と戦って欲しい」
「……………あぁ」
無理かぁ~~~~~~……波打ち際で戯れるようなスピードで二人並んで走りたかったんだけどなぁ………!!目がバッキバキにマジだもん弌茄君。あんまり見てたら興奮してくるから顔向けらんないけど。とにかく、私も全力で挑むしか選択肢がなくなってしまった。
脳内に投影させていたプライベートビーチを消し、足元のスターティングブロックに足を乗せる。
ギャラリーは依然退く気配無く、体育祭さながらの熱量を以て私たちを観戦している。早く家に帰って欲しい本当に。赤割り箸も含めて。
「よし!位置に着いたね。………じゃあ行くよ!!第一種目”短距離走”!!」
スターターピストルなど当然無い為、紅咲は懐からブブゼラを取り出した。日常生活にブブゼラが必要な場面が、きっと彼にはあるのだろう。
タイムは、二人の走りをスタート直後からスマホの測定アプリとやらで撮影して結果を出す。二人毎のタイム測定ができる上に、接戦だった時のビデオ判定の様な役割も担える、との事。
「よーーーーい……………スタートッッッ!!!」
いつぞやのFIFAワールドカップ振りに、我々の鼓膜がブブゼラのやかましい音で破壊される。
その瞬間私達二人はスタブロを蹴り出走した。
「井原君がんばれ~~~!!」
「行けぇ~~~!!井原く~~ん!!」
見知らぬ哺乳類の雌達が口々に私への声援を送る。正直ブブゼラよりも不快だが、今そんな事はどうでも良い。とにかく全力で………
「………っ!!」
しかし、およそ50メートルを過ぎたあたりで、体の違和感と一つの気付きを得る。
突然、話は変わるが……男装生活を送るにあたって欠かせないのは、メイクとヘアスタイルだけじゃない。体型も男さながらに見えるよう注意する。
………そう、私は今、胸にさらしを巻いている。しかも普段は体育があっても適当に流してるから、ここまで全力で運動する事を想定しておらず……かなり最小限な巻き具合なのだ。
故に、このまま全速力を出すと……その……とにかくヤバい。もしそうなってしまえば、『急に女性ホルモンが活発化したみたいで』くらいしか言い訳の余地が無い。かといって急にスピードを落としたり止まったりすれば手加減したとみなされて再走もあり得る。
ど、どうすれば………
脳をフル回転させ活路を探す。この状況で、さらしを無事機能させ続けるには………
「え………い、井原君!?」
「どうしたの急に!?大丈夫!?」
瞬間最大IQ五桁に達した私が至った最適解。それは………”腕を組みながら走る”。
両腕でさらしごと抱え込み、胸に伝わる振動を最小化して……更にダメ押しで、より一層の前傾姿勢を取る。これに関してはもう”なんとなく”である。見たか世界、これが五桁のIQだ。
《一方、その様子を見ていた吉井弌茄の脳内》
『急に腕組んで”コサックダンスLv100”みたいな態勢になったんだけどこの人………え、陸上界の新定番か何かなのか!?このフォーム!!それとも死ぬほど舐めプされてるって事か!?い、いや……本気でやってくれと言ったしな………嘘付いたかもなんて疑いたくないし……やはりこのニュージェネレーションコサック走りは彼の本気という事なのだろう。……もうそういうことにしとこう』
《その間、4.87秒》
「ゴーーーーール!!!!勝者は、井原ヒロ選手!!!」
次の瞬間、歓声が沸き起こる。どうやら僅差だが私が勝ってしまったらしい。
………そして、さらしは無事だった。危うし私の青春。
「井原。………負けたよ」
「………」
振り返ると弌茄君が立っていた。顔にかいた汗を上の体操着の裾で拭う仕草が最高だった。一緒に肌着もめくれて腹筋が見えた。予想してなかったけどバッキバキだった。いくらなんでもそれは私の事殺そうとしてない?
「でも次の種目は負けないからな!!」
すると、へらへらと笑いながら二人の間に紅咲が割り込んでくる。
「いやぁ、でも結構接戦だったよ二人共。井原君の羞恥心度外視のコサック走りが空気抵抗を減らしたがゆえに、競り勝ったのかもね!!」
「………」
五桁のIQを以てしても、”あの走り方をした際に生じるシュールさ”に考えが至らなかった。……それに気づいた瞬間顔がマグマの様に熱くなっていくのを実感する。正直、さらしが外れた方がよかったのかもしれない。
「ていうか紅咲ーー!タイム見してくれよ!!」
ギャラリー内の一人の男子が、野次のようにそう叫ぶ。……それに賛同した数人も、タイムの開示を求め始めた。
「え?……あ~~~……………いや、別に良くない?勝敗は付いたんだからさ!よし次行こう!!!」
何かはぐらかすように、紅咲がパンッと手を叩く。
……とりあえず危機は乗り切った。残るは”スタミナ”と”パワー”……。スピードと違い、あれ以上さらしにダメージが行くような種目はそうそう無いだろう。
「じゃあ次は”スタミナ”!!!…………グラウンド四百メートル五周の持久走、行ってみようか!!!」
「は……………?」
そして私は、引き続き必殺のコサック走りでトラック二キロを駆け回り………本日二度目の勝利を獲得してしまうのだった。