63話 翼竜雨中
突如アニマピアに登場した、ミラノ行きを夢見るアパレル店員 鱗目さん。
艶やかな黒髪を靡かせながらも、その顔は明らかに朱に染まっていた。
「は、破滅の魔法使い!?何か怖いねイバちゃん……」
「えっ!?う、うん。そうだね……」
私が感じたのは恐怖というより、”知り合いが赤面しながらド派手な衣装を着て魔法使いを自称している”という状況に対する共感性羞恥だが……そんな事を知る由もないさえちーと周囲の来場者達は、皆突然の展開に驚き、困惑していた。
「にんげんさん!あの人は僕たち動物が作った街を壊して、全部を奪うつもりだよ!おねがい、ルイン・ウィッチを倒して!!」
柴犬が、すっかり流暢に懇願する。
「オ、オーーーッホホホホ!!下等な人間風情に、この私を倒すなんて無理よ!!今から展開する特殊なVR空間で、迫りくる悪の動物達を魔法を駆使して撃退するなんて、出来るハズがないわ!!!
ゲーム内容とクリア条件を高飛車に教えてくれる鱗目さん。なんというか、ちょっともう見てられないかも。
「さぁ!では早速アナタ達を地獄に誘ってあげるわ!!……私の僕よ、出てらっしゃい!!」
「承知しましたドリ!!」
「「……ドリ?」」
さえちーと顔を見合わせた瞬間、鱗目さんが羽織るローブの影から一体の着ぐるみが飛び出した。
着用する衣装が全て漆黒に染められ、禍々しく歪んだ杖を手に持ってはいるが……その見た目は完全に、ファンドリ君の色違いだった。
「ふぁ、ファンドリ君!!?まさか私たちを裏切って……!?」
さえちーが絶望に撃ち抜かれたような表情で彼らを見る。これだけ全力でリアクションされたら演者側も報われるだろう。
「ド――リドリドリドリ!!こっちが本当の僕ドリよ!!人間ども、覚悟するドリ!!えいっっ!!」
闇堕ちしたファンドリ君が杖を上空に掲げると、晴天の中に突如として暗雲が垂れ込み太陽を隠す。雲間からは稲光が堕ち、一瞬にして闇に包まれた空間に不気味な閃光を齎した。
「えぇっ!!?な、なにこれ……急に天気が……!」
「すっご……!ま、まさか本当に魔法……!?」
天変地異を引き起こした彼らに驚嘆する我々。
「わ、私の魔法に驚いたかしら!!?決してアニマピア全体が巨大ドームになっていて、穹窿部に張り巡らされた数百万個ものLEDで超リアルな背景を映し出し、その映像を切り替えて天変地異を表現した訳ではないわ!!」
ここでルイン・ウィッチこと鱗目さんによる解説が入る。この場においても解説役として職務を全うしているらしい。
だがゲートを潜ってから今に至るまで、ここがドームの中とは思いもしなかった。外側にも、LEDビジョンで内部の背景を表示しカモフラージュしていたのだろうか。……ギリギリ魔法じゃないだけで、とんでもない技術じゃないか……?
「にんげんさん!みんなも魔法を使ってアイツを倒すんだ!」
我々の後方ですっかり避難完了済みの柴犬含む動物たちが、我々に向かって何やらテニスボール大の黒い球体を投げつけてきた。
「うわっ!!?な、何!?」
避ける間もなく球体が体に直撃する。柔らかい為痛みは無いが……その瞬間、球体が弾けて内部から何かが飛び出した。体全体がそれに覆われ、胴と四肢に纏わりつく。反射的に閉じていた眼瞼を開くと……
「い、イバちゃん!!これっ……!?」
「ろっ……ローブ!?」
私たちが纏っていたのは、鱗目さんとは異なる黒いローブ。頭にはステレオタイプの魔女帽子が被せられ、足元には短い杖が転がっていた。
「ふん、球体に格納された衣装が対象との衝撃によって展開し着用までを自動的に行うガジェット、”クロージング・スフィア”とは………動物にしては中々の技術力ね」
「そこは魔法という体はとらないんだね……」
「っていうか、どれもテニスボール大に収まる大きさじゃなくない!!?杖とかどうやって仕舞われてたの!?」
「細かいことは気にしないでにんげんさん!!そういうもんとして受け入れてくれないと話が進まないよ!!」
何やらとんでもなくメタな発言が出た気もするが、敢えて触れないでおこう。
困惑はそのままに、ふとローブの襟元を一瞥する。黒地に目立つ白色の刺繍で、小さなロゴが二つ描かれていた。一つは”S・I”、恐らく技術面で提携しているという”スパーク・インテリジェンス”のロゴだろう。そしてもう一つは完全に見覚えがある。我が姉の経営するブランドKouKoúli -Froútonのロゴだ。
「………」
恐らくフルトンは、パーク内におけるキャスト及びゲストの衣装等の面で提携を結んでいるのだろう。節操なしに事業の手を広げる姉の事だ、そこに関して大した驚きはない。
しかし、フルトン社員である鱗目さんが不自然にここで働かされているという事は……まさか、この前のサブマリンシティでの一件に関して責任を取らされてる!?
……姉には一切話してないし、あの時は他のスタッフさんもお客さんもイベントの一種だと思って割とノリノリだった筈………
「出でよ、悪の動物達!!アニマピアをめちゃくちゃにするドリ!!!」
直後、甲高い獣達の声がドーム内に轟く。上空を見上げると、遥か向こうから黒々とした一つの塊がこちらに向かって来ていた。
凄まじい速さで迫る塊は徐々にその全容を表す。群れを成していたのは、人間とほぼ同等の体長とそれを大きく上回る長さの両翼を持つ古代生物の代表格、プテラノドンだった。
「えっ………恐竜!?」
「た、確かに動物っちゃ動物だけど……!世界観どうなってんのこれ!?」
喋る動物に魔女に恐竜。空想のアソートパックが如き状況の中、私とさえちーは咄嗟に足元の杖を拾い、とりあえず翼竜の群れに向かって構えた。
「こ、ここからどうすればいいの!?」
さえちーの質問に柴犬が答える。
「そのまま敵に杖を向けて、杖の先端に魔力を込めて撃つんだよ!」
「魔力!?そ、それこそどうすれば……」
「握力と、皮膚から発せられる熱を杖が感知するんだ!杖を振ることが発射のトリガーになっていて、感知した力及び熱の強弱を攻撃力とした魔法が撃てるんだよ!!」
「なるほど!説明上手だね柴犬さん!」
「そういうの最初に全部パンフか何かで説明しといてくれない!!?」
敵味方関係なく逐一世界観をぶち壊してくる構成に不満を抱きつつも、柴犬の言う通り杖に力を込める。
やがてプテラノドンの群れは私たちの頭上を黒く覆いつくし、次々に街に向かって降下を始めた。
「来たよ!撃って!!」
「す、凄い立体感なんだけど……あれもCGなのかな!!?」
「オホホホ!!!錯視と立体音響を利用した、ゴーグル等を一切用いない非侵襲的VRよ!」
「その他にも何か色々あって当たり判定とかもちゃんと反映してくれる凄いテクノロジードリ!!」
「そういうのを最初に説明してっつってんの!!あと、解説を”色々”やら”とか”やら”アレ”やらで誤魔化すな!!」
ごちゃごちゃやってる間に、鋭い嘴を向けた翼竜たちが雨中が如く襲いかかる。とてもVRとは思えないリアルさに、私を含めた大勢の来場者は杖での攻撃などそっちのけで逃げ惑う。
プテラノドンが突っ込んだ家屋や教会は次々と木っ端微塵に砕け散り、飛散した瓦礫がどこまでも転がっていく。
「めちゃくちゃ街壊されてるけど!!?本当にVRなのこれ!!?」
「建築物も全部ホログラムだよにんげんさん!!そういうもんだからこれ以上疑問持たないで!!」
「そりゃあ持つよ!!命に関わるかもって思ってたんだから!!」
しかし、転がる瓦礫は接地した右足に触れた瞬間、微かなノイズを発しながらすり抜けていく。当然痛みも無く、柴犬の言う事は本当らしい。本当に”そういうもん”なのだ。
「さぁ、逃げ惑うがいいわ人間ども!!アニマピアと共に消え去りなさい!!」
「にんげんさん!!早くしないと街がなくなっちゃう!!あいつらをやっつけて!!」
「そう言われたって……うわぁっ!!?」
動物たちの叫びに応じたいのは山々だが、猛スピードで飛来する無数の翼竜達をたった数十人で撃退するなど無茶だ。技術力の誇示にかまけて、ゲームバランスを度外視しているとしか思えない。
こんなの、完全に負けイベント……
「えいっ」
敗走に勤しんでいた矢先、後ろから腑抜けた掛け声が聞こえた。
振り返ると、たった一人初期位置から動いていないさえちーが杖を前方に突き出している。そして彼女の眼前には、魔力による砲撃を受け、今まさに爆発四散寸前のプテラノドンが悲痛な断末魔を上げていた。
「ギイイィィイィ!!!」
耳を劈く金切り声と共に内部から爆発し、臓物を辺り一面に撒き散らして息絶えるプテラノドン。死亡時の惨憺たる光景も精密に作られており、それを見た来場者達は、私を含め皆猛烈な吐き気を催した。
「あっヤッベ……モザイク設定し忘れてたドリ……ちょっと待ってね」
「そんな設定作るんなら初めからグロシーンなんて入れないでよ!!!」
ファンドリ君がどこからともなくタブレットを取り出して設定を弄りだす。
幸いと言っていいものか、今回の来場者は皆中高生以上のようだが……もし子供が居たら老後まで残るトラウマを植え付けかねない。何が”対象年齢6歳以上”だ。世の小児を何だと思ってるんだこのパーク。
「えい、えいっ、えいっ!!!」
一体目の惨劇をものともしないさえちーは、向かい来る無数の翼竜を次々に攻撃していく。死角となる背後からの特攻も華麗に躱し、宛ら舞い踊る様な杖捌きで撃退。彼女が放つ魔弾は一切の打ち損じなく、今さっきファンドリ君が行った設定も相まって、アニマピア全体がモザイク塗れになってしまった。
「地獄絵図すぎる!!!……でも、さえちー凄っ!!一気に三十体くらい倒してない!?」
「手品とか大道芸とかやってるし、動体視力には自信あるんだ!えいっ、えいっ!!……あはは!なんか本当にサイキッカーになった気分!!」
「絵面としてはサイキッカーっていうよりスプラッターだけど……」
以前彼女が披露した超常的なパフォーマンスからも、類稀なる動体視力と反射神経を持つ事は確かだ。
しかし赤黒く染まるモザイクの嵐の中で笑うさえちーは、傍から見れば完全にサイコキラー魔女である。
しばらく目を見て話せそうにない。タメ口を使うのも憚られる。
「これでっ!最後の一匹!!」
こうして、機械的な精密さと俊敏さで全てのプテラノドンをたった一人で蹴散らしたさえち……佐伯さんは、降りしきる血のホログラムを体に透過させながら、私に向かって勝利のVサインを掲げるのだった。




