62話 動物たちの街
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ファンドリ君による狂気のもてなしを受けた後、私たちが訪れたのは西側のサウスエリア。
全体のコンセプトは”動物たちの街”。色濃い木目が露わになった木組みのゲートを潜ると、人間の腰くらいの高さの可愛らしい家がそこかしこに軒を連ねていた。
「かっっっ……わいい~~~~!!なんかおとぎ話の世界みたいだねイバちゃん!!」
「本当だ……しかもどの家もめちゃくちゃしっかり作られてる……!」
さえちーを先頭にして、緑の絨毯に挟まれた小道を進んでいく。横を見れば池や風車、向こうを見れば小山に教会。そしてそれら全てが家屋と同様スケールダウンしている。コンセプトに従い、景色の全てを動物たちのサイズに合わせているのだろう。
やがて道を渡りきると広場に出る。円の地形を縁取りするように煉瓦造りの小さい家が並び、中央には小さいながらも懸命に水を吹き出す噴水が映える。極めつけは、目を輝かせながら写真を撮る来場者たちの合間を縫うように縦横無尽に駆け回る、愛らしくデフォルメされた二足歩行の動物たちだった。
「なっ……何これ!!?どうなってるの!?」
「た、多分ロボットとかなんじゃない!?にしてもクオリティ凄すぎるけど……ぬいぐるみが歩いてるみたい……」
身長は人間の膝より少し高いくらい。健気に駆動させる四肢もぬいぐるみ規格。柴犬、パンダ、熊、リスetc……絵本から飛び出してきたような小さくモッコモコな動物達が皆楽しそうに広場を駆ける。
噴水の脇には唯一人間規格の看板が設置されており、丸文字のフォントで説明文が記載されていた。
「えーっと、『ここは、魔法の力で進化した様々な動物たちが暮らす街”アニマピア”。不思議で楽しい彼らの生活を覗いてみましょう』………だって!なんかワクワクするね!」
しかしその下には、本文よりも長い注意書きが続いている。さえちーに続いて私が読み上げた。
「『※エリア内に設置された動物は当園と業務提携を結んでいる”スパーク・インテリジェンス”様により開発されたAIロボット(以下、”動物")です。眼球部分に搭載されたセンサー、体内の咽頭部に設置された発語ユニットによりそれぞれ衝突防止とゲストの皆様との会話が可能です(対象年齢6歳以上)。万が一動物に対する故意の破壊等を認知した場合、然るべき法的措置を検討……』…………急に現実に引き戻されてワクワク消え去ったんだけど……」
”癒着”と”技術”と”法律”。人間の叡智と柵の縮図のような説明が、ゴリゴリの明朝体でギッシリ書かれている。せめてフォントサイズくらいは本文より小さくしてほしい。最初の文のファンシーさとのコントラストが深すぎて、何かの風刺にさえ思えてくる。
「にんげんさん!ぼくたちのまちへようこそ!!」
「うわっ!喋ったよイバちゃん!!?」
民草の中の一匹、なんとも情けないつぶらな瞳を湛えた柴犬が、いつの間にか私たち二人の前に駆け寄り、見上げながら歓迎してくれていた。………”故意の破壊で法的措置”という文面が脳裏を過り、我々にそこはかとない緊張が走る。
「もうすぐ”おまつり”がはじまるから、にんげんさんたちもたのしんでいってね!!」
「「おまつり?」」
広場をよく見ると、家屋だけでなく幾つもの露店が散見した。先ほどの看板の足元には、小さな櫓のようなものをせっせと設置する有志のリス達もいる。どこか日本の夏祭りを彷彿とさせる雰囲気だ。
「私たちも参加していいの!?」
「い、いやさえちー、そんな普通に話しかけても無理が……」
「もちろん!たべたりおどったりして、いっしょにたのしもうね!」
「AIすげぇ!!!」
驚きのあまり男口調が出てしまった。口は単純な開閉をするだけだが、人工知能と発語ユニットによる会話は誇大ではなかった。……技術の最前線に立たされているようで、もはや彼らに抱いていた愛らしさは文明への敬服に様変わりしていた。
「ここはアトラクションっていうより、イマーシブって感じかな?」
「え、何それ?」聞き慣れない単語が登場し、思わず聞き返してしまう。
「”没入型”っていうか……物語をただ観るんじゃなくて、演じるキャストさんの中に観客が混ざるってやつ!その世界の住人になって、物語を自分の選択で変えられたりとか出来るんだよ!」
何となく聞き齧った事はある内容。といっても、キャストがAIロボットに置き換わっているのは異例も異例だろうけど……
「ってことは……今から動物たちのお祭りに、本当に私たちが参加出来るって事なのかな?」
「にんげんさん、じゅんびできたよ!」
さっきの柴犬が、広場の中央で短い両手を目いっぱい広げている。
露店は照明を煌々と放ち、有志のリスもいつの間にか立派な櫓を完成させていた。
「これが、ぼくたちのおまつりだよ!!」
次の瞬間、広場の向こうに見える小高い丘から盛大な花火が上がる。
動物たちは一堂に会して踊り出し、櫓の上ではふてぶてしいパンダが巧みなスティック捌きで和太鼓を打ち鳴らし始めた。
「すごいすごい!!本当にお祭りだ!!」
さえちーを始め周囲の観客達は、小さいながらも完成度の高い祭りの雰囲気に圧倒されていた。
幾人かは動物たちに手を引かれ輪の中に、露店では焼きそばやフランクフルトなど、ミニマムサイズだが実際に食べられる商品が提供されており、若い女性たちは愛らしさに身悶えしながらそれを購入している。
「イバちゃんも踊ろうよ!ほら!」
「えっ!?あっ……!」
テンション最高潮のさえちーに連れられ、私達も踊りに参加した。
盆踊りとよさこいをミックスしたような振り付けに戸惑いながら、何とか合わせて食らいつく。
「にんげんさんじょうずだよ!もしかして、むかしやってた!?」
「そ、そうかな……?」
人間のツボを絶妙に刺激するリアルな褒め言葉にうっかり気を良くしてしまう。
始めはテクノロジーに圧倒され没入どころじゃなかったけど、アニマピアの愛らしくどこか滑稽な雰囲気に振り回されているうちに段々と気分が高揚していくのを感じた。
「もういっぱついくぞ!やろうどもォ!!」
「「「おす!!!」」」
丘の上では頭に荒々しくタオルを巻き、長い耳が横に倒れてしまっている花火職人のウサギたちが、甲高い癖に無駄に鬼気迫る雄叫びを上げながら花火の次弾をセットする。
次々と打ちあがる花火は動物たちや露店のシルエットに華を咲かせ、果てにはナイアガラの滝のような巨大花火までお手の物。会場の盛り上がりはピークに達していた。
「わぁ……!」
いつしか人酔いも忘れ、我ながら様になった踊りで動物達、そして他の来場者達と顔を見合わせ笑い合う。櫓を囲む私たちの陽気にあてられたのか、パンダの和太鼓も激しさを増していく。
「にんげんさん!たのしんでる!?」
「楽しいよ!ね、イバちゃん!」
「うん……!私も楽しい……!」
二人の前で踊る柴犬は、それを聞いてこれみよがしなドヤ顔を披露した。
「まだまだこれからだよ!つぎはもっとすごいのが……」
と、柴犬が豪語しようとした時。丘の向こうから不敵な笑い声が聞こえてきた。
無駄に艶めかしく高飛車な女性の声、それは彼らの発語ユニットでも到底表現出来そうもないほど生々しい。我々は思わず踊りを止めて、声のする方向を注視した。
「な、なにこの声!?」
「他の動物さんかな!?」
さえちーの問いに、柴犬は首を振る。そして……次第に彼の表情が曇り始める。引き攣った目元、眉間に寄る皺。警戒心からか、ついさっきまで振り撒いていた愛らしさをかなぐり捨てるかのように、野性的な牙が剝き出しになっていた。
「何その顔!!?ど、どうしたの!?劇画の犬みたいになってるけど何!!?」
「………”やつ”がきた……!」
笑い声は未だ止まず、だが着実にこちらへ近づいてくる。地を踏みしめる仰々しい足音が太鼓の音を掻き消した。
「”やつ”!?こ、これも祭りの一環とかじゃないの!?」
「ちがう!!”やつ”はおれたちアニマピアの”てんてき”………!!はたけをあらし、いえをこわし、めにつく民は女子供であろうと塵芥が如く蹴散らす暴虐の化身……!!」
「なんか途中から漢字で喋ってない!?今までずっとひらがなっぽい喋り方だったのに……!」
一昔前のネットミームが如く、彼らの稚拙な語彙が急激な進化を遂げる。
困惑する来場者達をよそに、動物達は皆一様に慄き蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑う。まさしく阿鼻叫喚の図だった。
「にんげんさんたちもにげて!!はやく!」
「えぇ!?ど、どうしようイバちゃん!?」
「多分これもイマーシブってやつの演出の一つでしょ?悪さをする動物が出てきて、それを皆でやっつけるみたいな……」
没入のあまり恐怖に震えるさえちーをよそに、私は淡々と推測を述べる。
突然のハプニングも物語には不可欠。動物たちの挙動があまりにもリアルな為若干の世紀末感が漂うが、流れとしては順当と言える。
「どんな動物が出てくるんだろう……」
「まぁ、イメージで言えばライオンとかワニとか……その辺の強そうな動物じゃないかな?」
適当に予想していた矢先、足音が消える。そして丘の影から、声の主がけたたましい高笑いを上げながら広場へと飛び出してきた。
「オーーーホホホホホ!!!今日も動物たちの街を、滅茶苦茶にしてあげるわ!!」
「「「で、でたああぁあああぁ!!!」」」
恐怖に震える動物達。声の主の姿に驚く来場者達。
その姿はまさに”規格外”。人間サイズの四肢、人間サイズの胴体、人間サイズの頭部、そしてどこか……見覚えのある人間の相貌。
「私は”破滅をもたらす魔法使い”、ルイン・ウィッチ!!愚かな動物達、そしてその街に足を踏み入れた哀れな人間達、覚悟しなさい!!」
バニーガールの様な衣装に赤いローブ、角の部分が過度に曲がった魔女帽子を被る彼女の顔を、私は先日……サブマリンシティ三階のとあるショップで見たことがある気がした。
「うっ……鱗目さん!!?」
私(男装時)と弌茄君のファッション対決の際 強制的に解説を任されていた、KouKoúli -Froútonサブマリンシティ池袋店の店長である鱗目加羅氏が……半ばヤケクソの様な凶相を浮かべ、アニマピアに高笑いを響かせていた。




