61話 任務開始
「な、何でお前がこんな所にいるんだ!!?」
ファンドリ君の中身が朔であるという事実を目の当たりにした俺は……彼女に無理矢理体を起こされ、そのままセントラルエリアの右端まで連れていかれた。
アトラクションやレストランなどが密集している区域からは離れ、周囲にはゴミ箱くらいしかなく、人通りもかなり少ない。植林された樹々が連立しノースエリアとの境界を形成しており、我々はその樹々の内一本の陰に隠れていた。
「言ったじゃん。このパークでバイトしてるって」
「た、確かにそうだが……まさか着ぐるみの中に入ってるとは夢にも思わねぇよ!っていうか、何で致死量レベルの鼻血出してんだ!?大丈夫かよそれ……!」
「問題ない。血の量は多い方だから」
「それで納得は出来ねぇよ……。マジで医務室とかに行った方がいいだろ!」
「大丈夫だって、しつこい。………そんな事よりパイセン、聞いて」
「なっ、何だ……?」
未だグロテスクな装いとなってしまった着ぐるみに身を包む朔は、どこか恍惚とした吐息を交えながら言葉を続ける。
「………このパークに、井原ヒロが来てる」
「なっ……い、井原が!!?」驚きのあまり、人目を憚らない大声を上げてしまった。
「正確には、男装していない女性の姿の井原」
「………いや…………な、何でそんなの分かるんだよ!?俺らの中じゃアイツの本当の姿を見てるのは銀砂だけだろ?」
入団が最も早い紅咲でさえ井原の本当の姿は知らない。男装を解いた彼女を見て照合できるのは、旧知の仲である銀砂だけのハズだ。
「知らなくても、あのオーラを見れば分かる。……光り輝く金色の髪、見る者全てを魅了する美貌……!!あぁ……イバラ様……!!」
ファンドリ君の口元の鮮赤が再び広がる。
「そ、それで興奮して鼻血出してたのか……?ヤベェ奴にも程があるだろお前……!」
「それに彼女、私の友達のチカって子と一緒に来てたんだ。あの子最近喫茶店でバイト初めて、この前『一緒に入った女の子が非現実的に美人で優しくて良い子でさいこー!!』とか言ってたし……間違いないと思う」
「……そういや、井原も喫茶店でバイトしてるって話だったよな……妹設定の”ヒナタ”名義だが」
吉井と邂逅して、パニックのあまり奴が生み出した”ヒナタ”という存在。その話は銀砂経由で俺も知っている。
「でもあくまで憶測だろ?二人とも顔を知らない以上断言は……」
そこで、俺は思い出す。つい先ほど朔が扮するファンドリ君に走り迫られる直前に見た女性の姿を。
眼を疑うほどの美貌に、神々しいオーラ。……そして俺はその衝撃を、以前にも感じている。
井原ヒロが転校してきた初日、奴を目の当たりにして感じたオーラと同じだ。
「お前の友達のチカ……って子は、もしかして青髪で身長が低めだったりするか?」
「え、もしかしてパイセンも見たの?……うん。青のボブカットで、少しちっちゃくて可愛い子だよ」
「やっぱりか…………なら、多分俺も見た」
まともな確証がなくとも、過去と今で感じたオーラの照合だけで、あの女性が井原であると断言出来る。それほどまでに魅せられてしまったのだ。
「にしても、あんな美人が吉井に惚れてるなんてな…………一体アイツらに何があったんだろうか」
「それなのにイバラ様そっちのけで会長に惚れてるなんて……ありえない……そしてイバラ様に惚れられてるなんて………!あの男、許せない………」
朔から禍々しい負のオーラが立ち込める。震える着ぐるみの口元が再び血に染まり始めた。
「お、おい朔!また血ィ出てんぞ!!もう終わりだろその着ぐるみ!!」
「…………とにかくこの状況は少しマズい。パイセン、たぶん吉井弌茄と一緒に来てるんでしょ?」
「あ、あぁ。そうだが………呼び捨てかよ。どんだけ恨んでるんだお前……」
「いくら広大な敷地内とはいえ、辿るルートや乗るアトラクションによっては二人が鉢合わせする可能性は十分ある。何が原因でお互い気まずくなっているのか分からない以上、バッタリ会っちゃうのは、避けた方が良いと思う」
人通りも尋常じゃないし、そうそう鉢合わせの危険は無いと思うが……
しかし朔の真剣な表情を見て、可能性がゼロではない事実を飲み込んだ。
「でもよ、別に喧嘩ってわけじゃなさそうなんだろ?なら一回会って、お互い話し合ってみるのも……」
「ダメ」
赤黒く濡れた大きな顔をズイッと寄せてくる朔。思わず呻き声を上げてしまった。
「それで余計に話がこじれたらどうするつもり?パイセン。とにかく二人を合わせちゃダメ」
「………まさかお前、井原と吉井が仲直りするのが嫌なのか?」
「ぬぁっ……?!!そそそ、そんなことないドリよ!!?」
「急にファンドリ君の人格に戻るなよ!!めちゃくちゃ動揺してんじゃねぇか!!」
「とっ、とにかく!!何があるか分からない以上、接触は避けるべき!!分かった!!?」
もはや殴り掛かる勢いで迫る朔に、思わず後退りしてしまった。
一体どれだけ井原を崇拝しているんだコイツは……
「わ、わーったよ!……まぁこじれる可能性もゼロじゃねえしな。善処はする」
「よろしい。じゃあ、私はイバラ様とチカの様子を逐一パイセンにRUINで報告するから、そのルートとは別でパークを巡って」
「報告って……尾行でもするつもりか!?流石にそれはバレるだろ……」
「この遊園地、人件費削減のために着ぐるみ着るキャストは私一人で賄ってるの。時間ごとに別のキャラの着ぐるみを着てセントラル、サウス、ノース全部回るから、よほど怪しい動き見せない限りはバレないと思う」
「随分ご都合主義のブラック雇用だな……それはそれで心配なんだが……」
「その分金払い良いから無問題。ちなみに二人は多分サウスエリアに向かったと思うから、パイセンたちはとりあえずセントラルかノースエリアを回ってて」
「…………しゃあねぇ。だが、俺は吉井に余計な詮索も無理強いもしねぇぞ?あくまでこっちは元気無ぇダチを労う為に来てんだ。チカって子も、多分同じだろ」
「分かってるよ。……あの子は優しいから。それを邪魔するような事はしない」
「そうか。……なら良い」
嘆息と共に、俺はその場から歩き出す。
「じゃあ俺は戻る。そろそろ吉井も戻ってくるだろうからな」
「分かった。スマホ、ちゃんと見てよパイセン」
「おう、了解」
遅れて朔も場を離れ、井原達の向かったサウスエリアへと歩いていく。
……気まぐれで提案した慰安の計画が、まさかこんな事になるとは微塵も予想していなかった。
朔からの報告をもとにエリアを移動していき、井原と吉井との接触を避ける。
図らずも、これが俺のPDFでの初ミッションになる………のか?
◇
「ご、ごめん赤頭!!写真撮ったりショップ寄ってたら遅くなって……!!」
「いや…………何してんだお前………」
朔と別れ先ほどのベンチまで戻ると、すぐに前方から吉井が返ってきた。
しかし彼は、どこぞのショップで購入したとんがり帽子に安っぽい魔法の杖、マスカレイドさながらの仮面、帰ったら一生着ないであろうド派手なローブ等を身に纏い……入場直後とはかけ離れた姿に変貌していたのだ。
「死ぬほど満喫してんじゃねぇか!!」
「い、いやそんなつもりじゃ……!!ただちょっと目に映るものが新鮮過ぎて、心が叫ぶままに手を出してたら……」
「J-POPの歌詞みてぇな言い訳すんな!!どんだけ金使ったんだお前……!?」
「だっ、大丈夫!!昼飯の分くらいは残ってるハズ……」
そう言う吉井に、最寄りのレストランの店前に立つ看板を指さした。
羅列するメニュー表の一番上、”ファンドリ君大好物!ファンタジーハンバーグ”、税込み2980円。その記載を見た瞬間、吉井の眼玉が仮面を突き破って飛び出した。
「……………”ファンタジー雑草”みたいなメニューは無いか……?」
「あったら多分非合法だろ!!!」
まぁ、多少クオリティは落ちるが比較的安いレストランは幾つかある。昼飯はそこで済ませるとして。
想像以上にノリノリな吉井を見て一瞬力が抜けてしまった。人生未経験の非日常に魂が沸き立ってしまっているのだろうか。
「まぁ今更文句言ってもしゃあねぇか……。じゃあ、とりあえずこのエリアで何かアトラクション乗るぞ」
「えっ!?いいのか!?人間観察は……?」
「…………気が変わってな。絶叫系とかじゃなきゃ付き合うぜ」
いずれは彼女たちもセントラルエリアに戻ってくるだろう。その際、このままベンチに座り続けるよりは多少園内を巡りつつ、いつでも別エリアに行けるよう備えておいた方が良い。
半ば強引な方針転換だったが、吉井は露骨に目を輝かせていた。
「じ、じゃあ早速乗ろう!!入ってからずっと気になってたアトラクションがあるんだ!!」
「うおっ!!?急に引っ張るんじゃねぇ!!ど、どこ行くんだよ!!?」
「あれだ!!高さ100m、最高時速150km、コース中盤に三連続の大ループで日本最大級のスリルが味わえる屈指のジェットコースター、”ヨルムンガンド”!!!あれ乗ろう赤頭!!」
「大絶叫じゃねぇかこの野郎!!話聞いてたのか!!?」
興奮で我を忘れてしまった吉井に引っ張られ、成す術なく石畳の上を引きずられていく。
傍から見れば、魔法使いのコスプレした不審者に拉致されていく哀れなメガネの一般男性という地獄絵図。
「ああぁぁぁああ嫌だ乗りたくない!!止まれ吉井!!止まってくれ!!!……く、クッソ全然止まんねぇコイツ!!体幹が強過ぎる!!!」
「いやぁ楽しみだなぁ!!内臓とかせり上がってきて絶対苦しいんだろうなぁ!!」
「だ、誰か助けてくれ!!ドマゾの変態魔法使いに殺される!!!」
初ミッション開始直後。ターゲットの暴走により、俺は早くも殉職を覚悟するのだった。




