59話 WELCOME TO
◇
「テーマパーク?」
PDFでの緊急会議を経た翌日。教室にて手製の弁当を頬張っている吉井に、朔からもらい受けた二枚のチケットを見せつつ『次の日曜、どうだ?』と提案した。
男二人で遊園地に行くというなんとも物悲しい誘いに、当然彼は訝し気な表情を浮かべる。
「俺達だけで?いや、ちょっとそれは……別の人誘った方がいいんじゃないか?」
「生憎、俺は女とは無縁だし友人と呼べる人間も残念ながらお前くらいしかいないんでな。別に女か家族連れかとで一緒に行かなきゃ殺される訳でもねぇんだし、構わねぇだろ?それに……お前も独り身だから暇だろ」
「ぐっ……!!」
「毎日毎日しみったれた顔しやがって、たまにはパーッとハメ外すのも悪くないもんだぜ?」
咀嚼しながら逡巡し始める吉井。そこに俺は追い打ちをかける。
「こういう場所、行った事ないって言ってたよな?お前」
「ん?あ、あぁ……まあな……」
「そんなんで、万が一井原から銀砂奪って恋人になれた時……デートのド定番の一つも経験した事ないようじゃ、即効で愛想尽かされんぞ?」
「なっ……なんで急に聖海の話になるんだよ……」
吉井と井原をくっつけるのを目的とする俺達からすれば、この誘い文句は逆効果に成りかねない。だが今は、少しでもコイツの気を惹くのが優先だ。
普段の授業も上の空、飯の誘いにも乗らなくなり……挙句の果てには千日回峰行にまで手を出し始めた人間を、親友としてこのまま放っておく訳にはいかない。
一瞬だけでもいい。過度に人を気遣って、余計な事にまで思い悩むコイツを解放してやれないだろうか。……などという余計な世話を掛けるために、俺は朔から半ば衝動的にチケットを譲ってもらったのだ。
「テーマパークってのは最高だぞ?騙されたと思って一回行ってみようぜ」
「………そういう騒がしい場所、お前は嫌いだと思ってたんだが……意外だな」
「何言ってんだ。俺ほどああいう場所を満喫してる中高生はいねぇよ?お前にも”テーマパークの醍醐味”ってやつを教えてやるよ!!」
前のめりで説得を続ける姿に、吉井は箸を止め更なる熟考を続けた。そして暫くの沈黙を以て……
「…………分かった。じゃあ、俺も行くよ」
あくまでも渋々といった様子だが、首を縦に振るのだった。
◇
日は巡り、日曜日の正午。
身を焼くほどの快晴と、やや強い春風。ベンチに座りながら俺達は、季節外れの熱さを風が健気に冷ましてくれる、何とも心地の良い感覚に酔っていた。
そして極めつけは……
「きゃああぁぁああぁあ~~~~!!!」
「うわあぁぁあん!!おかーーーさーーーん!!どこーーー!!?」
「ちょっと!!次はあれ乗ろうって言ったじゃん!!」
「待ってらんねぇよ!!飯行くぞ飯!!!」
「ウェルカム・トゥ・ファンタジー・ドリーーーーム!!!(航空機並みのデシベル数)」
目の前に広がる非日常。数々の巨大アトラクション、一つの街の様に彩られた大通り、園内を闊歩する面白可笑しい着ぐるみ達………ではなく、休日の混雑に苦悶する夥しい数の人間達。
「最ッッッ高だぜ!!!まさしく格好の人間観察施設!!!おい吉井、あそこのカップル……さっき盗み聞いたんだが、最近彼氏の不倫が発覚して最悪の雰囲気の中、しかし高ぇチケット代は払ってるしそれぞれの友人も行く奴いないしで仕方なく二人で地獄のテーマパークデート中らしいぜ!!?ほら見ろよ!!二人ともホーンデッド〇ンションの住人みてぇな表情してやがらぁ!!ギャハハハハハ!!!」
「人間観察ってそういうのじゃなくないか!!?」
俺と吉井は約束通り、家族連れやカップルたちが犇めく超大型テーマパーク、”ファンタジー・ドリーム・TOKYO”へと足を運んでいた。
「相変わらず悪趣味過ぎるな………っていうか、これがお前の言ってた”テーマパークの醍醐味”ってやつか……!?」
「その通りだ!!玉石混淆の有象無象が跳梁跋扈する中で鎮座し、飛び交う毀誉褒貶や悪口雑言に耳を傾け北叟笑む……これを醍醐味と言わずしてなんと言う!!!」
「漢字多すぎて聞いてるだけで眼ェ疲れるわ!!!………う、嘘だろ?まさかこのままベンチに座って、一日中 人様の会話盗み聞いてるだけなのか!?」
「そうだ。俺はこれを月一ペースで敢行している」
「月一で!!?」
「………ちょっと少ないか?」
「一生に一度でも多いわ!!!」
………あまりの不評に驚愕を禁じ得ない。これほど心躍る娯楽を俺は知らないのだ。
「俺が言うのもなんだが……アトラクションの一つでも乗らないか!?ジェットコースターとか……」
「高所恐怖症だ俺は」
「左の方のエリアにシューティングゲームもあるらしいぞ?」
「酔うしな……」
「じゃあせめてショップに……」
「あんま金使いたくねぇんだよな……」
「口を閉じろ!!!………ったく……いよいよ何しに来たんだ俺達……!!」
吉井は大きな溜息を吐き、ベンチの背に凭れかかる。
俺の計画では、午前中は中央の”セントラルエリア”で人間観察、午後は左側の”サウスエリア”と右の”ノースエリア”それぞれで人間観察、そして日が暮れた後は煌びやかで絢爛豪華なパレードが行われる中で人間観察という流れだったが……初手でこの様子では、入って五秒で退園という事態になりかねない。早くも暗雲が立ち込めてしまった。
脳味噌を回し、プランを組み立て直し始めたのも束の間。傍らの吉井が立ち上がり、俺の前を横切った。
「ど、どこ行くんだ?」
「……飲み物買ってくる」
「そうか……じゃあついでにさっきのカップルの様子を見て来てくれ。進捗が知りたい」
「俺を偵察に使うな!!」
そう言って、足早にベンチを離れてしまった。
一人取り残された俺は頭を抱え、崩れ去った計画を嘆く。
「クソッ……し、失敗か……!!?アイツにこの崇高な趣味はまだ早かったのか……!?」
吉井の表情は未だ暗い。ヒナタ……つまり男装を解いた井原とのいざこざを引きずったままだ。このままでは励ますどころか益々アイツの心の靄を助長しかねない。一体どうすれば……
「ドリ~~~!!!ファンタジー・ドリームへようこそドリ~~~!!!」
思考を掻き消す様に、前方から甲高い裏声が響く。
顔を上げると遠く向こうに聳える巨大な観覧車の麓で、一体の着ぐるみが来園者に風船を配っていた。
全体的にニワトリを彷彿とさせるシルエットだが、頭にはわざとらしいとんがり帽子を被り、紫色のローブを羽織っている。……このテーマパークのマスコット、”ファンドリ君”……だったか?
親しみやすいファンシーさと魔法の世界。この施設のコンセプトを克明に表したキャラクターだ。
「ふうせんくださーい!!」
そんなファンドリ君の下に、わらわらと子供たちが群がり始めた。
「もちろんドリ~~~!!一人ずつ配るから、喧嘩しないでね~~~!!」
「「「わーーい!!!」」」
………親しみやすいとか言ったが、目に煩いどピンクの身体とガンギマリの眼は個人的には全く愛らしさを感じない。しかし案外子供受けは良いらしい。
ほんわかした光景に思いがけず微笑んでいると、風船を配っている途中のファンドリ君がふとこちらを一瞥した。
「…………」
「あ?」
………見てる。ずっと見てる。見てないようで絶対見てる。左右と後方を確認するが、特に目立つ物も異変も無い。
俺……?俺を見ているのか?!な、何故……?まさか、テーマパークに男一人でベンチに座っている俺を嘲弄している……?
「…………」
「まだ見てやがる………!何だってんだ!?」
親の仇の様に凝視されている事に耐え切れず……俺は吉井を待たずしてベンチから立ち上がってしまった。
視線は外さず、マスコットキャラとメンチを切り合いながら最寄りのショップへと退避しようとした矢先。俺の視界にもう一人……思わず意識を奪われる女性が映った。
「っ…………!」
すらりと伸びた華奢な長身。風に靡く艶やかなセミロングの金髪。雪の様に白い相貌に浮かぶ蒼い瞳。
まるで天界から降りて来たのかと……キザな表現だが、そう思わざるを得ない程に美しい女性。白のフレンチスリーブと黒のプリーツスカートというシンプルな服装だが、絶対的な美貌がそれを天使の羽衣の様に見せてしまう。下世話な思考や赤面すら生じない。優れた美術品を目の当たりにしているかの如く息を呑み、言葉も出ずに呆然としてしまった。
周囲を歩く男女問わずも同様、皆彼女を一瞥し、目を見開いて黙したまま数秒足を止める。異様な光景だった。
あれほど美しい人間を見れば誰だってそうなる。余程の馬鹿か余程救いようのない出歯亀でもない限り、易々と言葉など出ないだろう。
「…………はっ!!」
意識を戻す。……一体どれほどの時間目を奪われていたのだろうか。既に彼女は、小柄で青い髪が映える、スポーツウェア姿のもう一人の連れの女性と共に視界から消えていた。
「げ、芸能人か……?いや、あんな人どのメディアでも見たことねぇしな……」
世の中にはとんでもない原石が眠っているものだ。
………しかし、今の感覚。どこかで一度味わった事があるような………
「ドッ………ドリ………」
「ん?」
遠くから、震える裏声が木霊した。顔を上げると、風船を配り終えたファンドリ君がただ一人立ち尽くしていた。
意識が持っていかれてまともに観察など出来なかったが……先ほどの女性二人組、少しの間ファンドリ君を写真に撮っていた気がする。
「ドリ……ドリ………」
譫言の様にドリドリ言ったまま、次第に体まで震え始めるファンドリ君。
そして………何故か突然、こちらに向かって静かに歩き始めた。
「えっ!?な、何だ……?」
「ドリィ………ドリ……ィ………」
しかもアイツ……口の辺りが何か赤くないか……?赤いというか、赤黒いというか………
「………アレ………血か………!?」
間違いない。ファンドリ君の口周りが血に塗れている。先ほどまでは無かったハズだ。
何で!?どっから出てきたんだその血は!?まさか返り血か!!?入園者でもヤったのかアイツ!!?
未だ進み続ける彼奴の歩調は次第に速まり……遂には腕を振って走り始めた。その瞬間、湧き続ける疑心は恐怖へ変わる。小さな悲鳴を上げ、逃げようと立ち上がるが、焦るあまり躓いて石畳の上に倒れ込んでしまった。
「ドリ……ドリィ……!!ドリィイイィィイィ!!!」
「うぉわああぁぁあああ!!!く、来るなあああぁぁぁああ!!!!」
夜の路地裏で獲物を見つけたシリアルキラーが如く据わった目でこちらに走り迫るファンドリ君。距離は既に幾許もなく……逃げる事は出来ない。
これがファンタジー・ドリーム・TOKYOの洗礼とでも言うのだろうか。死すらも覚悟した俺は、エロゲー塗れの走馬灯を見ながら固く目を閉じ、哀れに祈るのだった。




