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58話 緊急会議

◆◇◆





週明けの月曜日、その放課後。先日無理矢理入れられたグループRUINで突如呼び出しを食らった俺こと赤頭市狼は再び……池袋一丁目にあるオフィスビル、即ち吉井と井原の恋を覗き見しながら節介を働き成就へ導かんとする悪趣味集団”PDF”のアジトに赴いていた。


扉を開けるとすでに俺以外のメンバーが所定の席に座っており、ホワイトボードの前に立つ銀砂が腕を組みながら『遅いぞ赤頭』と口を尖らした。


「急に招集かけやがって……俺だって暇じゃねぇんだぞ!?」


「分かっているさ。しかし、どうやらSNSを見る限り”進捗は良い感じ”との事だったのでな」


「おっ………!!お前、俺の”×(タイムズ)”アカウントまで監視してんのか!!?クッソ……帰ったら絶対炙り出してブロックしてやる……!!」


しかも製作中の美少女ゲームの進捗を垂れ流すのは裏垢の方だ。そんな所まで監視の手が及んでいる事実に戦慄し、しかしそれ以上何も反抗は出来ず……苦虫を嚙み締めた様な顔で席に着いた。


「よし!これで全員揃ったな。……今日は突然の招集ですまない。だが、止むを得ない状況になってしまってな」


「一体何があったんです?会長」


紅咲が真剣な表情で問う。対してその体面に座る(つきたち)は、いかにも”我関せず”といった感じの無表情で目の前のラップトップを弄り回している。


……初対面の時、朔は紅咲を『自ら進んで銀砂の計画に賛同している』と評した。しかし、彼女も同じだとは到底思えない。俺と同じく、何らかの弱みを握られているのか……?まぁ、銀砂の異常な観察眼と執着なら対象のゴシップを掴むなど造作もないだろうし、それがフォロワー数十万人のインフルエンサーともなれば、一つの(あら)が活動の破綻に直結しかねない。一体どんなネタを……


「どう考えても!!!絶対に()()あったんだアイツら!!!」


机に拳を叩きつける音に驚き、思考が中断してしまった。銀砂はわなわなと震えながら、何度も机を殴り、喚き続ける。


「井原は先週ずっっっと上の空で何聞いても”今度話すね”しか言わないし……イツカもイツカで一生悟り開いた様な顔してるし………!!奴らに何かあった事は確実だ!!だがその詳細が一切分からんのだ!!」


「………」


銀砂によって我々に開示されている彼女の情報はあくまでも必要最低限。”男装の事実”、”吉井への恋心”の二点のみ。推測で辿り着くことが出来ないであろう彼女の本名、本来の性格や抱えている過去等はまだ伏せられている。彼らを下手に嗅ぎ回る人間を拿捕し、最低限の情報を与えて好奇心を適度に満たしながら、弱みを握り駒として利用する。……やはり末恐ろしい女だ。


井原はどうあれ、少なくとも吉井に関しては俺も銀砂と同意見だった。あれから日常会話もたどたどしく、購買への誘いも高確率で断られている。理由を聞いても”何でもない”の一点張りだ。


「赤頭、吉井から何か聞いてるか?」


「……いや、こっちも同じだ。何も話しちゃくれない」


「そうか………くぅ~~~~!!!何でどいつもこいつも誰にも相談しないんだ!!悩みを共有してこその友人だろうが!!!」


言っていることは教育テレビ並みの正論なのだが………こいつが言うと何故か暴論にさえ思えてしまう。日頃の行いのせいだろうか。


「………すまない、取り乱した。要するに、彼ら二人に何があったのか。恋が進展したのか若しくは後退してしまったのかを把握したい。そのための知恵を貸してほしい。それが今日、君たちを呼んだ理由だ」


改めて我々に向き直り首を垂れる銀砂。数秒の沈黙の後、紅咲が腕を組みながら眉を顰め、思考の果てに呟いた。


「う~~ん………僕は他クラスですし、朔さんに至っては他学年。会長と赤頭君でお手上げなら、僕らは猶更お役に立てそうもないですね……」


「類推でも良い。紅咲から見て、考えうる原因は何だと思う?」


「まぁ、愚直に考えれば喧嘩でしょう。しかし超が付くほどピュアで律儀な吉井君と、話を聞く限り病的なまでに彼を好いている井原さんの間に痴話喧嘩が生じるとは考えにくい。………会長、井原さんのバイトのシフト……先週は何曜日に入ってました?」


「ん?えー……先週は……月曜日が初出勤、そして火曜日と木曜。まだ三回しか出ていないハズだ」


「彼らの様子がおかしくなったのは?」


銀砂は顎に手で触れながら答える。


「………火曜には既に上の空だったな。井原は」


「吉井もそのあたりから悟り開いてた」


「なら初出勤で早々に、決定的な何かがあったと考えるのが自然でしょう。学校は創立記念で休みでしたし、我々が把握できていないのも納得だ。恐らく彼女の出勤前、勤務中、退勤後のいずれかのタイミング」


”井原ヒロ”の状態、つまり学校内で彼女と吉井が接触する機会は殆どない。そして吉井の様子は、明らかに”こちら(吉井)に非がある”と言わんばかりだった。もしそれがヒロとの間に生じたものだとすれば、アイツは立場関係なくすぐさま校内で謝罪するだろう。……それがなかったということは、やはりヒロではなく()()()との間に何かがあった可能性が高い。


「それが分かったところで、結局カフェでの様子が分からないんじゃお手上げだろ?」


銀砂を見つつ率直に述べる。


「くっ……やはり勤務先は盲点だな。他の店員として我々の斥候を送り込めれば盤石なのだが……」


「斥候て……何と戦ってんだよお前」


「……その場合は、朔さんが一番適任かな?喫茶店好きだって前に言ってたし」


紅咲が冗談交じりで対面の朔に言う。そして視線も合わさず淡々とした答えが返ってきた。


「これ以上バイト増やすのはは無理」


「はは、だろうね」


しかし彼女は提案をマジレスで拒否した直後、マウスを操作する手を止め視線を明後日の方向に流す。そして何か含みのあるような口調で呟いた。


「喫茶店………か。あの子も確か………」


「ん?何だい、朔さん」


「いや、何でもない」焦る様子でもなく、再びマウスを動かし始めた。


真珠(まこと)!!お前は何か意見無いか!!?コスプレイヤーの視点から導き出される打開策は……」


「コスプレイヤーを何だと思ってんの会長……何も無いよ私は」


呆れたように吐き捨てる朔。そこで俺は彼女を見て一つ気づいた。

制服の胸ポケットから、何やら短冊状の紙が少しはみ出ている。


「なぁ朔、それ何だ?」


何の気なしに、好奇心に身を任せて尋ねてしまった。彼女は俺を一瞥し、視線を辿って疑問の種を認識する。


「ん?…………あぁ、これ?」


そして謎の紙を引っ張り上げてそのまま机の上に置いた。


枚数は四枚。”ファンタジー・ドリームTOKYO 無料招待券”と書かれたそれは文字通り、都内の大型テーマパークの無料チケットだった。


「ファンタジー・ドリーム……これ、最近出来たデケェ遊園地か?何でお前がこんなの持ってんだ?」


「私、ここでバイトしてんの。それの福利厚生的な」


「へぇ。随分好待遇だな。……でも、あんだけ有名なレイヤーで公式イベントにも出てんだろ?バイトしなくても十分稼いでるんじゃないのか?」


「コスプレはあくまで趣味。労働を知らずに大人になるつもりはない」


「そういう所は芯通ってんだな………」


「てか、パイセン。このチケットに気づいたってことは……私の胸のあたりチラチラ見てたでしょ」


キーボードから手を放し、サッと両手で自分の身体を抱える朔。俺は数秒遅れで意味に気づき、反射的にのけ反りながら全力で否定する。


「なっっ……!!!ち、ちげぇよ!!!偶然目に映っただけで……!!」


「変態。あかずっきゅん変態かんぱにー」


「いつまで擦ってんだそのネタ!!!もういいだろ!!!」


本当に偶然だ。見ていたのもあくまでチケットの端だけだ。……散々喚き散らした後、俺は彼女の目に視線を伸ばしつつ、頭を下げた。


「………だが、不快感を与えたのは事実だ。申し訳ない」


「……………………ふっ」


「ん!?何で笑った!!?」


「いや、冗談で言ったのにすんごい真剣に謝られたから………ふっ、ふふ……真面目だなぁって………ふっ……」


「~~~~~っっ!!お、お前………!!」


「あかずっきゅん変態真面目かんぱにーじゃん……ウケる……」


「それやめろ!!!社員にするぞ!!!」


この前同様、明らかに馬鹿にされている。先輩の威厳もクソもない。

散々おちょくられ行き場のない怒りと羞恥を抱えたまま、俺は熱くなった体をそのままに顔を背けた。


「朔さん。このチケット、使う予定ある?」


何事もなかったかのように紅咲が机の上のチケットを見つつ朔に問いかける。


「いや、学校とバイト以外はコスプレで忙しいし。客として行く予定は無いけど」


「………会長、いっその事、このチケットで吉井君と井原さんにデートしてもらうよう仕向けてみるのはどうです?このまま学校でも話さず、吉井君がカフェにも足を向けなくなったら益々疎遠になってしまう。多少強引でもここは二人に………」


彼の提案に銀砂は食い気味で答えた。


「駄目だ。紅咲の推測は概ね正しいとは思うが……痴話喧嘩等の可能性が捨てきれない以上、強引に接触させてもかえって関係性を悪化してしまう恐れがある。それに、遊園地などというあからさまなデートスポットに放り込まれた井原が、正常な思考を保ち続けられるとは思えない」


「一体どんな奴なんだよ本当の井原は……」


「………確かにそうかもですね。早計でした。では別の策を練りましょう」


彼の提案も水泡に帰し、振出しに戻る。


……だがしかし、それから小一時間ほど会議を繰り広げたが当然打開策など浮かばず、結局空は夕暮れに染まり始めてしまった。





「くっ……手詰まりか………」


「だからカフェでの状況分からねぇ以上無駄だって!……もういいだろ?俺はもう帰るぜ」


「………僕も、門限があるので失礼します。何か情報を掴んだら逐一報告しますよ、会長」


「私も帰る」


銀砂以外の全員が椅子から立ち上がり、各々帰り支度をし始める。

彼女は依然苦悶に満ち満ちた顔で拳を握り込んでいた。


「…………仕方ない、今日はこの辺で解散としよう。急な呼び出しで悪かったな。赤頭、お前は引き続きイツカを探ってくれ。私も出来る限り井原から情報を引き出す」


「スパイでもやらされてるみてぇな気分になるな……。言っとくが、俺は野暮なことは聞かねぇぞ」


あくまでも吉井は親友だ。アイツの傷口を抉ってまで銀砂の為に働く義理は無い。

柄にもなく励ますことはあっても、根掘り葉掘り余計な事を聞くつもりは……


「………」


「ん?なに?」


ふと、朔の手元を一瞥する。肩にかけたカバンの紐を握り込むその手には、先ほどのチケットが挟み込まれていた。


「朔、そのチケット……()()くれないか?」


「別にいいけど……」


そう言って、彼女は四枚の内から二枚を引き出して俺に渡してくれた。


「えっ……何パイセン、もしかして彼女とかいるの?意外……胸チラ見変態男なのに……」


「だからわざとじゃねぇって!!………譲ってくれてありがとな!!」


紅咲はすでにビルを出ていき、銀砂も打開策を導きだせなかった悔しさに脳を支配されているのか、俺たちの様子を気に留める事無く身支度を済ませていた。


「………そういえば、朔。お前……なんで銀砂の計画に参加してんだ?」


「え?」


「見た感じ、別に乗り気な訳じゃないんだろ?俺みたいに何かアイツに弱み握られてんのか?」


思い出したように問いを投げる。

その瞬間、彼女はこれまで一度も見せたことのない笑顔……厳密に言えば、恍惚に塗れた不敵な笑みを浮かべ、俺の質問に答えた。


「弱みなんて握られてないよ。……私は自分の意志でPDFに入ったの」


「えっ……!?な、何で……」


すると……彼女はカバンから、数枚の()()()()()を取り出す。

それを見た瞬間、俺は思わず小さな悲鳴を上げてしまった。


「こっ……これって………………い、井原!!?」


なんとその全てが、男装状態の井原ヒロを写したものだった。


校内を歩く井原、授業を受けている井原、自販機で炭酸飲料を買う井原……etc。様々なシチュエーション及びアングルの井原が写るブロマイドを扇状に広げる朔は、白目を剥き垂涎しながら震えていた。


「制服の上からでも分かる圧倒的なスタイル……一挙手一投足に滲み出る体幹の良さ……!!アルフォンス・ミュシャでさえ描けない程の芸術的な相貌(かお)!!!そして何といっても……これが”男装”という事実………!幾千幾万ものコスプレイヤーをカメラに収めてきたけど、ここまで完璧な男装は見たことない!!!彼女の転校初日、校内を歩く姿を見かけてから、私は一瞬で虜になった」


「ちょっ……おい………キャラ違くねえかお前……?」


「私は是非ともこの()()とお近づきになりたい。本当の彼女の姿をこの目で見たい!!!そしてあわよくば……私の作った衣装を着てもらって、浴びるように写真を撮らせてもらいたい!!!その為に!!!私は会長の計画に参加してる。本当の彼女を知るために……!!!」


殺人的な圧に耐え切れず、部屋の壁に凭れかかってしまった。……こいつ、完全に目がイってやがる。


「っ………で、でもよ。別に同じ学校なんだし、いつでも井原の姿は見れるだろ?現に隠れて写真撮って無許可でブロマイドまで作ってんじゃねぇか!!」


「男装している姿も勿論至高だけど、私が撮りたいのはあくまでも素の状態の彼女なの。……でも会長は私の目論見分かってるからバイト先の名前も教えてくれない。……正直、吉井って人の事はどうでも良いし、むしろ私としては、私の女神がどこぞの馬の骨とくっつく事自体が嫌なんだけど………」


だからいつも会議で何の案も出さず、だんまりを決め込んでいたのか……


銀砂がコイツを拿捕したのも、井原の正体が漏れる心配よりも井原自身に()()が及ぶ可能性を減らす為なのだろう。


「あぁ………井原様………本当のアナタは一体どんな姿なの…………井原様ぁ………」


顔を真っ赤にしながら、ブロマイドに映る井原に頬を無限に擦り合わせ続ける変態コスプレイヤー。


………なんという事だ。この集団の中で唯一話が通じると思っていた人間が、最もずば抜けた異常性癖人間だったとは。


銀砂さえ部屋を出て行った二人きりの地獄の空間にて、俺は天を仰ぎ……異常者共に目を付けられてしまった彼らを憂いて、静かに祈りを捧げるのだった。


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