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55話 着信

「い、イバちゃん!?出ないの!?」


さえちーの声で意識が戻る。突然の出来事に、完全に脳がショートしてしまっていた。


「っ………」


依然、店内に響き渡る着信音。

震える手でスマホを手に取り、肺一杯の深呼吸を置いて、応答のボタンをスライドする。


「もっ……もっ……」


”もしもし”一つさえまともに言えず、草を頬張るモルモットの口元の様な音が漏れだす。少しして、暴れ狂う鼓動を掻き分けるように、弌茄君の声がスピーカーから流れ出した。


『あっ……ヒ、ヒナタさん?急にごめん。どうしても電話で直接お願いしたくて……!今日はバイト?』


”お願い”!?どういうことだろう……!?それにしても、何処となくよそよそしいというか、明らかに憂いを含んだ声色だった。


「うん。もう少ししたら出勤だけど……」


『や、やっぱり!?ごめん!都合悪ければまた改めて掛け直すから……』


「ぜっ……全然大丈夫だよ!!まだ時間あるし!こ、このまま……で……」


焦りながら電話を切ろうとする弌茄君を必死で呼び止める。すると彼は”ありがとう”とだけ言い残し、しばらく言葉を止めた。そして、電話口からもはっきりと聞こえる程の深呼吸を置いて……意を決したように口を開いた。


『…………今週の土曜日、会えないかな?』


「うぇっ!!??!?」


予想だにしていなかった提案に、全身が大きく跳ねる。思わずスマホを両手で握りしめていた。


「そそそそそそっ……それって……どういう……!?」


『どうしてもヒナタさんに()()()()()があって……』


「つっっ……伝えたい事!!?」


『うん。出来れば()()()()()()()()()()で話したいんだ』


「誰もいない……し、静かな……」


譫言のように彼の言葉を反芻する。弌茄君の鬼気迫る声色に、私はただただ跳ね上がる緊張に身を任せるだけ。


()()()()について、しっかりヒナタさんの目を見て話したいんだ』


昨日の事……ってつまり、私の告白の件について……!?いや、それ以外無いよね?誰も居ない静かな場所で、私の目を見て伝えたい事。そんなの、”答え”以外に無いよね!!?


彼の意図を理解した途端、言葉が出ずに只々慌てふためく私。しばらくして、弌茄君はどこか不安そうな様子で問う。


「……ダメかな?」


その瞬間、私は頭上に飛び交う困惑や緊張を振り払って、食い入る様に答えた。


「だっっ……ダメじゃないっ……!わ、分かった!えっと……じゃあ……まままま待ち合わせ場所は……」


『南池袋公園に、十時頃はどうかな?あっ、もちろん都合が悪ければ、場所も時間もヒナタさんが指定してくれて良いから』


私が指定しても良いなら、それは必然的に最寄りの結婚式場とその開催日時になるけど……流石にそれは少しばかり気が早い。ここは弌茄君の提案に全て凭れかかろう。


「う、ううん!その時間と場所で大丈夫!……ど、土曜日………ね……!分かった……!」


『………急な話でごめんね。ありがとう。あっ!それと、お節介だとは思うんだけど……バイト帰り、大丈夫?昨日はたまたま買い物帰りに鉢合わせになったけど、今後も一人で夜道歩くのは危ないと思って……』


「だっ……大丈夫!()に頼んで、帰りは迎えに来てもらう事になったから……」


無論でたらめの話。心配してくれるのは泣くほど嬉しいけど、甘える訳にはいかない。


『井原が!?そうか!なら安心だ』


心底安堵した様に息を吐く弌茄君。………本当に心配してただけか。意地でも私と一緒に帰りたいとゴネてくれても良かったのに。いや、ありがたいんだけど。


『じゃあバイト、頑張ってね。忙しいのに、時間くれてありがとう』


「ぜ、全然大丈夫だよ……!が、頑張るね……」


互いにぎこちなく笑いながら、通話を終える。


虚空に一人ぽつんと取り残された様な喪失感。その直後に襲い掛かるのは……得も言われぬ緊張と高揚の応酬だった。


彼が並べた言葉を改めて咀嚼していき、その度に鼓動が速まり呼吸が荒れていく。


「はぁ……はぁ………っ


ダメだ。まだ心臓がありえないくらいドキドキしてる。一度整理して考えよう。……弌茄君はやっぱり私の告白をちゃんと受け止めてて……そしてその答えを、誰もいない静かな場所で私に伝えようと提案した。………ダメだ。整理した所で余計に動悸がしてくる。


……でも、本当に()()なのかな……?前にも神妙な面持ちで体育館前に呼び出されて結局バトル仕掛けられたし……い、いや!!その時とは全然状況が違う!!あれだけお互いに密着して、確実に伝わる様な告白をしたんだ。いくら直後にロボ化したとはいえ、その事を覚えてない訳がない!!



「い、イバちゃん……」


えっっ!!?な、何!?どうしたのさえちー……


「こ、告白……って………どういう事………?それに、み、み……密着とか、バトルとか……」


は………?え、えっっっ!!!??な、何でその事を!!?


「いや……さっきから自分で全部言ってるけど……?」


?………………ハァァッッ!!?し、しまった!!!”(鍵カッコ)”で閉じ忘れてたァ!!!」



あまりに気が動転して、モノローグ部分まで全部口に出してしまっていたらしい。既に手遅れなのにも関わらず、私は咄嗟にスマホを握りながら両手で口を押さえた。


「閉じ忘れって、小説じゃないんだから………ってかイバちゃん!!?こっ、告白!!告白の件について詳しく!!どういう事!!?そのイツカ君って人に、ここここ告ったの!!?」


「っ………う、うん……」


自分が掘った墓穴で次々と弌茄君とのアレコレがバレていく。逃げ場も無く観念して頷くと……さえちーは、最高潮に高まったテンションを抑えもせず、赤らめた頬に両手を当てて飛び跳ね始めた。


「きゃああぁ~~~~!!!も、もうそれって……()()()目前じゃん!!」


「ゴッ……ゴール!?」


「だって……み、密着して……抱き着いたまま告白でしょ!!?その時点で”勝ち”!っていうか……むしろ普通、イバちゃんみたいな美少女に抱き着かれた時点で即OKするでしょ!?なんで一日保留にしてたのそのイツカ君って人……?本当に訳が分からない……」


ハイテンションの赤面から、青ざめた様なドン引き顔へと急激にモーフィングするさえちーの表情。


「そ、即OKなんて……そんな、私なんかじゃ……」


……でも、もしかしたらロボ化して告白が有耶無耶になったのは、答えを出すための猶予が欲しかっただけなのかもしれない。直接”待ってほしい”と言えないシャイな弌茄君は敢えて狂ったフリをすることで強制的に保留を………いや、多分どこぞの陰謀論より無理のあるこじつけかもしれないけど。


でも、そうだ。きっとそう!私の告白は彼に届いてる!!ロボ化はただの照れ隠し!!………も~~~~弌茄君ったら!!聖海ちゃんというものがありながらポッと出のカフェ店員の事意識しちゃって!!でも、それが男ってもんなんだよね!!大丈夫、私分かってるから!!


「わざわざ仕事終わりじゃなくて休日に設定したのも、告白にYESって返事したあと早速()()同士でデートする為……とかじゃない!!?」


「デッッッ………」


さえちーの天才的な考察に、脳天から稲妻の様な衝撃が走る。

結ばれたその日に、いきなりデート………?


………も~~~~~~!!!弌茄君ったらがっつきすぎぃ~~~~~~!!!気持ちは分かるけど私だって心の準備とかさぁ~~~~!!!参っちゃうなぁ~~~~!!!


それで日が暮れるまで遊んだ後、夜はどっちかの家に上がって二人きり………………も~~~~~~~!!!本当にがっつきすぎぃ~~~~~~!!!よっっっ!!さすが思春期男子!!!


「イ、イバちゃん!?顔が溶けすぎて各パーツ入れ替わってるけど大丈夫!!?」


「そんなデロデロになる程ニヤけてないよ!!?」


「口が顔の右上に行ってるから右眼が喋ってるみたいになってる……」


平常心を装いながら顔のパーツを正位置まで戻し、洗面台にあったドライヤーの冷風で冷やし固める。案外、人間の顔もフル〇チェと大差ないらしい。


「……で、行くの……?土曜日……!」


「う、うん。私……行くよ」


固唾を呑みながら、抱いた決意を口に出した。

今だ激しく鳴り止まない心臓。制服越しに手を当てて、ワザとらしい深呼吸を繰り返す。


土曜日。南池袋公園。そしてそこから……誰もいない静かな場所。告白の答え。一つ一つが脳の中で目まぐるしく循環し続けている。今日、ちゃんと仕事出来るだろうか……私。


と、その時。カウンター奥の扉が数回ノックされる。鋭く乾いたその音に意識を取り戻した直後、若干困った様な天井さんの声が向こうから聞こえた。


「二人共ーー!?お着替え終わった!?もうすぐお店始まるんだけど…………ま、まさかストライキ!!?業務形態に何か不備あったかしら!!?」


「ちっ、違います天井さん!!ごめんなさい、すぐ着替えます!!」


私は慌てて、残り数個の所で放置していた制服のボタンを閉めながら返答した。


「イバちゃん、今日は色々と気が気じゃないだろうから……その分、私頑張るね!よっしゃーーー!!!やるぞーーーー!!!!」


割れんばかりの(とき)を上げて己を鼓舞した彼女は、閉め切っていたカーテンを開ける為に全速力で窓の方へと走っていく。


「待って待って!!!まだ下着のままだよさえちー!!!」


すっかり自分の事で頭一杯になっていた。まだ彼女はボタンどころか制服に袖すら通していない。

営業再開およそ五分前。今からさえちーの着替えと全員での床掃除……。


さえちーの言う通り、色々と気が気じゃなくなってしまった私は……彼女の窓への進攻を全力で制止し、そのまま比喩でなく音速で制服を着させて天井さんを呼び、比喩で無く光速での床掃除を遂行するのだった。

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