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54話 独り言

◆◇◆






――――――”気まずい”。



起床から登校、そして放課後となるまでの間……私の脳内を支配していたのは悍ましい程の”気まずさ”だった。


「井原君、一緒に帰ろ?」


クラスメイト達が一斉に帰り支度を済ませる最中、後ろから弾むような聖海ちゃんの声が木霊する。呆けていた私は一瞬ビクリと肩を震わせるが、取り繕うように振り返って返答した。


「いや、今日はバイトなんだ。悪いけど先に帰っててくれ」


「今から?大変だね」


……今日一日、聖海ちゃんとの会話にも身が入らず玉虫色極まりない返答ばかり繰り広げてしまった。

理由は明白。昨日の弌茄君との一件だ。


「………いい加減聞くがお前、何かあったのか?」


回想に耽ろうとしたのも束の間。別れの軽い挨拶をした筈の聖海ちゃんが、()()()()()を解除し小声で私に耳打ちしてきた。今度は肩だけでなく心臓まで激しく揺れる。


「なっ……なんのことぉ……?」


「地声出てるぞ井原君。……登校してからずっとそんな調子で、私が勘付かないとでも思ったか?」


「お、思いません……」


やっぱり。バレてないと思ってたけど、ただ単に泳がされていただけだったらしい。


「お前だけじゃなく、イツカも地蔵の様に一日中ダンマリ決め込んでるし……。質問を変えるぞ。()()()一体、何があった?」


「だっ、だから何もないって……!」


上の空なのは、私だけでなく弌茄君もだった。


まるで”世界、理解(わか)っちゃった”と言わんばかりに悟りを開いたような顔を浮かべ、日がな一日ぼんやりしながら学園生活を送り続けていた。


……昨日、私はナンパされかけていた所を弌茄君に助けられ、そのまま二人で夜の街を駆け抜けて……そして知らない街で弌茄君に抱き着き、思いっきり告白をした。


でも結局、その直後に弌茄君は全く話の通じない自動迎撃殺戮ロボと化し……渾身の告白は有耶無耶になってしまった。


「本当かぁ?まさかお前ら……私の知らない所で逢瀬を交わして、そのままどっちかの家に上がり込んで()()()()()()してたんじゃないだろうな?」


「にゃっ……!?ニャンニャンって(にゃに)!!?そんなことしてないニャンよ!?」


「してる動揺だろ!!死ぬほど猫嫌いの癖にそんな語尾付けやがって……」


人類創生からこれまでの小声史上、もっとも大声に近い小声で私の脇腹を小突く聖海ちゃん。しかしその推測は、”上がり込む”と”ニャンニャン”以外は当たっていた。


……弌茄君の自宅が聖海ちゃんの真隣りにあるという事を私は、彼女の奸計により弌茄君と初めて再開したあの日に知っていた。


「オクサン、ドコニイコウトイウノデスカ?」


「だから奥さんじゃないっつーの!!!奥さんにしろっつーの!!!」


昨日の告白の後、補導を掛けた逃避行を繰り広げながらこんな感じのやり取りを数千回繰り返したが……結局、警察の方の地の利を活かした巧みな裏取り技術により敢無く確保。小一時間ほど事情聴取と弁明が続き、なんとか釈放され……ついでに我々の安全と監視も兼ねて、わざわざ私と弌茄君それぞれの家まで警察の方が直々に送ってくれた。


私の自宅に到着し次は弌茄君という所で、『バビロンニハクッシマセン!』と過激派ラッパーの様な暴言を吐きながら私と距離を取る事に抵抗を示した彼。困り果てる警察官を前に、私は試しに「ハウス!!」と叫ぶと、弌茄君は「ワン!!!」と高らかに吠えた後急に大人しくなり、そこからは警察官の指示に従い帰路に着いた。部屋に戻りシャワーを浴びた後、私は極度の疲労と、バビロンどころか一般家庭の飼い犬に成り果ててしまった初恋の人を憂う心労によりすぐ眠ってしまった。


そして現在。見る限り、どうやら弌茄君のロボ状態は解除されたみたいだけど……あれからRUINとかも無かったし、一体私はどうすれば……


「こ、今度……ちゃんと全部話すから!」


「………分かった。じゃあね、井原君」


聖海ちゃんは観念したように肩を竦めつつ、深いため息を吐く。そして机に置かれたカバンを抱え教室を出た。


「ご、ごめんっ赤頭!!俺、急ぐから……!!また明日な!!」


その直後。後方で弌茄君の声が聞こえた。振り返ると、焦った様子で帰り支度を済ませた彼が、赤頭君の制止を振り切り教室を去っていた。


「……弌茄君……?」


喧嘩という訳ではなさそうだけど……一体どうしたのだろうか。


本人を追いかけて理由を聞くワケにも行かず、私はただ漠然とした疑問を抱きつつ立ち尽くす。……考えていても答えなど出ず、観念してカバンを手に取り、まばらになった生徒達の合間をすり抜けて教室を出ようとした。


しかし、すれ違いざま、弌茄君の友人である赤頭君から、ものすごい鋭さで睨まれている事に気付く。


「………何?」


急いでいるにも関わらず……私は彼の視線に対し、作り慣れた不愛想を貼り付け、低い声色で応じてしまうのだった。







「はぁ……」



下校後、時刻は十五時半ちょうど。私は遅刻することなく天井さんの店に到着し、十六時からの営業再開までの間 一階で着替えを済ませていた。店に入った直後に天井さんから先日のナンパ事件について根掘り葉掘り聞かれありえない程心配されたが、さえちーと共に何とか事情を説明し、納得と安心を与えられた。しかし、私は未だ陰鬱な溜息を繰り返している。


学校を出て街に繰り出した直後に出会った、迷子の男の子。当然放っておけないので取り敢えず天井さんに出勤が遅れるかもしれない旨を連絡して、一緒に彼の母親を探した。幸いにもスムーズに再会を果たしたけど……


『おにいちゃん!!』


弾けんばかりの笑顔から放たれた一言が、頭から離れない。


穢れを知らず、世の不条理に捻じ曲げられていない純朴な幼子にもはっきりと男子認定を受けた私は……あれだけ近い距離ではっきりと想いを伝えたにも関わらず有耶無耶になってしまっている告白と合わせて、かなり深刻なショックを受けていた。


「やっぱり私、女の子として………見られてないのかなぁ………」


あれだけのアプローチを繰り広げた結果がこれである。


上京してからこれまでハプニングの連続で、早々に女性の姿まで見られてしまったけど、会話を交わせたり連絡先を交換出来たり、褒めたり褒められたりetc… 意外にも順調(?)に交友を深められてきた。自分に自信なんて無かったけど、ちょっとは弌茄君も私の事意識してたり……?とか舞い上がっていた。


でも結局、ゼロ距離で密着して囁いた告白が撃沈。


弌茄君は、なぜ急にあんな状態になってしまったんだろう。やっぱり私からの告白を有耶無耶にするために敢えて狂ったフリを……?あれから何も連絡もないし、私の事なんてどうでも………


いや、そんな事をする人じゃないのは分かってる。でも……


「イバちゃん!!逮捕だよ!!!」


「………えっ!!?」


制服に袖を通した瞬間、横からヌッッと現れたさえちーが、張り裂けんばかりの声を上げながら頬を寄せてきた。耳元でデカい風船でも爆発したのかと思って死を覚悟し、一瞬反応が遅れてしまった。


「逮捕です逮捕!!」


「た、逮捕!?なんで!?」


「元気ないから、”元気無し罪”で逮捕です!!三年以下の懲役もしくは禁錮または五十万円以下の罰金!!」


「名誉棄損と同じ法定刑なの……!?連休明けとか国民の八割くらい豚箱行きになるんじゃ……」


下着姿のまま私を取り押さえ、顔をグリグリ押し付けながら罪状を突き付ける佐伯裁判長。私はそこで、考えていた悩みを口に出してしまっていたことに気付く。


ひとしきり”逮捕だ逮捕!!”と喚き散らかした後、さえちーは寄せていた頬を離す。でも腕は依然として私に巻かれている。


「……今日、出勤してからずっと元気ないよ?イバちゃん。溜息ばっかだし……。何かあったの?」


視線を落とすと、彼女は先程とは打って変わって真剣な眼差しで私を見上げていた。ギクリとしたが、ベラベラと喋れる内容でもないので、思わず口ごもってしまう。


「な、なんでもないよ……?」


「絶対嘘じゃん!さっきから”私なんて……”とか、”どうせ私じゃ……”とか、”どうも、魅力ゼロ人間です。生きててすみません”とかブツブツ言ってたじゃん!!」


「そんな事言ってたの私!!?」


全くの無意識だった。まさかそんな長文のネガティブ自虐を宣っていたなんて……

あまりの羞恥に、顔だけでなく全身が熱くなるのを感じる。


「それに……”イツカ君”って、イバちゃんを助けてくれたって人?」


「えっ………」


さえちーの口から出た名前に、身体が硬直する。


「ずーー……っと”イツカ君イツカ君”って連呼してたよ?RUINでは友達って言ってたけど…………もしかして、イバちゃんの恋人!?」


瞬間、脳天から何かが爆発したかのような衝撃が走る。視界も歪み、燃え盛る様な熱さが全身を覆った。


「はわぁっっっ!!!??な、なななな………!!(ぬゎに)言ってんのさえちー!!?」


跳ねまわる私の動きを見て、恐らくほんの冗談のつもりで言ったであろうさえちーの表情が、次第に迫真のそれへと変遷していく。


「いや、分かりやす過ぎるよイバちゃん……。絶対恋人じゃん……マジですか……」


「ち、違っっ………くはない……事にしたい………け……ど!!!まっ、()()違う……っていうか!!その……」


「ど、どういう事!?クイズ出してる!!?」


「もうこの話終わり!!!私帰る!!」


「仕事始まってもないよイバちゃん!!?それに……こんなモヤモヤしたまま帰らせられないよ!!」


なんてことだ。まさか弌茄君の名前まで独り言に乗せていたなんて……。

肯定とも否定とも取れない発言に困惑しながらも、帰ろうとする私の身体をガッチリと拘束するさえちー。


もう取り返しのつかない墓穴を掘ってしまった。彼女の目はもう既に”洗いざらい吐け”と言わんばかりの凄みを宿している。……中途半端にはぐらかしても、かえって詰め寄られるだけだろう。そう観念した瞬間、抱えていた悩みも相まって緩んでいた枷が、頭の中で外れてしまった。


「………恋人じゃ……なくて。その……わ、私の………すっ、す………好きな人………」


「イツカ君が!?イバちゃんの好きな人なの!?」


「う、うん……」


瞬間、さえちーは宛ら水を得た魚の様な輝きを瞳に宿す。そして再び頬を擦り寄せながら、人の鼓膜を一切気遣わないハイテンション大声で私に詰め寄る。


「えぇえ~~~~~~!!!?そ、それって……片思いって事!!?うっっわぁあぁ~~~めちゃくちゃ青春じゃん!!!わああぁぁああ~~~~~!!!」


「耳()っった!!!ゼロ距離で出して良い声量じゃないよ!!」


稼働中のジェットエンジンにイヤホン直挿しくらいの爆音を受け、視界が激しく歪む。

私でさえこれだけのダメージを負っているのだから、並の人間がこの音響兵器を身に受ければ一瞬にして脳が弾け飛ぶだろう。


「っていうか……イバちゃん()片思い!?イバちゃん()じゃなくて……!?どんだけ贅沢……っていうか、ハイスペックな人なの”イツカ君”って!!?」


「耳痛すぎて全然内容入ってこないよ!!!ちょ、ちょっと一旦落ち着いて………」


絡みつくさえちーを引き剥がそうとしたのも束の間。私達の悶着を、スマホの軽快な通知音が遮った。


傍らのテーブルの上に置いていた私のスマホ。私だけでなくさえちーも尋問を止め、反射的に画面を一瞥する。


表示されていたのは、RUINの電話通知。そしてその発信者は……


「い、弌茄……君……?」


「えぇっ!!?こ、このタイミングで!!?」


営業再開の十分前。まだ着替えも碌に済ませていない私達は……鳴り続ける通知音をそのままに、互いに顔を見合わせていた。


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