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41話 フロアに潜む悪魔

「合計で5380円よ!支払いは現金、クレジット、QR決済から選べるけどどうする?」


「えーっと、じゃあカードで」「「「ごちそうさまでーす」」」


軽食を作りながら、隙間の短時間を利用し瞬く間に会計作業を行う天井さん。


お姉ちゃんから聞かされていた通り、彼女の手際の良さは常軌を逸していた。同時に三つ以上の料理を作りながらその合間にコーヒーを淹れ、この大混雑でも注文から到着まで遅くとも五分以内。


既に限界を突破している私とは違い、その額には一滴の汗も滲んでいない。


「あとちょっとでお昼休憩よ!!頑張りましょう楚ちゃん!」パスタにトマトソースを高速で絡めながら労いの言葉を掛ける天井さん。


「は、はい……!」


「それにしても……なんで今日に限ってこんなに混むのかしら……!?昨日までは一日通して客入りはまばらだったのに……」


「えっ?これがアベレージではないんですか!?」


てっきり、『お客さんは少ない』というのは天井さん基準の話で、私達一般人からしたら地獄絵図な大混雑がこのお店の恒常なのかと絶望していた。


「全っっ然!誇張無しで百倍くらいのペースよ!!?」


「ひゃ、百倍……!」


だとしたら不可解だ。何故急にここまで……


「お会計お願いしまーす」そこで、二十代くらいの女性がレジの前に並ぶ。天井さんはキッチンから発射されるが如き勢いで赴き、会計時のテンプレート台詞を並べた。


と、そこで。私は一つの疑問を浮かべる。


最初は多忙が故に全く気付かなかったが、この女性も、グループで会計をしていたさっきのOL達も……皆()()()()を腕に提げている。


「あ、あのぅ……」おそろおそる、会計中の女性に声を掛けた。


「はい?」


「その紙袋、皆さん持ってらっしゃいますけど……近くに有名なお店でもあるんですか?」


面接の日、初めてこの地域に足を踏み入れた時も感じたが、ここら辺は住宅街で、店という店はあまり見かけない。幾つかのコンビニと、”ウニクロ”などチェーンの衣料品店がまばらにあるだけで……


と、私からの問いに女性は笑みを浮かべ、紙袋を少し掲げながら返答する。


「あぁ、これですか?……実は近くのウニクロで()()()()のコラボ商品が今日限りで販売してるんですよ!」


「「…………えっ」」


聞き覚えのある……というか、数日前に私と弌茄君が激闘を繰り広げた因縁のブランド名が彼女の口から発せられる。私と天井さんは同時に顔を見合わせた。


「ち、ちょっとイバラちゃん!悪いけど外見て来てもらえる!?」


「はっ……はい!」


教えてくれた女性に会釈をして、私は飛び出す。……座席の間隙を駆ける最中も、ほぼ全てのお客さんが同様の紙袋を荷物入れに置いているのを目の端で捉えていた。


扉を開け、路傍に出る。快晴を浴びながら周囲を見渡すと……


「………あぁっ!!!」


右へ約百メートルほど進んだ先に、ウニクロが一店舗構えている。


そしてそのウニクロを囲うように……一本の巨大な帯が如き長蛇の列が形成されていたのだ。


遅々として進まない行列。極めつけは、店を出た女性たちのほとんどがこの店に向けて歩いてくる。


確定だ。フルトンとのコラボ商品を求め集結し長い時間行列に並んだ女性たちが、戦いを終えた後に休息と涼を求め喫茶店に流れているのだ。他に目立った店も無く、更に、形成された行列は街の人々に対して奇しくも”隠れた名店”をアドバタイズし、一人また一人と興味本位で押し寄せる。……何故行列の直後また行列に並べるのか。長閑な大自然(北海道の僻地)で育った私には到底理解できない感覚だった。


「やあ、元気そうじゃないか。(いばら)


その時。背後から、耳に馴染みのある低音が耳朶に触れる。振り返ると、これまた見覚えある顔が私の頭一つ分下にあった。


「おっ………お姉ちゃん!!?」


日々野春華。上京してから電話とトーク画面でしかやり取りしていなかった実姉。


小柄だが、目を見張る程に美しい黒髪のロングを風に靡かせ、鋭く妖しい三白眼と色素の薄い唇を湛える相貌は、掴みどころの無いミステリアスなオーラを発している。少々身を焼く気温だが、彼女は身体のラインが映える黒のレディーススーツを身に纏い、何やら意味ありげなクリップボードを小脇に抱えて微笑んでいた。


「なっ……何でここに……?」唖然としたまま問う私に、姉は無表情のまま”ははは”と乾いた笑い声を上げる。


「見れば分かるだろう。視察だよ。今、我々はあらゆるアパレルチェーンとのコラボを画策していてね。あのウニクロ店舗は、そのテストマーケティングのようなものだ」


「よりによってウチの店の近くの店舗で………!?その買い物帰りのお客さんで今めっっっちゃくちゃ店混んでるんだけど!!?」


文句を言うのはお門違いだと分かっている。けど、こちとらバイト初日で烈火の如き馬車馬働きを強いられ、一人は白目剥きながら泡を拭いて離脱という大惨事を被っている。


この店の経営者でもあり、シフトについても把握しているであろう姉が、何故こんなピンポイントなイベントをこの日にセッティングしたのか。その疑問は自然と私の語尾を荒くした。


「私のアパレルから人が流れ、私の経営する喫茶店へ入る。男装カフェなどという小手先に頼らずとも、こちらの方が集客法としては確実じゃないか」


「利益の亡者め……!!天井さんはともかく、私達にあの混雑は無理だって!!」


幼児退行した様に地団駄を踏み訴える。しかし彼女は全く意に介していない様子で、カフェを見た。


「佐伯君は(たお)れたか」


「っ……誰だってあの人数は耐えられないよ!私はただ丈夫ってだけで仕事自体は回せてないし……!」


「ははは、図星か。……だが、彼女は大丈夫だよ」


「”大丈夫”?勝手な事言って……!」


「勝手じゃないさ。今に分かる。……それより、店に戻らなくていいのか?」


「くっ……!!もうっ!!お姉ちゃんのバッ……カでは決してないけどその……い、意地悪!!」


「口喧嘩もしたことないのに慣れない事をするな。人目が無かったら抱きしめてたぞ」


舌を出して精一杯の抗議の意を示しながら、私は店へと駆け足で戻る。

此方の行列を申し訳無さげに掻き分けて扉を開ければ、今だ衰え知らずな大混雑が待ち受けていた。


「どうだった!?」どうやら、オーナーである天井さんすらテストマーティング云々の話は聞かされていないらしい。経営者として最悪な連携状況である。


「お姉ちゃんの策略でした……。本人曰く、ウニクロにフルトンとのコラボ商品で集客して、そこからこの店にお客さんを流れさせるという……」


「え!?あの子来てるの!?……っていうか私、そんな策略全っ然聞かされてないんだけど!?んも~~~~!!」


嘆きながらも決してフライパンを振るう手を緩めない天井さん。

次々カウンターに並べられる料理とコーヒーをトレイに乗せ、私は再び業務に戻る。


「ぎゃはははは!!!」「わーーー!!!」「いえぇ~~~~い!!!」


その時、けたたましい子供達の叫びが耳を劈く。


ランチタイムに入り、徐々に子連れのお客さんが増えてきたのだ。


注文から到着までの(いとま)は彼らにとってあまりにも退屈であり……同時に、普段入るレストラン等とは一風違った喫茶店の雰囲気は、彼らの純朴な好奇心を刺激する。


「こら!!やめなさい!!」という母親の制止をものともせず、縦横無尽に店内を駆け回る子供達。子供は好きな方だと自負していたが、こと業務中に於いては、彼らが小さな悪魔にすら思えてしまう。騒ぎ声によって注文は聞き取りにくくなり、その跳弾が如き挙動は注文の品を運ぶ際にこれ以上ないトラップと成る。


「おねえちゃん、なにしてるのーー!?」


一人の五歳くらいの男の子が目の前に立ちはだかる。それにつられて散らばっていた悪魔達の関心が一気に私へ集中してしまった。


「あそぼー!」「そのふく、なに!?」「わたししってる!”めいど”さんでしょーー?」「めいどさんて、なに!?」「わかんなーい」「めいどさん、あそぼー!!」


全盛期の聖徳太子でさえ「ああんもう!!なんも分からん!!」と匙を投げる程の集中砲火に、私の聴覚が一瞬にして狂わされる。


「おねえちゃん今お仕事中だから、おかあさんの所で待っててね!」精一杯の営業スマイルを浮かべ、声のトーンを上げて優しくあしらう。


「えー、ひまー」「あそびたーい!」「わたしもめいどさんになりたーい!」「かくれんぼしよー」「じゃあ、ぼくがおにー!!」「にげろー!!」


全盛期のレオニダス王でさえ「ああんもう!!絶対勝てない!!」と地団駄を踏む程の四面楚歌に、私の心が折れかける。


「す、すみません!ウチの子が……」と、それぞれのお母様が駆け付け子供達を私から引きはがすが、スイッチの入った彼らは凄まじい抵抗を繰り広げる。騒ぎ声は益々膨れ上がり、店内全ての人間の鼓膜に多大なるダメージを与え続けていた。


「あ、天井さん……どうしよう……!」


「アタシ子供苦手なのよぉ……!絶対怖がられるから、逆にトラウマになっちゃって……」


小声で嘆き合う私達。それでも注文の声と客足は止まらない。

状況はまさしくカオスを極めていた。


万事休す。思考がパンクしかけたその時。


「ちょっっ………と待ったぁあああ~~~~~!!!!」


張り裂けるような大声とともに、勢いよく開かれたカウンター奥の扉。


そこから現れたのは全盛期の聖徳太子でもレオニダス王でもなく、ヨレヨレに着崩れた制服に身を包み、蒼白な顔面を湛え、ひっくり返って”No9"から”6oN"になってしまった髪留めを付けた、満身創痍のさえちーだった。


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