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40話 涙の告白

「うん!二人共、完璧に着こなしてるわね!!!サイズもぴったり!」



着替えを終えた私はさえちーと共に、待機していた天井さんを呼んだ。


再三の「本当に終わった!?開けていいの!?開けるわよ!!?」という過配慮にYESで応じ、漸く顔を出した彼女は、私達を見るなり目を輝かせた。


さえちーの身長は聖海ちゃんとほぼ同じくらいの150センチ前後で、私が弌茄君とほぼ同じくらいの170センチ後半と体格に差はあるが、二人共、制服のサイズは寸分の狂い無くぴったりだった。


驚くべきは、事前に採寸が行われていないという事。天井さんは一度の面接でサッと行った目視でのスキャニングで制服を仕立てたのだ。本当に何者なのだろうか。


「じゃあそろそろ開店だけど……二人共、一応渡しておいたマニュアルは読んでくれたかしら?」


「あっ、はい!一通り目を通しました」


面接が終わった直後、天井さんからおおまかな業務内容が書かれた冊子を手渡された。


マニュアルといってもそこまで形式ばったものではなく十数ページ程。ページを開けば天井さんが描いたと思われる謎のマスコットキャラ”はるとくん(店名から取ったと思われる)”が、雑な球形のボディに浮かぶゴマの様につぶらな瞳で読者を見ながら『これがお店の一日の流れだに!』と、変な語尾で優しく教えてくれるという非常に分かりやすい内容だった。ちなみに二分で読み終えた。



「まぁ、あれに書いてあった通りしばらくはホールでの業務がメイン!まずお客さんへの接客に慣れてもらうわ!そして余裕が出てきたら、徐々にコーヒーの淹れ方とか料理とか、会計なんかも覚えてくれたら嬉しいかも!」


「あっ!!わたしコーヒー淹れたいです天井先生!!!」


ここで、さえちーが勢いよく挙手して訴える。天井さんはその様子に意地悪な笑みを見せつつ、


「ふふ、コーヒーに関しては私ちょっと厳しいわよ?………ところで、チカちゃんはマニュアル読んでくれた?」と何気なく問う。


「よーし!早く接客覚えて、先生も唸らすようなコーヒーを淹れてみせるぞ!!!」


「えっ!?う、うん……そうね!頑張ってねチカちゃん」


自分の問いに関して粉微塵も言及していない返答に、天井さんが明らかな動揺を見せる。”あれ、私今マニュアル読んでくれたか聞いたわよね……?”と自分自身を疑っているようにも見えた。


激励を述べた後、彼女は目を(すが)めて申し訳なさそうに、念のため同じ問いを投げかけた。


「そ、それで……チカちゃん、その……マニュアルは………?」


すると、突然さえちーの動きが止まる。


顔はみるみる内に青ざめ、額からは多量の冷汗が流れ出る。

弾けんばかりの明るさは一瞬にして消え去り、自分の胸を抱きかかえるように縮こまってしまった。


「ごっ………」


「「”ご”……?」」


「…………ごめんなさぁい………」


「えぇっ!!?急にどうしたのチカちゃん!?」

「なっ……泣いてる!?」


挙句の果てには目の端からボロボロと涙を流し始めたさえちー。驚愕と心配が綯い交ぜになり駆け寄った私達をよそに、彼女は消え入りそうな声で続けた。


「わっ……私ぃ………活字読むとすぐ眠くなっちゃってぇ………」


「そっ……そうなの!?」


「マニュアル、ちゃんと読もうと思ったんですけど……もう、表紙に書いてある”業務マニュアル”の”業”くらいでウトウトし始めちゃってぇ……」


「それはもう呪いではなくて!?日常生活は大丈夫なのチカちゃん!!?」


「今まで、幾つかバイトしてきたけどっ……仕事の内容も……三つ覚えてもう一つ覚えようとしたらっ……最初の内容忘れちゃうし………」


「ミュッチャー・ミューラーにスタンド攻撃でも受けたのさえちー!?」


「天井先生がやってるお店で働きたくて、応募したけど……私っ、全然お仕事出来ないんです……うぅっ……う~~~~~……!!!ごめんなさぁい………!!!」



子供の様にずびずび泣きじゃくるさえちーを見て、我々はどう言葉を掛けて良いものかと考えあぐねる。



「だっ、大丈夫よチカちゃん!!マニュアル読んでなくてもアタシがサポートするから、アナタのペースで覚えていきましょう!!ほら、それにウチの店まだオープンしたばっかりでお客さんも少ないし!基本忙しくないから焦らなくて大丈夫!!」


すかさずフォローに入った天井さんを追い、私も彼女に声を掛ける。


「心配しないでさえちー!わ、私も不安だよ!!初めてのバイト(日雇い肉体労働以外は)だし、人見知りだから接客もちゃんと出来るかどうか……って!だから二人で、一つずつ出来る事増やしていこう!ね!?だから泣かないで!」


店長を前にして垂れ流す事ではないが、実際私も記憶力は無いし活字だって……一文字目で眠る程ではないけど、小説一冊読むのに月を跨ぐなんてザラにある。得手不得手だって個性だ。開き直る訳じゃないけど、せっかく素敵なカフェで働けるのに最初から気持ちを沈めてしまうのは良くない。


「うっ……うぅ~~………あ、ありがとう……イバちゃん……天井先生……」


背中を摩る私の腕を涙目で見つめながら、ようやく少し落ち着き出したさえちーが呟く。


その様子に私達は、思わず安堵の息を吐いていた。



「お客さんも女性が殆どで皆優しそうだし、怖がらなくていいわ。焦らず一個一個丁寧にこなしていけば大丈夫よ!………じゃあ、開店まであと三十分、マニュアル見ながらおさらいしておきましょう!!」


「そうですね!頑張ろう、さえちー!!」


「う……うん……!!わ、私……頑張る………!」



弱弱しく右拳を上げ、なんとかガッツポーズを形成するさえちー。


いざとなれば天井さんが居てくれるし、失礼だけど……立地的にも駅から少し離れた場所にひっそりと佇む純喫茶が、昼時のレストランのようにごった返すという事はないだろう。


きっと大丈夫。出来ない事は二人で補い合っていけば、互いにこのお店に恥じない店員になれる筈。


少しずつ、少しずつ………







店長(マスター)!!コーヒー追加でブレンドとアメリカン!!モーニングセットA一つとナポリタンが二人前でお願いします!!!」


「あいよぉ!!!!楚ちゃん!!カプチーノとトーストは八番に、ショートケーキ二つをそれぞれ五番と九番にお願い!!それとコレとコレはアレとアレしてどーのこーのして頂戴!!」


「了解!!………お待たせしました!こちらカプチーノとトーストです、ご注文は以上で宜しいでしょうか!」


「すいませーーん」


「はーい!!只今お伺いします!!!」



フロアを縦横無尽に駆け抜ける私と、カウンターにて烈火のごとくフライパンを振るい、その合間に夥しい数のコーヒーを淹れ続ける天井さん。


二十ほどのテーブル席と、カウンター十席は満杯。淑女たちによる容赦のない注文が店内を飛び交い、ふと窓から外を覗けば、まるで店全体を包囲されているが如き長蛇の列が陽光を遮っている。


なんというか、こう……強いて言うなら、『話が違うぜ』の一言だった。


開店直後、ぽつりぽつりと入店があり、当初は余裕をもって接客をしていた。だが三十分を過ぎたあたりから指数関数的に客足が伸びていき……今ではもう、昼時のレストランどころかゴールデンタイムの大衆居酒屋並みの賑わいを見せていた。



「あれ!?チカちゃんはどこ行っちゃったのかしら!!?」


「さえちーですか!?そういえば…………!」



大混雑に意識のリソースが割かれてしまい、気付いた時にはさえちーの姿が消えていた。


神隠しにでもあったかのような忽然さに驚きと焦燥を感じながら、首を回してフロアを見る。しかし何処にもいない。


全体を見渡す為、一度カウンターへと戻って再捜索するが……結果は同じだった。


「お手洗いかな………まさかこの人混みに当てられて体調崩して……………ん?うわぁあっ!!!」


ふと、何かを感じて視線を下に落とす。


立ち並ぶカウンター席……の、足元。つまり床。さえちーは打ち上げられたマグロの様に真っすぐ伸びてピクリとも動かず、仰向けに倒れていた。口からは泡を吹いており、完全に白目を剥いている。


いつからそこに居たのかは分からないが、席に座る女性たちはすぐ下に転がる無残な女子高生にまるで気付かず軽食に舌鼓を打っている。


我を忘れて彼女を引っ張りだし、カウンターの中に連れて行く。とりあえずポケットに入れていたハンカチで口元の泡をふき取って、奥の棚に置かせてもらっていた自前の水筒を開けて水を飲ませた。



「きゃあぁぁあ!!ち、チカちゃん!!?大丈夫!!?」


「まだ息はあります!!!店長、取り敢えずさえちーを静かで安全な場所に!」


「わ、分かったわ!ウチの母親が遊びに来た時用のお布団があるから、取り敢えず二階の私の部屋で寝かせておきましょう!!!楚ちゃん、悪いけどチカちゃん運んでもらえる!?階段上って突き当りを右よ!!」


「了解!!!」



天井家の仲の良さも垣間見えた所で、私はさえちーの身体を両腕で抱えて静かに立ち上がる。


カウンター奥の扉を開けてもらい、細心の注意を払いながら階段を昇っていく。

輝かしい私たちの喫茶店初出勤は……早くも戦闘不能一名を出すという、大波乱の幕開けだった。



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