4話 舞台転換
我々は所詮、主観でしか物事を認識できない。
確定した事象だと認識しても、そこには見えない事実が残酷なほどに鬱々と絡みついている。
吉井弌茄という男の片思いが無様に砕け散った。………それはこの事象に対しても同じである。
ここで視点は、彼から彼女に切り替わる。
◇◆◇
「わぁぁあああぁぁぁああ!!!!ぅ……うぅ……!!!あぁああああぁ!!!」
「よーーーーーしよしよし、泣くな!泣くなって、楚!!」
中庭で行われた、弌茄による聖海への告白未遂から程なくして……二人はグラウンドの右端にある体育倉庫の裏に座り込んでいた。
そして、顔をぐっしゃぐしゃにしながら二歳児の様に泣きじゃくっているのが……井原ヒロ改め、本名 ”日々野楚 ”である。
「だって……だっでぇ……!!弌茄君………聖海ぢゃんにこっ……こくはく……ぅ……告白じようとじでたぁ………!!!」
「ち、違うって!!!してないって!!」
「ぜっだいしてたも”ん!!!わたしじゃなくで………まりなぢゃんに”好き”っていおうとじでたも”ん!!!!」
「ちがっ………イツカと私は完全な腐れ縁で……!恋愛感情なんて持ってるハズないって!!何か別の事言おうとしてたんだろ、きっと!!」
「してた!!!してたもんぜっだいに!!それにっ……それに……い”つかぐんの勇気出じだこくはくをそんな真っ向から否定するのは弌茄君に対する冒涜だと思う」
「うおっ……急に冷静になんないでよビックリすっから!!!」
「わあぁああぁああ!!!」
「んでまた泣くんかい!!!」
日々野楚。彼……いや彼女には、二つの秘密がある。
一つは素性。彼女は学園生活に於いて、本名と性別を偽ってでも正体を明かせない或る理由があった。
二つ。彼女は……吉井弌茄に、どうしようもなく恋をしていた。
「私っ……弌茄君に会いたくて北海道から東京まで来たんだよ!?それなのに弌茄君ぜんっっっぜん気付いてくれないし!!」
「今度は怒り出した………い、いやでも男装してるんだからしょうがなくない?」
「そ、そうだけど……!!!でもぉ……」
「ていうか、そもそも何で学校側に無理矢理 話通してまで男装してんの!?私はすぐ気づいたけどさぁ、普通にそのまま正体明かして”好き”っつってぶつかっていけばよかったんじゃ……」
「そっ……それはダメ!!今はまだ私の正体知られる訳には行かない!」
「でも何も明かさないで男装したままじゃ一生進展とかなくないか?」
「なんでこの状況で論破し続けようとするの!!?論破を生業にでもしてるの!!?」
「んな事言っても……結局気付かれたいの?気付かれたくないの……?」
或る理由で、弌茄に自身の正体を知られたくない楚。だがしかし、気持ちとしては今すぐに入籍して中東あたりにでも新婚旅行と洒落込みたい。彼女はこの全く相反する矛盾に頭を抱えていた。
……そして一つ補足すると、彼女は馬鹿である。行動力があるタイプの、非常にタチが悪い馬鹿である。
背反する二律をそのままに、”正体がバレないよう接触する”という一点のみに男装という突飛な手段をとり、それ以降のプラン皆無な状態で上京してしまったのだ。……にもかかわらず弌茄は思い切り楚そっちのけで別の女に告白してしまった為、既にもうなんか色々と終わりである。
「うああぁぁあ!!聖海ちゃんに弌茄君取られたぁああぁあ~~~!!ぅう~~~………この……この間男!!!」
「別に取ってないわ!!誰が間男だコラ!!まず男じゃねぇし!!………もう楚、一旦落ち着こう?そんなに騒いだら誰かここに来ちゃうよ!?傍から見たら”女友達の前で『寝取られた』と泣き叫ぶクソ情けない男子高校生”でしかないよ!?」
「もう関係な”いもんそんなの!!!わああぁあああああぁぁぁ~~~~!!!」
そこで、聖海がそっと……泣きじゃくる楚のこめかみに手を添える。そして顔を近づけ、互いの双眸をしっかりと合わせた。
「っ………き、急に何……!!?」
「……昔、楚がこっちにいた時にさ、言ってただろ?転んだりして泣いてると、お母さんがこうして………おでこをくっつけながら慰めてくれてたって」
そのまま聖海は、楚の額に自分の額を優しく合わせる。
「今でも落ち着く?」
「そ、そんなことされても………別になんともないしっ………」
「でも、一応泣き止んでるじゃん」
「…………うるさい」
あれほど地団駄を踏むレベルで泣きじゃくっていた楚だが、聖海による慰めで徐々に落ち着きを取り戻していく。
彼女達は親友同士だった。転校初日から行われていた楚へのアプローチも、久々に会う親友への感慨が弾けた結果に過ぎない。そして楚が時折見せていた弌茄に対する不敵な笑みは、無論彼の姿を見たことによる多幸感が意図せず漏れ出てしまっていた結果だ。
しばらくして、楚の表情が元に戻る。
……………その時だった。
「あ………あぁあ………」
突如、彼女らの後方から………男の呻き声が聞こえてくる。
とっさに楚の顔から離れ、振り向く聖海。するとそこには、疲れ果てた犬の様に息を切らした吉井弌茄が立っていた。
「ッ………イ、イツカ!!?お、追いかけてきたの!?」
そこで、聖海は気付く。
『あの角度から見た私達が、彼の眼にどう映っていたのか』を。
「…………!!あ、あのこれは……」必死に弁明を図る。しかし彼の眼はすでに光を失っているように見えた。
そして言葉の途中で、弌茄はその場から走り去ってしまった。
「イツカ!!?ち、ちょっと待て!!!」
時すでに遅く……倉庫裏から飛び出たが彼は校舎へと入ってしまい、声も届かなかった。
「え……………弌茄君………い、いたの……?今……」
聖海の姿に隠れていた楚は暫し放心し……数十秒の間隙を以て言葉を発した。
「う、うん…………そして、多分だけど私達………アイツから見てキ………キスしてるみたいに見えたんだと思う…………めっちゃ泣いて走り去ってった………」
「え、えぇぇええぇ!!?キ、キス!?」
「マジで私の事好きだったんだアイツ………っていうか待って!?じゃあ楚のポジション、イツカからしたら完全に………間男、じゃない!!?」
「…………え」
弌茄の恋心を確信したにも関わらず淡々と状況分析を行う聖海。
そしてその言葉を理解した楚は対照的に………
「男じゃないよおぉぉおおおぉぉ~~~~~!!!!」
本日一番の号哭を披露するのだった。