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38話 激闘の終幕

長らく続いたコーディネート対決は、圧倒的点差を保持していた弌茄選手による奇跡の大量失点で幕を閉じた。


あれだけ店内に犇めき合っていたギャラリーも、突然の終了宣言により蜘蛛の子を散らしたように場を離れ、何事もなかったと言わんばかりの顔でショッピングを再開し始めている。私たちが占領していた二台の筐体も、雪崩れこむご婦人たちに弾き飛ばされる様な形で解放された。


「いやぁ~~~!!まさか井原があれだけの再現力を発揮するほどのアグナムマニアだったとはな。結果は引き分けだが、実質俺の完敗だったぜ」


爽やかな笑顔で右手を差し出す弌茄君。私に握手を求めているのだろう。つい心が躍り、応じてしまいそうになるが首を振る。今の私は楚でもヒナタでもない。間男ムーブに徹しなくては。


「……ふん、言っただろう。これは妹の趣味だ。俺は別に……」


腕を組み、顔を背けて言う。マニアの彼をこれだけ興奮させておいて土台無茶な言い訳だと自分でも思う。


「そ、そうだったな……。でも、そんだけ(ヒナタ)さんの趣味に理解あるなんて、良い兄貴じゃねぇか」


「っ………」相変わらずの全肯定ぶりに、思わず腰が抜けそうになる。


「とにかく、熱い戦いだった。この結果をバネにして、俺も今後一層アグナムへの想いを……」


その時、二人の間からヌッッと聖海ちゃんが割り込んでくる。

笑みを浮かべてはいるが、これ以上ないほど顔が引き攣っている。額にも漫画のように血管がピキピキと浮き出ていた。


「そういう試合を催したつもりはないんだけどねぇ~~~~?お二人共………」


「「ヒィッ」」


「っっったく!!お前ら二人の暴走で台無しだよ!!!……特に()!!結局最後の最後までアンタは……」


「ご、ごめん聖海()()()……」


と、その時。聖海ちゃんに叱責される私を見て、弌茄君が訝し気な顔をした。


「ん?………お前らって、その………()()()()()だったか……?」


「あぁ?何か文句でも…………あっ」



恋人同士という設定が頭からすっぽりと抜けていた私達は、そこでハッとする。……すると突然、聖海ちゃんが猫撫で声を上げながら私の右腕に抱き着いてきた。



「な、なぁ~~んてね!!そういうヒロくんの意外性、私だぁ~~~~い好き!!!」


「えぇ……」あまりの豹変ぶりに、思わず顔が引き攣ってしまった。


「(何ドン引いてんだコラ。挽肉にすんぞ)」


……すかさず、彼女の明確な殺意が小声となり鼓膜を貫く。あまりの恐怖に血の気がドン引いた。


「あ、あぁ!俺も大好きだぞ聖海………!!はは……アハハハハ……」


「くっ…………!!やはり……やはり許さんぞ井原………」


”こんなんでも悔しがれるんだ……”とは、色んな意味で口が裂けても言えなかった。


「あ、あのう……銀砂さん」


続いて、元解説の鱗目さんが会話に加わる。周囲をキョロキョロ見渡しながら、小声で聖海ちゃんに耳打ちしていた。


「それで、この対決……監査による私の評価は……?良い報告を春華様へお伝えして下さるのでしょうか……」


「あ、そういえばそんな話してたっけ」


「銀砂さん!!?」


「……何か余計な事吹き込んでると思ったら、そんな事言ってたの……!?」



弌茄君には聞こえぬよう、同じ声量で彼女を問い詰めた。全く反省していない様子で、私の肩をポンと叩きペロッと舌を出した彼女は、


「大丈夫ですよ鱗目さん。アナタの活躍はしっかりと、彼の口から春華氏に伝えてもらいますから。ねっ?」


「か、勝手な事を………!」


いやしかし。私利私欲の為に店内を貸し切りのような状態にして、あろうことか店員である鱗目さんを解説席に座らせるという暴挙に出た責任は取らねばなるまい。


お姉ちゃんには、この件についてしっかりと謝罪しつつ、付き合ってくれた鱗目さん及び暴挙を看過してくれたフルトンスタッフの方々のご厚意を最大限伝えて……いや、その場合逆に鱗目さん達が怒られてしまうのでは?


「わ、分かりました。私……俺から姉に、良い感じの報告しておきます」


報告の内容は後で考えるとして、取り敢えず当たり障りない返答をした。


「ほっ……本当ですか!!?ッッッシャア!!!ミラノへの切符頂きィ!!!」


「ミラノ!!?ち、ちょっと鱗目さんそれは聞いてな……聖海ちゃん!?一体どんなデマで釣ったの!?」



彼女は両手を後頭部に回しながら、細い吐息しか出ていない口笛もどきを披露し始めた。



「……でも、吉井君……だったよね?アナタのコーデ、最終ラウンドはともかく、その前の二つは本当に素晴らしかったわ」


依然として悔し顔を浮かべている弌茄君の前に、ひとしきりガッツポーズをし終えた鱗目さんが歩み寄って、称賛の言葉を投げかけた。


「あ、ありがとうございます。”最終ラウンドはともかく”という評価はともかく、フルトンの方に褒めて頂けるなんて……光栄です」


「もしかして将来的に、こういった業界に入りたいとか?」


「いっ、いえいえそんな滅相もない!!ファッションに関してはただの友人の受け売りで…………」


友人……?赤頭君の事だろうか。失礼ながら、PCと塩キャラメル焼きそばパン以外に興味が無い人間だと思っていたけど……。


すると、横で聖海ちゃんが私に囁く。



「まぁ、目論見はラグナロクが如く崩れたが……とりあえずイツカの好みの傾向は知れた。あとはそのセンスに基づいた服を買って……」


「………」



結局、私の方は一度もまともなコーディネートを弌茄君に見せる事無く終わってしまった。……本当にこれで良いのだろうか。


いや、良いも何もファッションについて碌に知らない私が必死で選んだ所で、結局弌茄君の好みに合わせた方が正解に決まってる。そこに不満は無い。無い筈…………


でも………



「じゃ、俺行くよ」



弌茄君の一声に、意識が向く。



「そういえば、お前は何でサブマリンに来てたんだ?イツカ。買い物か?」


「よ、よくぞ聞いてくれたな!!実は今四階で、アグナムのポップアップストアが開催中なんだぜ!!」


「ふーーーーん」



目を輝かせる弌茄君とは対照的に、死に腐った様な目で興味無さげに返答する聖海ちゃん。その態度に彼は激しいショックを浮かべて項垂れた。


「そ、そうだよな……興味無いよな…………。じゃあ、お前らはその………デッ……デデ……デート楽しんで………な」


最後までまともに言えない単語を口にしつつ、ションボリ弌茄君は私達に背中を向けた。


「あっ……」


掛ける言葉など何一つ浮かんでいない癖に、縋るように手が伸びた。


情けなく空を切る指。過ぎる数秒。………結局、口を噤んだまま手を下ろし、私も彼同様に項垂れてしまう。


「…………」


「ん?どうしたイツカ。行かないのか?」



隣から聖海ちゃんの声。顔を上げると、何故か弌茄君はその場から動かず、明後日の方向をじっと見ていた。


釣られて彼の視線を辿る。と同時に、思わず『あっ』と声が出てしまう。

彼が見ていたのは、この店に入る直前、私が心を惹かれた一着の白いワンピースだった。


「もしかしてお前、あのワンピース見てるのか?」


「えっ!!?い、いやぁ………はは」指摘された彼は途端に照れ臭く笑い、頭を掻く。ただ否定はしなかった。


「随分シンプルなデザインじゃないか。試合内容から察するにお前はもっと、シックな感じの服を好むもんだと思ったが」


「……………なんとなく、だけど」


ワンピースの下に近づくと、彼は優しく微笑みながら言った。


「………この服、()()()()()に似合うんじゃないかな………って思って」


「えっ……」


思いもよらない言葉に、心臓が跳ねる。


「実は、最初に店入った時から気になってたんだ。……まだ一度しか面と向かって話してないのにこんな事言うの、自分でもキモいと思うが……本当に、なんとなく」


次第に早くなる鼓動。上ずる声ともたつく口で、私は辛うじて彼に問う。


「で、でも……吉井。聖海の言う通り、お前の好みはもっと……」


「あれは、テーマに合わせて付け焼刃の知識でそれっぽい組み合わせしてただけだよ。本来、俺なんか女の子の服にどうこう言える立場じゃないし、好み……ってのも特に無い。結局、自分の着たい服を着てる人が一番素敵だと思う。でも………」


「………でも?」


続く言葉に、意識が傾く。感じていたのは期待か不安か。恐らく両方だろう。

少し迷ったような素振りの後で、漸く彼は口を開いた。


「絶対似合うだろうから………このワンピースが、ヒナタさんの”着たい服”だったら良いな……って思ったんだ」


彼の表情に一切の曇りは無く、語弊を恐れず言うなら、純真無垢な少年が目を輝かせているかのようだった。


その瞳に意識が吸い込まれたせいで、顔が真紅に染まるまでに数瞬を要した。


「イツカ、お前今……死ぬほど恥ずいこと言ってるの気づいてるか?」


「えぇっっっ!?マジで!?そんなに恥ずい事言ってた俺!?ご、ごめんヒナタさ……いや今いないんだ………い、井原ごめん!!妹さんのいない所で恥ずキモい発言を……!!!全く深い意味は無いんだ!!ただ、すげぇ似合うんじゃないかなって思ったから、つい………!!」


顔を青ざめながら激しく手を振り回す弌茄君。その様子に、聖海ちゃんは冷ややかな目を向け、鱗目さんも気まずさを感じてなのか、ただただ目を逸らしている。


私だけが、彼から視線が離れなかった。


「…………」


「ど、どうした井原……めちゃくちゃ顔赤いけど………!!そ、そうだよな!?キモイよな!!そりゃ怒るよな!!?うわぁあぁあごめん!やっぱり俺を磔刑に処してくれ!!!」


当然、怒りで顔を赤らめている訳じゃないけど……彼は益々声を荒げて謝罪を重ねていく。このまま黙っていては、また完成度の高い土下座をさせてしまう。熱く煮え滾るような頭を辛うじて働かせ、視線を泳がせたまま言葉を返す。


「つ………伝えとくよ。ヒナタに……」


「なっっ……!!さっきの俺の発言をか!!?た、頼む止めてくれ!!嫌われる上にトラウマを与えかねん!!」


「どんだけ自分を卑下して見てるんだ………!いや、その……俺は別に怒ってる訳じゃない。伝えるのは………”自分の着たい服を”……って所だ」


「え?」


「あ、あいつ、世間体気にする癖にセンス無いから着る服に困ってたし。お前の考えはあいつにとって……その……参考、になると思う」


ここでいう”世間”とは当然弌茄君ただ一人の事を指すが、あえてここで口に出す必要はない。


「そっ……そう、か……!それなら良かった……けど」


「…………ふぅ~~~ん?」


依然として赤面し、目を泳がす私。それを見て露骨にニヤついた聖海ちゃんが、こっそりと私の脇腹を肘で小突いて揶揄う。それに対抗する余裕は無く、スルーを続けた。


「グ……グッズ!!数量限定品とか、あるんだろ?………行けよ、吉井」


「えっ……あ、そうだった!!」


ハッとした彼は、再び踵を返す。


「じ、じゃあな二人共。鱗目さん、スタッフの皆さん、本当にご迷惑お掛けしました!!お元気で!!」


今生の別れの様なセリフの後、『買い物の邪魔してすみませんでしたぁ!!』と……弌茄君は店内の女性達にも深々と頭を下げていた。我々も後で倣わなければ。聖海ちゃんを見ると、『分かってるよ』という様な目で答えた。


関係各位への謝罪を終えると、彼は宛ら嵐の様な俊敏さで退店し……人混みに紛れて瞬く間に姿を消してしまった。


再び意識に入り込んでくる店内の喧噪。残された三人は、波の中で屹立していた。


「………”着たいものを着る”。月並みな言葉ですが、交錯し循環するトレンドに振り回される日々の中で、ファッションという本来の意味、楽しさを我々は……忘れてしまっていたのかもしれませんね」


急に鱗目さんが、遠い目をしながら呟く。


「いやアンタが纏めるんかい!!!もう解説はしなくていいんすよ!」


「なんか、世にも奇妙なアレの冒頭みたいな語りでしたね」


「頑張って纏めたのに好き勝手言われてる!!!と、年上やぞ!!未来のミラノ支店長やぞ!!」


真っ赤になって怒る彼女をよそに、私は未だ夢遊している様な気持ちで茫然としていた。


「ま、これで決まったな」


「……うん」


彼が”似合う”と言ってくれた。私が”着たい”と思ったワンピース。


難しい用語もトレンドも分からない。でも私には、それだけでこの世のどんな服より輝いて見える。


色んな街に出掛けたい。色んな物を見て、聞いて……時には誰もいない空間で二人、未来について語り合いたい。この服を着ている自分を想像するだけで、どうしようもなくワクワクしてしまう。


「んじゃ、レジ行くか。えーっと……広いし混んでるしで場所分からんな。ちょっと店員さんに聞こう」


「そうだね。あ、店員さーん」


「はい、どうしました?」


呼び掛けた方向とは真逆。我々の真後ろにいる鱗目さんが反応した。


「「あ、そっか。この人店員だった」」


「私をオチに使うな!!!」






《ナレーション》




では、皆様お時間です。


『死闘!サブマリンシティ編』。出演は吉井弌茄並びに日々野楚。実況、銀砂(しろすな)聖海。解説、鱗目加羅。衣装提供はKouKoúli (クク―イ)-(-)Froúton(フルトン)。アグナム関連衣装は、同作品でポイズンスーツ・シメキリスのスーツアクターを担当した、天井慶丞(けいすけ)氏からの提供でお送り致しました。




《ナレーション終わり》

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