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35話 イメージ

「ポイシメ……?」「え、何ポイシメって」「ポイ……シメ……?」



弌茄君の口から突如放たれた、アグナムファン以外には全く以て青天の霹靂である謎の単語に、ギャラリーの女性たちは訝し気な表情を湛え無意識に呟く。


意味はまるで分からないが何処か口気持ち良い単語のようで、その呟きはやがて一種の喧噪となり、店内には日暮れの曇天の様な静けさと重さを孕む”ポイシメコール”が響き渡った。


「な、なぁ井原……お前ももしかしてアグナム……いや、ライダーファンなのか!?」


「ぅっ………い、いや………俺は……」


最愛の幼馴染を寝取った間男である筈の私に対し、最大級のキラキラ瞳をぶつける弌茄君。


”ライダー以上にお前のファンだっつーの!!!!!”と、うっかりその視線に負けて白状しそうになるが井原選手、ここでぐっと堪える。


「いっ…………()が………な」


「妹!?ってことは……ヒナタさんが!?」


「あ、あぁ……」


いや、結局どっちも私なんだけど。……でも井原ヒロと弌茄君にあまり共通項を持たせてはいけない。私達はあくまで恋敵、親近感は極力排除すべきだ。


「そ、そっかぁ………!!いい趣味してんなぁヒナタさん!」


満面の笑みで自身のアグナムTシャツに視線を落とす彼を見て、鋭い痛みが胸に走る。


あぁ~~~!!!また嘘……いや、それ言ったらもう今の私の存在自体嘘なんだけど、また弌茄君を騙すような事を……!!


ともあれ、これで少なくとも今後ヒナタとして彼と邂逅した暁には、心置きなくライダートークが出来る。あわよくばイベント期間中に()()のポップアップストアも一緒に回れる可能性が……


「はいはいはい!!!イツカ選手、元の位置に戻ってください!!それと、対戦相手へのボディタッチは禁止です。イエローカードです」


一縷の展望に想いを馳せたのも束の間、実況席から聖海ちゃんのホイッスルが木霊する。


「そんなサッカーとMCバトル()い交ぜした様なルールがあるのか!?わ、分かった。すまん井原!」


慌てて私から距離を取る弌茄君。

名残惜しさを感じた矢先、またも私のスマホがポケットの中で震えた。RUINの通知。送り主はまたも聖海ちゃん。


『何でオシャレコーデ擦り合わせ作戦中に特撮怪人生み出して挙句の果てにはイツカと意気投合してんだお前何考えてんだお前』


……般若心経でも言葉の区切りがあるというのに。


確かな怒りに任せ、だが的確かつ迅速なタップで送信された叱咤にギョッとしつつも、私はこっそりとスマホを操作して弁解を図る。


『ゴメン。弌茄君のTシャツと”カジュアル”って単語に引っ張られちゃって……』


スマホを買い与えられた瞬間から”弌茄”という単語をユーザー辞書に登録しているのは大前提として、間髪入れずに返信が。


『いいか、次のラウンドでは邪念を捨てろ。あくまでも自分自身が着て、イツカと時を過ごすという明確なイメージを持ってコーディネートをするんだ』


『わかった(※屈強な肉体を持ったウサギ達と共に敬礼を行うサメが極限までデフォルメ化されたスタンプ)』


『なんだそのキショいスタンプは』


『死んだ目で魔法ぶっ放す鳥よりは可愛いよ!!!』


多少ムッとしつつも画面をスリープにして、再びポケットに仕舞う。


「では気を取り直して、第二ラウンドに参りましょう!!!」


何事も無かったかのように実況が再開する。いつしかギャラリーからのポイシメコールも、普通に飽きたのかピタリと止んでいた。ブームの寿命というのは斯くも儚いものなのか。


「続いてのテーマはぁ~~~~~~~~~~!!?ドン!!”デート服”です!!!」


「「うぇえっっっ!!!??」」


思わず、上ずった声が出てしまう私と弌茄君。


カジュアルの次にデート服!?もうジャンルですらないし、選択範囲も段違いに広くなる。ジャンル絞られてもあの始末だった私には、あまりにも難易度が高すぎる。


しかし、先程立てた仮説が正しいなら、聖海ちゃんは私と弌茄君の間に起こり得るシチュエーションの中に、”デート”が含まれると考えてくれてるのだろうか。


イメージ……。


『あくまでも自分自身が着て、イツカと時を過ごすという明確なイメージを――――』


つい先ほどのトーク内容を思い出す。


デートを………イメージ………!?


わ、私が弌茄君とデ、デデデデ………デッッデデ……デデデ……デートする場面を!?


次第に胸の辺りに熱を感じ、そしてそれは一瞬で喉元、顔、頭頂部へ突き抜ける。


先日 学校の階段で、メイド服を間接的に褒められた時と同等の火照りを感じる。即ち、私の顔は朱の墨を垂らしたかのように赤面している筈だ。それに気づいて、弌茄君の視線に表情が入らないようサッと顔を背けた。


「喧噪渦巻く休日の街。忙しない往来の中からたった一筋現れて、彼の眼を惹き胸躍らせる渾身の勝負服を完成させて下さい!!!!


カジュアルコーデの擦り合わせは失敗に終わってしまった。弌茄君のアメカジと私のポイシメを擦り合わせた所で、禍々しさの浸透圧により彼のセンスが全てポイシメに吸い出されてしまう。私の好みは度外視して彼のコーデに身を委ねるしかない。


でもこの第二ラウンドは失敗できない。弌茄君とデートできる日が来るなら、私は私の好きな服を着て、私の全部を見てもらいたい。その上で、彼の”好き”に寄り添いたい。この擦り合わせで誕生するコーデは、文字通り私の人生の勝負服となり得るのだ。


「では……………始めッッッ!!!!!」


格闘漫画の様な掛け声で、第二ラウンドの幕が切って落とされた。

先程の様な呆けた思考ではなく、今度は確かな意思を以てバーチャル・ドールと対峙する。


鱗目さんの解説から分かったことは、アウター=上着、インナー=Tシャツ、ボトムス=ズボン。小物は、衣服とは別に身に着ける物。恐らくバッグ等の事を指すのだろう。………そして、ブル●ンのアメリカ支社ではキャロット味のフライドポテトが販売されているという知見も得た。


はい、もう完全に分かりました私。ファッション分かりました。


二ヤリとしつつ、今度は余裕の心持でアイコンをタップし、無数のアイテムから選別を行う。


横では、再び弌茄君の呟きが聞こえ始めた。


「デート服か………。あまり可愛さ出し過ぎてもシーンによっては浮くかもしれないから、可愛さと上品さ残したコンサバ系にしとくか。インナーにフレンチスリーブ持ってきて、アウターは無し。ボトムスは色味抑えたプリーツスカートで………小物も………」


あ、ごめんなさいやっぱ全然分かんないですファッション。


今度は急に”サバ”と”フレンチ”と”プ●ッツ”が出てきた………。和食なのかフレンチなのか江崎グ●コなのかハッキリして欲しい。


……って、ダメダメ!!余計な事考えるな!!管轄外のファッション用語に気を取られず、直感で選ぶんだ!!


そう、イメージだ。休日の昼中に、弌茄君と街を歩く私を…………!!!


私は一つ深呼吸を置いて、静かに目を瞑る。

脳裏に描くのは、日曜×真昼×池袋。


解は当然………



――――……






「お、おまたせ!」



日曜日の池袋。西口広場にある噴水の前で、付け慣れていない腕時計をソワソワしながら一瞥した瞬間、正面から息を切らした弌茄君の声が聞こえてくる。



「もー、遅いよ弌茄君!十五分くらい遅刻だよ!?」


「ごめん()()()()!道迷っちゃって……!」



膝に右手を突いて呼吸を整えつつ、左手を挙げて謝る彼。


どこかサイズの合っていないジャケットと、目立つ折り目の一つも無いジーンズを履いた姿を見て、私は目線を彼に合わせ、意地悪な声色で追及した。


「本当に?……私ならともかく、ずっとこの辺に住んでる弌茄君が道に迷うかな?」


「うっ………い、いやぁ………ハハ……」


間を空けて、核心を突く。


「何着て行くか、悩んでたの?」


「えぇっ!!?いや、そんなことは……」


「………」


「たっ、確かに少しは悩んだけど、こんなに遅刻するほど選んでた訳じゃ……」


「………」


ずいっと顔を近付け、無言の圧をかける。ニヤつきながら決して視線を外さない私に耐えかねて、彼は漸く白状した。


「な、悩んでました……」


「ほらぁ、やっぱり!!ってことは今日のデート、そんなに張り切ってるんだぁ~~~?」


「ちっ違…………くはないけど!!!…………と、とにかく行こう!!!」


再び大量の汗を掻きながら、明後日の方向に向かって歩き出す弌茄君。

そんな彼を後ろから追って、右手に左手を絡めながら耳打ちする。


「私もだよ」


「っ………」


「私も、今日のデートすっごく楽しみにしてた。この服も、時計も、バッグも全部この日の為に揃えて、着るのも初めて。ま、私はちゃんと選ぶ時間も考えて早起きしてたけどね」


「ご、ごめん……」


「あはは!謝らなくていいよ弌茄君。………それよりさ、どう?」


彼の前に回り込み、そのまま繋いでいない方の手を繋ぐ。

両手を塞がれて、身動きできない彼は視線を泳がせながら、やがて赤面しつつ呟いた。


「かっ……かわ……………似合ってるよ」


「えぇ~~~~!?今、何か言い掛けなかった!?」


「掛けてない!!!」


「掛けてたって!”かわ”……なに?」


「………い、行こう楚ちゃん!!」



優しく左手を離して、残された方の手を改めて深く握り直す弌茄君。


目を瞑り、赤らめた顔で再び歩き始める。私はそんな彼を見て少しだけ、噴き出すように笑ってしまった。


忙しない往来。耳に張り付く喧噪の中に飛び込む直前。消え入る様な声で、でも確かに弌茄君は横を歩く私に言った。


「…………可愛いよ」


「えっ」


「…………」


「い、弌茄君………今………」


反射的に顔を見る。弌茄君は露骨に視線を逸らしていた。


でも、耳まで赤くなっている彼を見て、今の言葉が聞き違いではない事を確信した私は……ついさっきまでの余裕が崩れ、呻く様な声を漏らしつつ彼以上に顔を赤らめてしまうのだった。


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