34話 カジュアルモンスター
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「っと、ここで!!両選手のコーディネートが完了したようです!!」
駆け抜けるようにアイテムを着せ替え続けて約五年(体感時間)。ようやく素体の下に位置している”完了”をタップすると、小気味良いベルの音と共に素体が消え、そのままローディング画面へと切り替わった。
そして、”もう最初からそこにあったんじゃないか”とすら錯覚するほど居心地の良いゴングを鳴らした聖海ちゃんは、マイクを握り直して声高に叫ぶ。
「それでは、まずイツカ選手のマッチ度から参ります!イツカ選手、画面が見えるよう少し横に移動してください!!」
「え!?み、見せるのかコレ!?」
思わず男口調のまま私が突っ込むと、間髪入れずに実況席からの返答があった。
「無論です!算出されたマッチ度の確認と、完成したコーディネートを鱗目氏に解説して頂かなくてはならないので!!」
「なくてはならなくはないだろ!!」
「なくてはならなくはなくはないのです!!」
「日本語であそぶな!!!」
聖海ちゃんとの不毛なやり取りをよそに、弌茄君はいつの間にか”スッ……”と素直に身を横にずらし、『さぁ見るがよい』と言わんばかりに画面を露わにしていた。こと想い人の指示には傀儡のように従う男である。
「おっ!?ローディングが終了しました!さぁ、イツカ選手のコーディネートはぁあ!!?」
ギャラリー、実況席、そして私が見守る中……弌茄君の画面が一瞬暗転。
次に現れたのは、先程までの殺風景な素体ではなく、まるで命を与えられたかのように瞳や口元に生気を宿し、画面上で軽やかに小回りをする仮想現実のファッションモデルだった。
「「「おお………!!!」」」
着用するのは、弌茄君渾身のコーディネート。それを見た瞬間、店内全ての人間が息を呑み感嘆の声を漏らした。無論それは、実況席の二人も同様だった。
「こ、これは……!解説の鱗目氏、如何でしょう!?」
「…………インナーは、ささやかなワンポイントが映えるシンプルな白Tシャツ、アウターはそれを下地にするかのようにスタイリッシュなネイビーのフライトジャケット系ブルゾン。一見メンズ風ですが、ボトムスに黒のロングキュロットスカートを当てる事で女性らしさを持たせたまま全体をストリート風のアメリカン・カジュアルに昇華させていますね。キャップや小物無しでここまで明確なコンセプトを感じさせるのは、率直に言って”見事”としか言いようがないです」
「………」
ちょっと待ってよ鱗目さん。一文字も分かんないよ。
……”フライドポテト系ブルボン”とか言ってた?はぁ?ブル●ンはア●フォートとかだろ!!キュロットだかキャロットだか知らんけど、それはそれとしてどっからアメリカ出てきたんだよ!!!
鱗目さんから発せられる用語は全く以て私の管轄外だったが、しかし。ギャラリー達の反応には疑う余地が無い。
”ストリート”という言葉の示す通り上半身はかなりヤンチャな印象を受けるけど、股下が分かれているロングスカートだかズボンだか分からないボ……ボトムス?の影響で、ヤンチャさの中に確かな可愛らしさを感じる。全体的な印象はまごう事無きカジュアルだが、そこに寸分の無駄も隙も無い。少ない構成で確固たるオシャレを演出している。
「その様相からはとても想像の付かない、思わぬ才能を発揮したイツカ選手!!これにはギャラリーや私は勿論、鱗目氏もベタ褒めです!!」
「”様相”とか言うな!好きで着てんだぞ!!」
「さぁ!!では得点は~~~~~~!?」
”ドゥルルルルル”という腹立つ口頭ドラムロールを奏でる実況。鱗目さんも最早ノリノリなのか、そのリズムに合わせて両手を互い違いに激しく振り出した。スティックを持っているという体なのだろうか。
そして、生き生きとした3Dモデルの上に重なって、堂々と得点が表示される。
「な、なんと……97点!!!MAXが100点なので、これはもう殆ど模範例の一つといっても過言ではありません!!凄い!!凄いぞ休日のライダーオタク!!!」
いつの間にかラジオネームの様な二つ名を付けられた弌茄君は、降りしきる拍手喝采の中で顔を赤らめながら後頭部を掻いた。いや、『あはは……』じゃないんだよ弌茄君。何普通に照れてるの。私を置いて順応しないでよ。
「いやぁ~~~これはハイレベルな戦いになりそうです!!では、続いて井原選手のコーデです!!井原選手、同じく横に移動して画面をこちらに!!!」
「………」
「………どうしました?画面を見せて下さい井原選手」
「いや……あの……」
嫌だ。
初手からあんな完成度の高いコーディネートを見せられた後で、私の拙作極まりない拙作を大衆に晒すなんて絶対に嫌だ。
私は確固たる意志を以てその場に根を張り、茫漠たる樹海の中心に一本聳える巨木が如き神々しさを纏いて、屹立を続けた。
「………あ。足元に虫いますよ井原選手」
ふ。残念だったな聖海ちゃん。私は現存する昆虫類全てを素手で触れるのだ。田舎者を舐めるな。
茫漠たる樹海の様に、一部例外を除いて万物を愛し包み込むこの私に、その様な奸計は通じない。
「あ、虫かと思ったけど違うわ。猫だ」
「ヒイィィイイィッッッ!!!!!!!」
その一部例外というのが、猫と差別と戦争である。東京ドーム四千個分くらい猫が苦手な私は、あっけなく奸計に嵌まって横に飛び退いてしまった。無論、その場に人間以外の哺乳類は居合わせていない。
「さぁ!!井原選手の得点はああぁぁあ!!!?」
「し、しまった!!!やめろおおおぉぉおおお!!!!」
叫びも虚しく、画面は先ほどの弌茄君同様、一瞬の暗転の後に採点モードへ切り替わる。
そして私のコーディネートに身を包んだモデルを目の当たりにした瞬間、ギャラリーは総じて息を呑んだ。
「「「え………」」」
しかし、続いて彼女らが漏らしたのは感嘆ではなく、ただただ明瞭な”絶句”の一言だった。
「こっ………これは………何………なんだこれは!!?か、解説の鱗目氏、どうでしょうか!!?」
「えっ!?どうって………え、えぇ~~~…………」
さっきの弌茄君に対する反応とは打って変わり、露骨な困惑を浮かべて視線を泳がす鱗目氏。
「あ、アウター?は、なんかこう……禍々しい紫に変色したスーツの様なもので……インナーには、呆れるほど禍々しい字体で”CASUAL”と書かれたTシャツ。上下セットでボトムスもスーツですが、やはり禍紫(”禍々しい紫”の略称)に染められていて………。あと何より、何故か素体の筋骨がめちゃくちゃ隆々になって頭も丸坊主になってますね。一体どのパラメータを弄ったらそうなるのか見当もつきません。完全に化物です」
「ば、化物!!?化物は言い過ぎだろ!!!」
「”言い得て妙”の間違いではないでしょうか井原選手!!さぁ、不意に生み出されてしまった悲しき怪人の鼻息が徐々に荒くなってきたところで、早速点数の発表です!!ドン!!はい2点!!!残念!!!では次のラウンドへ参ります!!!」
「EDMみたいなテンポで先行かないでよ!!!てか、2点!!?」
腹を痛めて生んだ可愛い力作を散々侮辱された挙句、表示されたマッチ度はなんとまさかの”2点”。弌茄君に及ばざるとも肉薄はするだろうと睨んでいた私にとって、その数字は到底受け入れがたいものだった。
何がいけないんだ。上下の色合いも合わせたし、インナーだってちゃんと”CASUAL”って書いてるし。……いやもう”CASUAL”っつってんだからカジュアルでしょうよ。こっちに落ち度は無いよ。なんか適当に画面触ってたら指数関数的にムキムキになっちゃったけど、それもまたカジュアルでしょうよ。こんなにつぶらな瞳をしてるのに怪人だの化物だのと好き勝手…………まぁ、つぶらなだけで血走ってはいるけど。数秒と目も合わせられないけど。
「………い、井原」
「えっ」
横を見ると弌茄君が、私の生み出したカジュアルモンスターを凝視し、何故か息を荒げていた。
周囲のドン引いた眼差しとは違い、確かな高揚を宿した瞳は、やがて私自身へと注がれる。
「これっ………お前……!!」
「なっ……ぇ……?」
そして、こちらに近づき思い切り肩を掴まれる。……顔もとんでもなく近い。
荒れた息、興奮した眼差し、声色。思わず生唾を飲み込んでしまう。再会して間もないけど、ここまで”雄”を剥き出しにした弌茄君を初めて目の当たりにした。
い、一体どうしたの弌茄君!?そんな眼で私を見て………
「これ……………覆面ライダーアグナム第十八話に出てくる怪人!!!”ポイズンスーツ・シメキリス”じゃないか!!!!」
「………………」
再び訪れる静寂。
彼の言い放った言葉は、私を除いてその場全員の理外にあった。
改めて、私は自分の生み出したそれを見る。
「…………あ、ホントだ」
ポイズンスーツ・シメキリス。それはアグナム第十八話で登場する怪人。
スーツに纏う猛毒と、他の追随を許さない毒舌でアグナムに多大な身体的及び精神的ダメージを与え続けた、作中屈指の強敵。ちなみに趣味はボトルシップ制作とカフェ巡り。座右の銘は”CASUALであれ”。装いの禍々しさとは反して、彼の魂は常にカジュアルを求め彷徨している。―――参照:『覆面ライダーアグナム大全』より
追いつめられた私の本能は、弌茄君の身に纏うアグナムTシャツと”カジュアル”という単語から、咄嗟にポイシメ(ポイズンスーツ以下略の略称)を生み出してしまっていたのだ。
「わぁ~~~~すげぇ~~~~!!!完全にポイシメだ………!!!うわぁ~~~~~!!!」
初心な私は漸く、今しがた彼から感じた”雄”の熱気が、ただただ爽やかで純朴な”少年”の好奇である事に気付いた。




