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33話 試合開始

「バーチャル・ドールに搭載された革新的システムの中に、”マッチ度採点機能”というものがあります!登録された素体の骨格や設定されたテーマに基づき、操作者が作成したコーディネートとのマッチ度を、名の通り採点!!採点AIは世界中のデザイナー達の作品を学習させた完全特化型!!さぁ、対戦者の二人は一体どれだけの得点を叩き出せるのでしょうか!!!」


昼下がりのショッピングモール内、最先端ファッションで埋め尽くされたアパレルショップには到底似つかわしくない、暑苦しい実況が響き渡る。店内にてショッピングを楽しんでいた女性達は、既にその手を止めてわらわらと我々を取り囲み、完全にギャラリーと化していた。


聖海ちゃんは、何処から取り出したのかも分からないデカいサングラスを装着し、同じく出所(でどころ)不明のマイクを握っていた。


「ま、待てよ聖海!なんだよ対決って!?わざわざこんなに人集めて……」


グラサン聖海ちゃんが弌茄君をビシッッと指差す。


「良い質問ですねイツカ選手」


「選手て」


「女性のファッションは女性に任せておけばいい、などという事はありません。女性が何を好み、自分をどう見せたいのか……そこに歩み寄り理解しなければ、アナタに向けて全力を尽くした努力(ファッション)も軽く見えてしまう!!!いいですか!?これは、如何に女心を汲み取れるのか!!即ち!!!どちらがより女性を理解しているのか!!!即ち!!!!男として!!どちらが優れているかの審判なのです!!!」


前半はともかく、後半は勢いだけで放たれたそれっぽい言葉を”即ち”に二度漬けした完全なる暴論だった。


しかし、そんな暴論も聖海ちゃんというフィルターを通せば、弌茄君にとって至言に変わる。


「たっ……確かにその通りだ………!!くっ……なんて思慮深いんだお前は………!!!」


「………」


膝をつきながら心打たれる彼を横目に、ニヤリと笑う聖海ちゃん。顔面には”チョロいぞえ”と書かれていた。


「でもそれをわざわざ公衆の面前で、しかも対決として昇華させる理由は……?」


沈黙を貫いていた私だが、流石にその点については手を挙げずにいられなかった。


「それも良い質問ですね井原選手。……色々ありますが、主な理由は面白そうだからです。普通に」


「だと思ったよ!!思慮浅ぇ!!!」


放たれた私の怒号も、すぐさま実況席のマイクから響くハウリングでかき消されてしまった。


「では対戦者のお二人、まずは目の前のモニターをご覧ください」


何を言っても彼女のペースに呑まれるだけだと悟った我々は、指示に従いバーチャル・ドールが導入された筐体に目を移す。


するとローディングの直後、着せ替え前の素体が表示された。

しかしそれは……


「えっ!?……これ……」


肌色のマネキンのような3Dモデル。だがその頭身や骨格、そして相貌と髪型。意図的に若干()()()はいるが……


その面影は、どこか男装を解いた私を彷彿とさせる素体だった。


思わず実況席の聖海ちゃんを見る。すると私の反応を予想していたのか、視線が合った瞬間に懐のスマホが震えた。表示されているRUINのバナーをタップすると、


『私のPCから二人の端末にハッキングを仕掛けて、楚の写真を元にして予めモデリングした”楚っぽい”素体データをぶち込んだ』


ハッキング………!?そんな事出来んの!?出来たとしても何してんの!?


それにモデリングて!……弌茄君と最初に女モードで鉢合わせ(再会)したあの日。家を出る前やたらと聖海ちゃんに写真を撮られた記憶がある。それを元に造ったんだろうけど、知らない所で自分の3Dモデルを作られていたという事実に戦慄する。まさか、こういった機会が来ることを予見して……いやいやありえない。何かもう考えるのに疲れてきた。


「さぁ、二人とも素体が表示されました!!では早速、テーマを発表致します!!」


重ねて、推測だけど聖海ちゃんの目的は、そこはかとなく私に似せた素体に対して弌茄君がどのようなコーデをするのか、そして私自身が施したコーデにどういった反応を示すのかを確認すること。即ち、それこそが私の趣味と弌茄君の趣味との擦り合わせ……。


あまりにも暴力的な実験だけど、確かに()()()()()()()日々野楚に対するコーディネートの最適解を得るには十分かもしれない。……それに聖海ちゃんは勿論、鱗目さんの目も悍ましい程に血走っていて、今から何を言っても中断してくれなさそうだし……。


あとでお客さん並びにスタッフの方々、そしてお姉ちゃんには魂を捧げるくらいの謝罪をしなければ。まぁ、お姉ちゃんの事だから”何それおもしろっ”の一言で済ませるかもしれないが。


「最初のテーマは……”カジュアル”!『どこか近場にふらっと遊びに行きたい……』という時にサッと着替えられ、且つ誰と会っても恥ずかしくないような、シンプルながらも盤石なコーディネートを考えて頂きます!!」


()()!?一発勝負じゃないの!?………か!?」


思わず素の反応を示してしまったが、語尾に装飾を加えることでムリヤリ男口調に修正する。


「無論です!本対決は三番勝負!最終的に合計得点の高い選手を優勝者とします!!」


”三番”勝負……完全にデジャヴだ。弌茄君との遭遇イベントが発生しそうなシチュエーションを三つ想定し、それぞれに先述の擦り合わせを行うつもりなのだろうか。


カジュアルの次は………フォーマル?いや、高校二年だし就活でもないし、スーツ姿で会う事なんて……


現段階では、聖海ちゃんの想定するその他のシチュエーションを推測することは出来なかった。


「画面右側のアイコンは上から、”アウター”、”トップス”、”ボトムス”、”シューズ”、”小物”、”その他”となっております!全ての項目に検索機能があり、季節や場面、価格、人気順などの絞り込みも可能です!ちなみに表示されるアイテムは、素体の身長骨格に応じて既に選別がされています」


画面を見ると、素体の右側に六つの四角いアイコンが縦に並んでおり、それぞれの枠内に項目名にちなんだピクトグラムのようなものが描かれている。


さきほど彼女が言った”案”とはこのことか。素体の身長も比率的に私とほぼ同じ。その高さでも着用可能なサイズ展開があるアイテムしか表示されない。


……しかし、ここで私の脳内に一つの疑問が過る。


『”アウター”って何……?』


項目名を見て呆然とする私。見たところアウターとトップスのピクトグラムは、上着を極限まで簡略化したようなものでほぼ相違が無い。


コンプレックスに甘んじて早々にファッションから身を引いてしまった私は、界隈の人間にとっては赤子でも知っているような用語さえ分からないのである。


……何が違うの?どっちも上着じゃないの?それで言ったら”トップス”だって『”トップ”って言ってるから上着なんだろうなー』くらいの認識だし。そもそも、ボトムスもそうだけど何で単数なハズなのに一丁前に”ス”が付いて複数形になってんの?トップにもボトムにも”ス”が付くなら”アウター”だって”アウタース”になるんじゃないの?あ、”アウタース”ってなんか球団名みたい。東京ヤクルトアウタース的な。MLBでいったらシアトル・アウタース的な。つまんな、何言うてんの自分。


「おっと井原選手!!試合開始から一向に動こうとしない!!これはもしや余裕の表れか!!?」


「ハッッ!!」


ゴミの様な思慮に耽っていた私は、流れる実況の声で意識を取り戻す。

……いつの間にか対決の火蓋が勝手に切り落とされていたらしい。ギャラリーは盛り上がり、聖海ちゃんも身を乗り出しながら暑苦しい実況をマイクに乗せていた。


横を見る。対して、弌茄君は……


「季節考えれば……いや、ファージャケットは暑苦しいしテーマからも遠いな。ボトムスも派手過ぎずデニム生地のカットオフパンツとかにして……全体的に白、ネイビー、黒の暗色系に寄せてシックな印象に……」


「え………」


まるで鍵盤を叩くピアニストが如き手早さとしなやかさで画面操作を行い、彼の思い描く理想に適したアイテムを最短距離で検索から導き出し、幾重にも試行錯誤を重ねていた。


「イッ……イツカ選手……え……?早っ………な、なんとイツカ選手、瞬く間にコーディネートを進めていきます!無数のアイテムをまるで全て網羅しているかのようなスピード!!信じられません!!ライダーTシャツ一枚で池袋を練り歩いていた男とはとても思えない!!」


……え、弌茄君ってファッション詳しいの?


流石の聖海ちゃんも彼の様子に明らかな動揺を示した。無論、私も。

ファージャケット?……カットオフパンツ?一つも理解が出来ない。


ハイセンス残念美少女の聖海ちゃんですら慄く程、弌茄君がファッションに精通しているなんて完全に想定外だった。天井さんの店で会ったときには紺のスウェットに黒ジャージのズボンというかなりラフな服だったと思うけど……。


と、ともかく、これは非常にまずい……!


擦り合わせというのは互いのレベルが拮抗して初めて成り立つ作業。このままでは結果発表の段階で私のファッションセンスの皆無さだけが露見してしまう!


どうしよう……なんとか(トップス)(ボトムス)のコーデだけでもそれっぽいの選ばないと……!


「くっ……」


うぅ~~~……絞り込みで……ん?”カジュアル”ってワード入ってるじゃん!これで検索かければ一発……うっわどうしよう全部同じ服にしか見えない!!


え、これ違う服?どう違うの!?”相模(さがみ)”と”相撲(すもう)”ぐらいの違いしか無くない!?ボトムスも何が何だかさっぱり………あ、ジャージある。いや!!それじゃ激烈芋ジャージ一直線だって!!うわああぁぁああもう分からん!!!なんも分からん!!家帰りたい!!!!



沸騰寸前の脳を更にフル回転させ、自らの乏しいファッションセンスに従いながら私は………相模の中から相撲を、あるいは相撲の中から相模を探す途方もない作業に着手し続けるのだった。

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