3話 訪れる絶望
昼休みが始まった直後には、すでに井原と聖海の姿はなかった。当然アテも無いが、闇雲にでも二人を探し出し、そして……聖海にこの想いを伝えるんだ。
息を切らしながら三階校舎を走る。しかし彼らはいない。続いて二階、一階と回るが同様に見つけることはできなかった。となると……
「中庭か………!?」
この学園には広大な中庭があり……それを正方形に囲うように校舎が建っている。これだけ探して居ないのなら、考え得るのはそこだ。
一階から適当なところで中庭に出る。中央に聳える噴水と幾つもの彫刻になど目もくれず、行き交う無数の生徒たちの中を探すと……
「いた………!」
噴水からかなり離れた、校舎に近い場所にぽつんと置かれているベンチに……二人が並んで座っていた。
井原は相変わらず無表情で淡々と、しかし聖海は弾けるような笑みを浮かべていた。
更には……膝の上に乗せた恐らく彼女手作りであろう弁当から、おかずを箸で取り、迷わず彼の口元へと運ぼうとしている。
「なっっ……!!」
今まで料理はおろか、昼休憩にはコンビニで買った笹かまで済ませていた筈のアイツが……わざわざ弁当を作った挙句”あーん”をしている。
固めた決意が目の前の惨劇により歪み始めるが……俺はもう退かない。
ゆっくりと……二人の下へと近づく。もはや周りの生徒達など視界に入ってすらいなかった。
「………聖海」
「えっ………」
やがて、彼らの下にたどり着く。………深呼吸の後、イチャつく彼女に声を掛けた。
「な、なんでイツカがここに……」
「探したんだよ、お前達を。……いや、お前を」
「………」
井原を一瞥する。……悔しいことに奴は、一切俺の顔を見ていない。……眼中にすらないという事か。
「聖海。……お前に伝えたいことがある」
「は……?伝えたい……事……?」
「俺は……」
伝えるんだ。奴に奪われてしまう前に。
この十四年分の……いや、年数など関係ない。この恋に気付いた瞬間から、想いの深さは変わらない。
「聖海………!俺はずっと、お前の事が………!!お前の事が……す………す……」
「なっ………」
そこで、聖海は何かを察したかのように顔色を変え、動きを止める。周囲の人間達には喧噪に埋もれて聞こえていないのだろうが……俺はその瞬間、まるで時間ごと止まってしまったかのような錯覚を得る。
「す…………」
永遠とも思える一秒を感じながら、乾ききった喉をこじ開けて、言葉の続きを紡ごうと藻掻く。
………しかし、その最中……聖海が発した言葉は
「い、井原……君……」
……奴の名前だった。まるで、『これは違うの』と言わんばかりに慌てた様子で、縋るように……彼の肩を掴みながら消え入るような声で名前を呼んだのだ。
「………聖……海……?」
「………」
ふと、井原を見る。
………奴は震えていた。
顔を伏せて、肩を震わせていたのだ。………目の前で行われようとしている俺の告白が、茶番とでも言うかのように……。見えない表情が今まさに嘲笑で歪んでいるのが手に取るように分かる。
「ま、待って井原君!!」
そして奴はベンチから離れ、中庭から出ていく。そして聖海も広げた弁当を慌てて片づけて、その後ろ姿を追って走っていく。
残された俺はまた、深い絶望を抱えながら呆然と………
「何やってんだ吉井!!!追いかけろ!!!」
「………赤頭……!?」
見上げると、二階の教室の窓から身を乗り出している赤頭がいた。慣れない大声で必死に、すっかり心の砕けた俺に向かって叫んでいた。
「行け!!!吉井!!!」
「…………あぁ、ありがとう赤頭……」
そうだ、まだ”好きだ”とすら言えてない。諦めるな、藻掻くならとことん藻掻け。
再び俺は地を蹴った。中庭から一階校舎へ入る。………また見失ってしまった。
すると、廊下を歩いていた1年生の男子生徒が「今、グラウンドに出ていきました!!」と、目撃していた二人の行き先を教えてくれた。先ほどのやり取りを偶然見ていて、色々と察していたのだろう。
「悪い!!ありがとう!!」
礼を言いつつ反対側の出口からグラウンドへと出る。ここにも生徒達がまばらに見られるが……彼らと思しき姿は無い。
「…………ん?」
そこで、右に振り向いた。遥か前方には体育館と、そのすぐ横に体育倉庫がある。……そして倉庫裏から、女子生徒の制服が少しはみ出していた。
………きっと彼女だ。根拠は無いが、なぜかそう確信した。
暴れる心臓と呼吸をそのままに、倉庫に近づいていく。
せめて……せめてこの気持ちだけでも伝えさせてくれ……!
やがて体育倉庫まで辿り着く。今度は呼吸などせぬままに、迷うことなく飛び出した。
「聖海!!俺、お前の事が………好………」
そこには、確かに井原と聖海が居た。
だが彼らは、倉庫裏で………
……キスをしていた。
聖海が、その奥にいる井原のこめかみに優しく触れ……顔と顔を近づけている。誰がどう見ても疑いようがない。
二人は、もう………
「ッ………イ、イツカ!!?お、追いかけてきたのか!?」
俺の声に驚き、聖海が振り返る。……やはり、まちがいなく彼女だ。見間違いなどではない。
「あ………あぁあ……」
何度目かも分からない絶望感に襲われた俺は………その場から逃げた。
情けなく涙を流しながら、声にならない叫びを上げつつ走った。
…………こうして、俺の十四年間の恋は、いとも簡単に崩れて灰になったのだ。