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28話 その夜の事




時は昨日まで遡り、弌茄君と初めてのRUINを交わす少し前の事。

私は、姉である日々野春華に電話を掛けていた。


『おや、初めましてだね。………()()()()()さん』


スマホの向こうから、口を尖らせた様なわざとらしい声が鳴り響く。


「………だ、誰でしょうそれは。私は可愛い可愛いアナタの妹、日々野楚ですけど……」


『あっっれぇ~~~!?おかしいねぇ。その可愛い可愛い私の妹とやらは、ある日一瞬にして別の人格(ヒナタさん)に乗っ取られてしまったと報告を受けているんだがねぇ~~~?おんやぁ~~~~~~???』


「ごッ……ゴメンてお姉ちゃん!!!キャラ変わるレベルの寸劇でイジらないで!!!」


()()報告を、と思ったが……どうやら全ての顛末は既にオーナーである天井さんから伝えられていたらしく、私は初手から攻撃力高めの皮肉をぶちかまされてしまった。


『ケイから全部聞いたよ。……全く、昔からお前はテンパると、言動行動ともに異次元の捻じ曲がり方をするな』


先程までの、極限まで人を茶化した甲高い声からいつも通りの凛々しい低音へと変遷する姉の声。


「だ、だって……ああするしか……」


『そんな訳ないだろう。……いつまで隠すつもりだ?想い人だけでなく()()()()()


「っ………」


『愛情を持って人と接すれば、いずれ必ず綻びが出る。あの時のお前がそうだったように。我々は、どこまで言っても普通の人間とは違うんだ。……男装のまま面接を受けろと命じた私の言える事ではないが……楚、決断と覚悟を必要以上に先延ばしするなよ』


「……………分かってるよ」


それを境に流れる一瞬の静寂。気づけば、しとしとと小雨が降っていたらしい。

……姉は嘆息し、仕方無くといった調子で会話を続けた。


『……まぁ、”覚悟”の方は一先ず置いておく。だが、”決断”の方はまず一つ、してもらうぞ』


「え、何!?……決断って」


『天井から”採用”との評価は受けたが……お前、結局()()()で働くつもりだ?』


「あっ……」


当初、姉からは集客目的の為に男装で働くよう命じられていた。


しかし結果的に私は存在しない女性クルーを一人誕生させ、あまつさえそれを弌茄君……つまり一人のお客様に認知されてしまっているのだ。


「……っていうか、その前にお姉ちゃん!!男装しろって命令しといて全然天井さんに連絡行ってなかったよ!?それどころかまるっきり他人と思われてたし……!!酒癖悪すぎるんだから、大事な話する時はもっと……」


『私の酒癖の悪さが今その決断に関係あるのか!!?しっかりしろ!!!』


「こっちのセリフでもあるよ!!!パワーで有耶無耶にするのやめて!!」


棚どころか神棚くらいの高さに自分を上げる姉。……私の暴走行為が発端でもある故に、強く反論するつもりは無いけど……。


『ケイからも口添えがあってな。”楚ちゃんの好きにさせて”と』


「天井さんが……?」


『……経営者の立場からすれば、オーナーとの軋轢は極力避けたい。まぁ、喫茶店の方はチェーン展開も進んでいるし、集客案に関してはもう一度思案するとしよう。要するに、私もお前の決断に従う事にする』


「………」


そこで、”ピコン”と小気味良い通知音が耳元で鳴る。

咄嗟にスマホを正面に構え直し、バナーをタップ。


姉とのトーク画面。そこに、一枚の写真が送付されていた。


「あっ……」


そこには、メイド服を来た私が映っていた。

弌茄君を見送った後、天井さんが『このコ(制服)の門出を祝って記念の一枚撮らせて頂戴!!』と半ばゴリ押しで撮られたものだ。


写真を撮られ慣れていないからか、バターロールに切れ込みを入れただけの様な半開きの眼に、栄養失調の豆苗が如くヘナヘナした口唇。辛うじて行ったピースサインも、ひん曲がり過ぎて何か強い思想さえ感じる未知のハンドサインになっていた。


……あれ、”綺麗”な私は?


弌茄君が綺麗と言ってくれた私は何処?どこにいるの?サウジアラビア辺り?


『写真(うつ)りはタナトス級だが……ここまで嬉しそうに笑うお前は久々に見た』


「人の写真写りを死の神で表さないでよ……」


『………楚、お前のシフトは再来週の月曜からだ。それまでに()()考えておけ。答えは前日までで良い』


「えっ、再来週!?で、でもその間お店は天井さん一人でしょ!?人出は……」


『問題ない。ケイは一人で都内の大型ショッピングモールくらいなら半日は一人で回せる奴だ』


「カリスマと言うよりバケモノなのでは……」


”じゃあ別に従業員雇わなくても良いじゃないか”と、身も蓋もない意見を浮かべるのは至極当然な流れだった。


『それと、今日もう一人飛び込みで面接を受けに来た子がいてな。かなりの有望株だ。彼女も追加採用になったから、お前と同日に出勤させる』


「そうなんだ……。ただでさえ天井さん一人で回せるのに、そうなったらいよいよ私の存在意義なくない……?」


『………有望株だが、かなりクセが強くてな。仕事の出来に関しては身内の贔屓目無しでも恐らくお前に軍配が上がる。持ちつ持たれつといった関係性になるだろう』


日雇いバイトしか経験の無い私に軍配を上げさせる程の人間がこの地域に……?にも拘わらず有望株……?!


それはそれで、また違ったベクトルの不安が立ち込める。


『と、まぁ連絡事項は以上だ。……それとは別件で、これは経営者ではなく単なる姉としての忠告だが……』


「え?何?」


『お前、()()はあるのか?』


「う”っ……」


……ほぼ家出の様な勢いで上京してしまったせいで、私が現時点で持っている服は”制服”と”赤ジャージ”の二着のみ。それどころか生活必需品と呼べるものすら満足に揃えられていない。


ちなみに、天井さんのお店に赴くまでは生活圏から離れた地域にて日雇いバイト(工事現場や引っ越し等ゴリッゴリの肉体労働)に就き、家賃や食費を工面していた。現場では、冷蔵庫とデカい棚を一度に運ぶ姿から"人力軽トラック娘"と畏怖の念を以って呼ばれたものだ。


『恐らく、体力に物言わせて日銭を稼ぐのに精いっぱいで、ファッションなど二の次三の次になっているだろう』


「だ……だって……生きる為だし……。服買ってる余裕なんて無いし……」


『だから最初に言っただろ?”最低限の資金援助はしてやる”と。金なら腐り果てるくらいあるんだから私は』


よくシラフでそんな言葉が出てくるなと、もはや感心してしまった。姉が我々労働者に暗殺される未来は近いのかもしれない。


「バイト先紹介してもらっておいて何だけど……自分の生活は自分で何とかするよ」


『……頑なだな。何故そこまで意固地になる?』


「だって、私の生活の全ては”弌茄君と結ばれる”という目的に向けて動いてるし、その過程で生じる金銭に第三者からの介入があって結果的にそれで恋人になれたとしても、それは実質”弌茄君を第三者にお金で買われた”って事にならない?」


『”ならない”の方に命すら賭けても良い。……お前の吉井君に対する熱量、昔から怖いんだよ私は。そのうち宗教でも開くんじゃないかとヒヤヒヤしてるんだ』


「開かないよ。”信仰”は”愛”から最も遠く離れた感情だからね」


『そういうのが怖いんだよ。絶対目がイッてるだろ今のお前』


「………という訳で、私は制服とジャージだけで十分だから。ありがとうお姉ちゃん」


私が会話を切り上げようとしているのを察して、姉は少し慌てながら呼び止める。


『まぁ待て。なら金はお前が出すとして、()()()を紹介しよう』


「お姉ちゃんの店?」


『あぁ。私が展開しているアパレルの一店舗が、先月池袋の”サブマリンシティ”内にオープンした。今なら記念で殆どの商品がセール対象になっているから、日曜にでも赴いて最低限のモノを見繕うといい』


「えぇ……セールって言っても絶対高そう……」


普通に考えて、身内が23区内の大型複合商業施設内に自分のブランドの店をオープンさせたとあらば目玉を飛び出させて驚愕するところだが、姉にとってこの程度の事は茶飯事も茶飯事なので、私も感覚がすっかり麻痺していた。


『………お前は私の仕事について本当に何も知らないようだな。あくまでも”最低限の価格で、最大限の幸福を”がモットーだ。学生風情でも、或る程度のコーディネートが出来るくらいには安価に設定してあるから安心しろ』


「素敵なキャッチコピーの直後に”学生風情”とか言わない方が良いよ」


『現にお前は二度も、吉井君との鉢合わせを経験している。……二十四時間年中無休で男装し続けるつもりなら何も言わんが、万が一また女の姿で彼と鉢合わせになったとき、実家から持って行ったその激烈芋ジャージ姿をまざまざと披露するつもりか?』


「げ、激烈芋ジャージとか言わないでよ!!これでも着心地良くて気に入ってるんだから!」


……今のところ弌茄君との邂逅は、一度目は聖海ちゃんの私服を借りていて、二度目はお店のメイド服を着用していた。でも、今後うっかり”コンビニ行くだけだから”と適当にジャージを着てふらっと立ち寄った先で弌茄君と鉢合わせしてしまったら……


そう考えると、私のお気に入りのジャージも“激烈”とまではいかなくても、”芋”の冠詞くらいは付いてしまうのではないかと途端に不安が襲いかかる。


『とにかく、ファッション含めお前はもう少し……俗に言う”乙女の嗜み”を身に付けろ』


「わ、私だってちゃんと……乙女してるし」


『例えば?』


「………料理とか」


私は今しがた調理した至高の一品を、箸を用いて流麗に口へと運び咀嚼した。


瞬間、瑞々しい音が口内で弾ける。それはまるで五月雨に濡れた枝葉が、燦燦と照る陽光に当てられ光輝く様な……


『……キャベツとごま油と鶏ガラスープの素と塩昆布をナイロン袋にぶち込んで五、六十回シェイクしただけの一品を料理とは呼ばないぞ』


「なっ………!!え!?み、見えてんの!?カメラONになってる!?」


私はベッドから飛び起き、シワッシワのビニール袋に入った特製おつまみ塩キャベツを背後に隠す。


『見えなくとも、お前のレパートリーなどたかが知れてる。どうせ太らない体質にかまけてカラオケのフードメニューの様な物しか食ってないだろ』


ここまで図星という言葉が似合う状況を、私は今後幾つ体験するのだろうか。


『もう切るぞ。そのキャベツ食ったらさっさと寝ろ。睡眠も美容の柱の一つだからな』


「ちょっ……お姉ちゃん!?お……」


呼び掛け空しく、既に通話は切られていた。


「………」


一人ぼっちの室内に、瑞々しいキャベツの咀嚼音だけが木霊している。


……持ちうる私服、食生活のズボラ加減、そもそものマインド。この短時間で、ものの見事に自分を客観視させられてしまった。


お姉ちゃんの言う通り、これまで無頓着だった”乙女かくあるべし”という文化に目を向けなければならない時が、遂に来たのかもしれない。


「………うん。そうだよね。オシャレも極めてこそ、弌茄君にとって相応しい女……!!」


奮い立ち、自らに発破をかける。

敷居が高いと逃げずに、乙女としてのスキルを磨き上げてやるんだ!!


私はまるで過去の自分との決別を図る様にキャベツをかきこみ、空になったビニール袋をテーブルに置く。


そして傍らにある至高のもう一品、”特製ドカ盛りオニオンリング(コンソメ味)”を大皿ごと抱えて、悠々と箸を進めるのだった。

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