25話 葉の上で
◇
”吉井弌茄”
……なんて素敵な四字熟語だろう。私が何らかのスポーツ選手なら、総画数の”22”すら背番号にしてプロ入りを果たしたい。
「や………やっちゃった………ついに………」
そして、そんな尊名(”尊い名前”という造語)は今……私のスマートフォン、その中のトークアプリ”RUIN”内にある……”友達”という項目に表示されていた。
私のユーザー名は偶然だけど始めから平仮名で”いばら”。……当然、今後井原ヒロの状態で連絡先を交換する事なんて無いと思うし、アカウントを分けずにあの場ですぐ彼を登録した。
『私と、友達になりませんか!?』
深い思慮などは無く、純然たる脊髄反射で出た言葉。それ以降の記憶は殆ど無いけど、快く受け入れてくれた彼が浮かべた赤面は、はっきりと脳に焼き付いている。
……多分、弌茄君はこれまで聖海ちゃんに人生の全てを捧げてきたせいか、そもそも交友関係に関心がないのか、極端に友人が少ない。学校でも親し気に話しているのは私の知る限り赤頭市狼という生徒だけだ。
故にあの赤面は、私を”異性”として意識したからでなく、単に”交友関係の新たな構築”という、恐らく彼にとって久しぶりのイベント発生に対する緊張と気恥ずかしさからくるものだろう。……彼は思い人以外の異性との交友に下心を抱くような人間じゃない。むしろ抱くような人間ならどれほど楽か。抱いていいんだよ。抱け。大志でなく下心を。
自分で言っててあまりにも悔しく悲しいが……私が縋る程好きになった彼とは、そういう人だ。
「でも……これからどうすれば……」
時刻はもう十九時を回ろうとしていた。あの後、もう一度店に戻って天井さんと今後の仕事内容について簡単なレクリエーションをして帰宅。それからお姉ちゃんに報告を済ませたけど……なんやかんやで落ち着かず、こんな時間になってしまった。
ベッドの上で仰向けになり、深い呼吸を一つ。
「………あ」
突然。思慮に耽る間もなく、手元のスマホから小気味良い通知音が鳴りハッとする。
「まさか……!!」
跳ね起き、画面に目をやると……そこには、弌茄君からのメッセージを知らせるRUINのバナーが表示されていた。
「いっ………弌茄君から!?」
心臓が跳ねる。……彼の方から先にメッセージが送られてくるなんて夢にも思わない。
震える指でロックを解除し、アプリを開く。
「弌茄君からのRUIN……弌茄君からの……」
呼吸を乱しながら、今一度ぼふっ、とベットに横たわる。
”ベッドの上で想い人とRUINを送り合う”。……これはもう付き合ってるといっても過言じゃないにも程があるくない?
『起きてる?』とか、『次、いつ会える?』とか………それかもう『やっぱり声、聴きたいな』とか言って電話掛かってきて、弌茄君の声を聴きながら枕を抱いて甘い会話を………
やっっっば!!!顔あっっっつ!!!そんなの恋人じゃん!!!青春じゃん!!!入籍じゃん!!!
「呼吸整えろ私………はぁ……はぁ……」
入籍への第一歩。その開幕を告げる彼からの甘いメッセージを、私は一向に静まらない動悸と共に開いた。
『突然のご連絡、失礼致します。本日、私が行ってしまった数々の無礼について、この場を借りて改めてお詫び申し上げます。ヒナタ様ならびに天井様には、大変ご迷惑をお掛けしました。お二人には、今後も益々のご健勝をお祈り申し上げます』
「………………え、就活してる?」
文字数と段落が多すぎて真っ黒になったメッセージが、ドデカい正方形に膨れてしまった吹き出しの中に収納されて送られてきた。
あまりにも無機質な文面に意識が遠のく。
恋人との……百歩譲って友達とのトークだとしても、天地がひっくり返っても存在し得ないだろう”申し上げます”や”ご健勝”などのワード、そして定期的な句読点。
”恋人”や”青春”、ましてや”入籍”などではない。まさしく”””””就活”””””の二文字しかしっくりこないメッセージ。……私は吉井弌茄というド真面目人間を舐めていた。
「ど、どこまで真面目なの弌茄君………」
でも私はめげない。……彼はそもそもRUIN自体に慣れていないのだろう。きっとこの文面を送るまでに無数の推敲を繰り返し、満を持して送信したに違いない。
まずは、気軽にRUINを飛ばせるようになるまで彼の認識を調教……いや矯正していこう。
ひいてはそれが……就活ではなく入籍への第一歩になると信じて。




