20話 覚醒と闇鍋
「なっ………なななな………なん……いつかくん………なっ……なんっ……」
”何でここに弌茄君がいるの!?”という文字列を一向に口から出力出来ない。
私服弌茄君を見られたという多幸感も確かにあるけど、一度ならず二度も女の姿で……しかも完全に着替え中の……し、下着姿を見られてしまったという、憤死も辞さないくらいの恥ずかしさもやはり遅れて湧き上がる。私は取り敢えず、中途半端に袖を通していたメイド服を羽織り、その後はもう目を回しながらありえない程に赤面し、あわあわ言う事しか出来なかった。
っていうか……!!”close”になってなかったっけ!?あの看板!!着替える前に見た時もちゃんと……
………違う!!!内側から見て"close"だった!!!
なっ……何で!?私が入ったときは外側から………
いや、心当たりが一つだけある。
天井さん初登場の際、驚いた私は思い切り扉に背中をぶつけた。その拍子に看板が激しく揺れる音を確かに聞いたのだ。
きっとそこで裏返ってしまったのだろう。
「あ……あの時かぁ………っ……!!!」
「あっ……あの!!本当にすみませんでした!!!し……失礼します!!!!」
私と同等かそれ以上に赤面しながら、こちらを見ないよう入口の方に体を向けつつ、ロボットが如くガチガチに固まっている弌茄君は……上ずった声で謝罪し、そのまま真っ先に立ち去ろうとする。
………すると、カウンターの方から既視感のあるドドドドドという轟音が地鳴りの様に響き出す。
「なっ……!!!何今の声!!!?楚ちゃん大丈夫!!?」
ドバァン!!!と、散弾銃の様な音と共にカウンター奥の扉が開かれる。現れたのは無論、天井さんだった。
そして目に映すのは……顔を赤らめながら必死に、一つもボタンを閉められていない上着を抱き寄せる私と、(天井さんからすれば)見知らぬ男性。
瞬間、聞き取れる程大きな”ブチッ”という、血管の千切れる音が響く。
「ウチの店員に………何さらしとんじゃ猿がぁああぁあああぁあ!!!!!!!」
「あっ……天井さん!!?これは違っ……」
先程と同様、光速が如きスピードで猛進しながら、天井さんは自身の両腕を思い切り振り上げる。
「食らいなさい!!!”ニ~三日は失神&数分間の記憶消去”チョップ!!!!!」
「どういう理論で!!?」
私は弌茄君の前に立ちはだかり、その猛攻を防ごうと思ったが間に合わず………そのまま彼の首元へ、天井さんはソニックウェーブをも生み出しかねない勢いで純然たるチョップを施行してしまった。
「ぅげぁっっっ!!!!!」
ヒキガエルの最期のような断末魔を上げつつ、弌茄君は糸が切れたようにその場へ倒れる。……それを天井さんが腕で抱え、頭からゆっくりと下ろした。
「はぁ……はぁ……どっから湧き出たのよ………この変態男が………!!!」
「ちっ……違います天井さん!!!」
「……え!?……違うって……どういう……」
弌茄君の下へ駆け寄りながら、必死に弁明する。
「あの看板、さっき私がぶつかったせいで裏返っちゃって……!それで弌茄君、お店開いてるんだって思って入っちゃっただけなんです!!」
「……………え…………えぇっ!!!??なっ……ホントに!!?うっそアタシ………じ、じゃあ……勘違いして一般人にチョップぶちかましちゃったってこと!!??」
「弌茄君!!大丈夫!?しっかりして!!!」
「…………ていうか………”イツカ”君………って………」
次第に青ざめていく天井さんの顔。そして、口元に手をやりながら彼の名を口にした。
「……この人が、さっき話してた吉井弌茄君、本人です………」
「うっっっそおおおぉぉぉおおおぉぉ!!!!!」
事実を告げ、今一度彼に視線を向ける。
私の絶対的な想い人は……突如突進してきた喫茶店のオーナーに爆裂チョップを仕掛けられ、白目を剥きながら泡を吹き、ものの見事に失神してしまっていた。
◇
「もう本当に……何度重ねてお詫びしたらいいか……」
「ど……土下座はやめてください!どっ……土下座っていうかもう額がフローリングにめり込んじゃってますけど!!?」
数分が経ち……チョップをキメた男性が弌茄君であると知った天井さんは、私の目の前で思いっきり土下座していた。
元はと言えば、看板を裏返してしまった私のせいだ。
……しかし、こうなってしまっては只々、弌茄君の意識が戻るのを祈るだけ。
「はぁ~~~~~………このコがまさか楚ちゃんの想い人だなんて………本当にどうしよう……!!」
「に………ニ~三日は気絶したままなんですか……?」
足元には、安らかな顔で眠る弌茄君。最低限の配慮で毛布が掛けられている。
「えぇ。チョップを受ける前の数分間の記憶も失うわ」
「エビデンスある時点で怖いですよ……どんな過去があったんですか……」
「と、取り敢えず呼び掛けましょう!!楚ちゃん!!もういっそキスしちゃいなさいよ!!!その間にアタシは自首してくるから!!!」
「ファーストキスを無茶振りで済ませる訳ないでしょう!!!動揺し過ぎですって!!」
無論、キス自体は吝かでは無いにも程がある。でもこんな合意も取れてない状態でしても意味がない。……まぁ、本当に吝かではないけども。
「で、でもこのままってワケにも行かないし………っていうか、本当にこんな時に言う事じゃないけどアナタ、やっぱり死ぬ程似合うわね………」
弌茄君の息があることを確認した後、いつまでも前をはだけさせている訳にもいかなかったので、天井さんが毛布を取りに行っている間にちゃっかり着替えを完了させていた。
「ほ、ほんとですかぁ?いやぁ……照れますね………ってマジでこんな時に褒められても喜べませんって!!そもそも初恋の人ガッツリ気絶してる横でなんでメイド服着てんですか私!!?」
「ア、アナタも落ち着きましょう……?」
………と、声を荒げた次の瞬間。
「…………ん………ぅ………ぅうん………」
微かに、だが確かに。足元に横たわる弌茄君が、顔を顰めながらも呻き声をあげたのだ。
「う、嘘………!?まさかもう目を覚ますって言うの!?そんな……アタリは確実だったハズなのに……!!」
「何でガッカリしてんですか!!………っていうか、このまま目を覚ましたら私……!!」
今度こそ、至近距離で確実に……女の姿を弌茄君の眼に焼き付けてしまう。この前とさっきの一件はどちらも純然たるハプニングで一瞬だったけど、今一度ガッツリ彼に姿を見られてしまえば……
あの時の記憶と共に、彼が私を完全に思い出してしまうかもしれない。
私が隠した事実さえも………。
早く……早くどこかに隠れなきゃ……!!あとは天井さんに誤魔化してもらって……
「……………あ、あれ………?俺、何して…………………確か喫茶店に入ろうとして…………ぇえっ!!?誰!!?メ、メイド!?なっなんで………ぅわああぁあっ!!!ア……アロハシャツ巨人!!!!」
「誰がアロハシャツ大巨人よ!!!ケイちゃんとお呼びなさい!!!!」
「……………………あぁ………」
絶望で目の前が漆黒に染まる。
普通に姿を見られた挙句……”アロハシャツ大巨人と謎メイド”という、単語の闇鍋のような二人組として、彼に認識されてしまった。




