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2話 壊された日常

ホームルームが終わり、既に始業式も終えている我々は皆早々に帰り支度を始めていた。

だがクラスの女子たちは帰路になど着かず、皆一斉に……井原の下へと集い始める。


「ね、ねぇ!!井原君ってどこから転校してきたの!?」


「……北海道」


「彼女とかいる!?」


「……いない」


「じゃあどんな人がタイプ!?」


「……………」


先ほどから広がり続ける絶望感に打ちのめされて、俺はカバンに手を掛けることも出来ず、しかし奴のチヤホヤされている光景を本能的に睨みつけていた。……その時点で完全に負け犬ムーブである。


だがそこで、急に奴がこちらを見て……目が合ってしまった。流石に視線をぶつけすぎたか。



「ん?どうしたの井原君」


「……………ふっ」


「!!?!?!??」



俺を見た井原が、急にニヤリと笑った。

はぁぁああぁ!!?なんだアイツ!!?負け犬丸出しで睨む俺を鼻で笑ったのか!!?


くっそ………!!!ちょっと二次元みてぇに顔が良いからって馬鹿にしやがって………!!って、いやいや、こんな事している場合じゃない。


さっきの聖海の表情と、井原にすれ違いざま投げかけた言葉。あれほどまでに恍惚とした表情と甘い声色、今まで一度たりとも見聞きした事などない。まさかアイツも井原に心奪われて……


……馬鹿野郎、何を弱気になってる。これ以上彼女の心が奴へと傾く前に、なんとしてでも振り向かせなければ……!!



「っ………な、なぁ聖海!き……きき今日さ、あのゲームの発売日だろ?帰りに買って対戦でもしようぜ!!」




立ち上がり、依然として頬を赤らめる彼女へと近づく。苦し紛れの口実を高らかに述べる俺だったが……聖海は俺の顔を見ようともせずに



「ごめん。………今日はやめとくわ」


「えっ………あ…………あぁ、うん……そうか……」



撃沈オブザイヤーである。


ここまで淡々と遊びの誘いを断られたのも生まれて初めてだった。……すると、聖海は静かに席から立ち、軽やかな足取りで女子生徒の輪の中……つまり井原の席へと歩いていく。



「井原君。………今日、一緒に帰らない?」


「んなっっっ………」



視界が歪む程の衝撃と絶望。

………間違いない。聖海も他の女子生徒と同じく井原に心を一瞬にして奪われてしまったのだ。



「………あぁ、いいよ」


「えぇ!?い、井原君!?」


「じゃあ行こっか」



そして井原は、あれほど飄々と女子達の質問責めをあしらっていたのにも関わらず、聖海の誘いを快諾した。彼を囲ってた女子たちは一様に驚き、皆放心状態にも近い顔を浮かべながら……肩を並べて教室を後にする二人を眺めていた。



「なにあれ……あの女、井原君に対して馴れ馴れしすぎない!?」


「ていうかあの感じ、二人ってもともと……知り合いだったんじゃないの?」



残された彼女らの会話に、一層俺の心臓が跳ねた。………確かにあの雰囲気……とても初対面とは思えない。


北海道から転校してきたと井原は言っていたが……可能性はゼロじゃない。俺が知らなかっただけで、何らかの形で二人はどこかで知り合っていて、それで……



「くっ………」



幼馴染といえど、当然彼女の全てを知っている訳じゃない。この黒い感情も……俺が勝手に期待して、勝手に思い上がって、勝手に抱いた希望が、目の前のどうしようもない現実により勝手に崩れ去った結果だ。


だが、あまりにも胸が痛く苦しい。……そしてその苦しみが、どれだけ彼女の事が好きだったかを色濃く証明してしまう。



「……………帰るか……」



依然として勘ぐり合う女子生徒たちを横目に、俺は虚ろな目を浮かべながら……覚束ない足取りで教室を後にした。





◇◆◇





それからというもの、俺の高校生活は瞬く間に灰色に染まった。


井原はあの端正な容姿に加え頭脳も明晰でスポーツも万能という、笑うしかないレベルの主人公人間であり……ものの数週間でスクールカーストの最上位に君臨した。


授業の中で回答すれば全て正解し歓声が上がる。体育では何をやらせてもぶっちぎりで他を圧倒し、その格の違いに周囲の全員が目を奪われる。



………そしてその中には当然、聖海も含まれている。



あの日以降、彼女とは放課後遊ぶどころか会話すら減っていき、今ではめっきり俺ではなく井原と行動を共にしている。それを目の敵にする女子生徒も多数いるようだが、聖海は一切気にしていないようだった。そして挙句の果てには……




「井原と銀砂ってさぁ、もしかして付き合ってんの?」


「そりゃそうだろ、だってずっと二人でいるじゃん」




クラスの中で、”井原ヒロと銀砂聖海が付き合っている”という噂が立ち始めたのだ。事実、二人は休み時間だけでなく放課後も……中には『休みの日に二人で出かけているのを見た』と言い出す生徒も出始めた。


………俺の知らないアイツが、日に日に増えていく。




「………………」


「吉井?最近やけに落ち込んでねぇか。どうした?」



或る日の昼休み。俺手製の質素な弁当にも手を付けず今日も放心し続ける中、声を掛けたのは……数少ない友人の一人である赤頭市狼(あかず しろう)。入学時からの友人で、常にボサツいた頭と丸眼鏡を掛けた、どこか”天才感”のある奴だ。余談だが、趣味でゲーム制作を行っているらしい。詳細は一切教えてくれないが……。




「い、いや別に……なんでもない」


「当ててやろうか。………銀砂と井原だろ?」


「なっ!!!…………ち、ちげぇし!!何言ってんだよ急に……!!」



弁当をひっくり返しそうになりながらたじろぐ。



「分かりやすすぎるだろ………!いや、井原が転校してからお前と銀砂、明らかに口数減ってるみたいだし、お前が露骨に喜怒哀楽失ったのもそこからだし、誰でも分かるって……」


「………そんなに顔に出てたのか」


「顔っていうかもう……全身にな。……で?お前、このままでいいのかよ」


「このままで……ってなんだよ」



普段は会話中も延々とパソコンをいじっている赤頭だが、今日は珍しくキーボードから手を放し、俺の目をじっと見ていた。



「お前、アイツの事好きなんだろ?………このままじゃ、マジで井原に取られるぞ」


「っ………」



赤頭に、聖海の事について話した事は殆どない。だが恐らく彼にはモロバレだったのだろう。


そんなことよりも……初めて人の口から『取られるぞ』と言われたことで……心のどこかで抱いていた根拠のない希望のような物が、追い打ちの様に崩れるのを感じた。



「でも……やっぱり聖海も俺なんかより、井原みたいな完璧な男の方が……」


「情けねぇぞ〇〇〇野郎!そんなんでお前は納得できるのかよ!」


「伏せ字の中にこの世の全ての暴言を圧縮したような言葉詰めたな……俺じゃなかったらショックで心臓潰れてるぞ」


「幼馴染なんだろ?十四年来の!……お前にとっての十四年は、たった数週間で折れちまうようなもんなのかよ!」


「………赤頭……」



なぜ急に熱血恋愛アドバイザーキャラになったのかは定かでないが……彼の言う通りだ。

奴がどれだけ魅力的で、聖海が心奪われていようとも……俺の思いが曲がることはない。

男として、このまま引き下がるわけにはいかない。



「ありがとう赤頭………俺、行くよ」


「……目が変わったな。よし、行ってこい!!」



彼に背中を思い切り叩かれた俺は、手製の弁当(完食済)をひっくり返しながら教室を飛び出した。



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