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18話 吐露




「……少し、落ち着いた?」


「は、はい……あの……すみません……」


あれから数分後。立ち並ぶ席の内一つに腰掛けていた私は、何とか涙が引いた顔を、対面に座る天井さんに向け謝罪する。


「謝る事なんか一つもないわよ……。むしろ私こそ、調子に乗って見透かしたような口を叩いてしまってごめんなさいね」


「い、いえ!そんな……。実際……その通り……ですし……」


俯きながらもそう呟く。

……すると、しおらしかった表情から、突如猛獣が牙をむいたような形相へと変遷しこちらへと身を乗り出す。



「何!!??!??その通りって………やっぱり恋してるの!!??」


「ぅえぇっ!!?」


「聞かせて聞かせて!!!恋してるんでしょ!!???聞かせてよ根掘り葉掘り!!!」


「”野暮な事は聞かない”んじゃなかったんですか!!?」


「もう無理!!!!我慢ならないわ!!!私はもう細胞レベルで恋を欲してるのよ!!!お願い早く頂戴!!!さもないと弾けるわよ!!!」


「何がですか!!!?」


「私が!!!細胞単位で!!!」


「ありもしない仮定を人質にとって脅しに来た………」


弾けるかどうかは別として、”話すまでこの(みせ)から決して出さない”と言わんばかりのオーラをギトギトに感じたので……私は止むを得ずというか、気の迷い故というか……


結局は、”あの日の事件”と”私の一族の事”のみを伏せつつ、弌茄君という想い人に関して一通り話してしまった。





「お………思ったよりその……四次元的にこじれてるわね」


「おっしゃる通りで……」



”十年間片思いしている男の子に会いに行くも、彼は幼馴染に十四年越しの恋をしていて、挙句の果てには男装した私を間男と勘違いして熱い闘志を燃やされている”


アホAIが出力した壊滅的な文章といわんばかりの現実を語る内に……始めは食い入るように話を聞いていた天井さんの表情が、次第に歪曲していくのが分かった。



「ずっと恋焦がれてきた想い人……か。でもそこまでして正体バレたくないの?現状、恋人ところかバチボコに恋敵状態じゃない……」


「……じ、事情がありまして。弌茄君にはまだ、私の正体を知られる訳にはいかないんです」


「………そう。う~~~ん、これは難儀ねぇ………」



明かせない理由や、過去について、天井さんが必要以上に質問を投げかける事は無かった。



「なので今、どうにか正体を知られず弌茄君と恋人になれる機会を窺ってまして……」


「”矛盾”の例文のような状況ね………」


「ははは……」


全く以て笑い事ではないけど、私の取れるリアクションは苦笑のみだった。


「でも、本当に好きなのね。その子の事」


「ぅっ……は、はい……。そりゃもう……」


赤くなる私を見て、彼女は露骨に口角を上げていた。


「………もう一つ、聞かせてもらって良いかしら?」


それも束の間、天井さんは改めて私に向き直る。


「……アナタにとって、恋とは何?」


一瞬、不意を突かれて目を開く。


ありふれたようで、まさか自分に向くとは到底想像していなかった質問。正直、その質問の意図は分からない。純粋な問いか、あるいは何かを試されているような雰囲気もある。


けど、彼への気持ちに於いて言語化できない事など一つも無い。脊髄反射の様に、気づけば口が開いていた。


「”鏡”………でしょうか」


「……鏡?」


「私は自分が、好きでも嫌いでもありませんでした。……それは、今まで自分自身を見ようと……知ろうともしてこなかったから。……けど、弌茄君がたった一言 私を見て”綺麗”と言ってくれた。うっかり男装が解けた状態で一瞬だけ鉢合わせした、事故みたいなきっかけでしたけど」


いや、その事故も聖海ちゃんによる”過失”の可能性があるけど……。


「……その日の夜から、私は私の事が大好きになりました」


それだけじゃない。彼を目で追いかければ追いかけるほど、自分の想いの深さに気付き、驚く。

歯痒さや悔しさ、嫉妬も。正と負を問わず様々な感情を抱き、悩み、また気付く。


「私にとって恋は、弌茄君は……知らない私を教えてくれる鏡です」


「………」


表情を変えず、呼吸も無く天井さんは腕を組む。


「言葉遊びをする訳じゃないけど。もし、割れてしまったら?………恋を鏡と言うのなら、それはあまりにも儚くて脆い。些細な事がきっかけで粉々に砕けてしまってもおかしくない。それでもアナタは……()()()()()()()()鏡の前に立ち続けられる?」


「…………割れたなら、下を見ます」


「それは………”諦める”……ってこと?」


眉を顰める天井さんとは対照的に、私は無意識下で笑っていた。


「破片にだって、私は映るから。……むしろ粉々になった分、いっぱいに」


「………ふふ、滅茶苦茶ね。アナタ」



一呼吸分、軽く笑った後……天井さんは何かを決意したかのような表情を浮かべ、大きく両手を叩く。

銃声かと聞き紛う程の爆音に、自然と両肩が跳ねた。



「決めた!!!その恋……私も手伝うわ!!」


「えっ………は、はい!?」


「その恋……私も手伝うわ!!」


「二回言った……。て、手伝うって……どういうことですか!?」


「もちろん、私が二人の間に直接介入するような野暮な事はしないわ。けれど……今のアナタの話を聞く限り、焦がれるばかりで乙女の所作とかアプローチの仕方とか、自分の魅力を引き出すという事に対して少し、無頓着だったんじゃない?」


「うっ………ま、まぁ……そういう節もありますけど……」


「そこで、百戦錬磨の恋を乗り越え、蹴散らして来たこの私が!!培ってきた全てのノウハウをアナタに授けましょう!!!」


「蹴散らして来たノウハウはいらないですよ!!な、なんですか蹴散らすって!?」


「比喩よ比喩!!ちゃんと成就してきてるから大丈夫!!もし恋を続けていく中で困ったことがあれば、何でもかんでも相談して頂戴!!私がその都度、命を削ってでも最適解を導いてみせるわ!!!」



と、鼻を鳴らしながら自分の胸を叩いて意気込む天井さんだった。


……普通なら、初対面でここまで他人の恋愛事情に踏み込んでくる人間に対し、疎ましさや訝しさを抱くのだろう。


でも。正直なぜか、天井さんに対しそういった負の感情は微塵も湧いてこなかった。なんというかこう……脆弱な語彙だけど、揺るぎない”良い人”感の様なものが、全身から噴き出しているのだ。


私の抱えてきた命より重いこの恋について、ここまでペラペラと喋ってしまったのも……彼女の纏うその()過ぎるオーラにあてられてしまったが故だった。



「ありがとう……ございます。……確かに私、アプローチの仕方とか全く分からないですし、友達もその……頭のネジが始めから備わってない様な女の子一人しかいなくて、そういうアドバイスとか皆無で……」


「そんな女の子がこの国にいるの……?今度はその子も連れて来て頂戴ね。実際に見て会話するまで死ねないわ私」


「なので もしよければ……今後も話、聞いてもらっていいですか……?」


「あ~~~~~~ったりまえじゃない!!!!聞きまくる事この上ないわ!!!なんなら今!!今後の”弌茄クン篭絡計画”についてもっと突き詰めて話しましょう!!今日はお店休みにするわ!!コーヒー淹れたいけど早く話聞きたいから、適当に水持ってくるわね!!!」



息継ぎ無しで捲くし立てながら、天井さんはカウンターへと爆速で駆け抜けていった。



「えっ!!?ちょっと情報量多すぎて”水持ってくる”旨しか理解できなかったんですけど!!天井さん!?」


そして、もはや一秒と経たずに……トレイに二人分のコップを乗せ、行きと同じくらいの神速で戻ってくる。あのバランス感覚だけで食べていけそうな気がする。


「お待たせ!!!さぁ!!!今日は夜まで語り明かすわよ……………って………っ!!!おああぁっ!!!」


しかし、人類にその速さはまだ烏滸がましいものだったのか、こちらに戻ってくる途中……足元のすぐ横にあった椅子に躓き、天井さんは大きく体勢を崩してしまう。



「ちょっ………」



当然、よろけた拍子にコップを乗せたトレイが身体を離れ、こちらに向かって大きく弧を描く。

続いて、床に落ちたコップの割れる音が響いた。……不思議な事に、水は床に殆ど広がっていない。


……奇跡的に全部(二杯分)、余すところ無く私に襲い掛かってきたから。



「っい……ったた………………ハァッッッ!!!!い、楚ちゃん!!!怪我してない!!?ごめ……………」



そう言いながら、天井さんは地に伏した状態から顔を上げ私を見る。そしてなぜか、急に押し黙ってしまった。



「え…………ど、どうしたんですか……?」


「いや……………え………?アナタ……誰……?」


「…………ハァッッッ!!!!」



テーブルの上に置いておいたスマホ。その黒い液晶画面という”鏡”に、自分の上半身が反射していた。


被った水によりメイクが完全に剥がれ、姿勢を崩した拍子にウィッグも外れ………()()が解けてしまった私の姿が。



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