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13話 無怪我の功名

翌週月曜日。ホームルーム開始十数分前。



「いいか?(いばら)。………私たちは恋人同士。それも私がベタ惚れしてるタイプの。そして楚は男として常にイツカにマウントを取り続ける。アンダスタン?」



今日も今日とて男装姿で席に着いた私は、聖海ちゃんと今後の立ち居振る舞いについての作戦会議を小声で行っていた。



「………」


「え、どしたん楚。やけにテンション低いけど……話聞こか?」


「そりゃ低いよ!!いきなり女の姿見られちゃってんだから!!てか何回も聞くけど絶対わざとエンカウントさせたよね聖海ちゃん!?幼馴染の家の場所間違える訳ないもん!!」


「しつこいなぁ~~~……マジで間違えたんだって!散歩中よく見るおばあちゃんがどの辺に住んでるとかいちいち気にもならないし知ったとしてもすぐ忘れるでしょ?」


「路傍の石の次は散歩中のおばあちゃんと弌茄君をイコールで結ぶ気!!?……もぉ~~~!!」



ゴチャゴチャ文句を言っても仕方ない。聖海ちゃんが何を企んでいるのかはまるで分からないけど……私も、今はとりあえず男の状態からアプローチを仕掛け続けるくらいしか、策は出てこなかった。



「ほら、そろそろアイツが来る時間だから。早いとこ井原ヒロに切り替えよ!ほら、チェンジ!ぽちーっ」



そう言って、彼女は私の頭頂部を人差し指で軽く押す。



「”ぽちーっ”じゃないよ!!人をボーイズトイみたいな扱いして……」


「……色々と上手くいって結ばれたら、いっつも楚が妄想してるようなとんでもないアレコレ出来るから、頑張っていこうぜ」


「とんでもない妄想なんてしてないよ!」



いや毎日してるけど。それは今関係ないこと。



……そしてふと、周りを見る。


あの勝負の日に私がした告白まがいの宣戦布告は、見事に聖海ちゃんへ向けたものだとギャラリーたちに勘違いされていた。


今日も登校した瞬間クラス中の男女が互いに目を合わせてひそひそと、何なら顔を赤らめながら私と聖海ちゃんを見て話をしていたし。……私の意志を問わず、もう既に相当後戻りしにくい状況なのは確かだった。


と、その時。



「お、吉井。おはよう」


「っっ!!?」



横から、弌茄君の友人と思しい、なぜかずっとパソコンをいじっている男子生徒の明るい声が聞こえる。反射的に振り向くと、教室後ろの入り口から弌茄君が入ってくる瞬間だった。


直後、教室内のざわめきが一層強まる。


………形として、弌茄君は勝負に負けた。それに最後、私の一言でその勝負が”想い人を懸けた”ものと野次馬達に認識させてしまった。当然その事実も彼らには強く印象付けられている。弌茄君は”勝負に負け、想い人を取られた人”として見られてしまう。


このままでは、クラスメイトからの視線が……



「………あの人、()()()()()()()()んでしょ?」

「うん、井原君が凄いのはもちろんだけど、吉井君もかなり惜しかったって……」

「意外にやる奴なんだな、あいつ」



しかし、彼らの口から漏れたのは、心無い言葉などではなく弌茄君への称賛にも近い言葉。


それも男女を問わず、彼を悪く言う人間は聞く限り全くのゼロだった。






ここで一度、話は先週金曜の日暮前まで遡る。



……私の宣戦布告が、彼の立場を危うくしてしまうという事実に気付いたのは、愚かにも勝負を終えた直後だった。グラウンドから弌茄君が去った後、依然騒めくギャラリーを見て冷汗が伝う。始めから、全力で人払いをしておくべきだった。……考えなしに彼らの前に躍り出て、どうにか彼の名誉を傷つけずに済む言葉を………と、口を開こうとした瞬間。



「いやぁ、井原君はもちろんだけど……吉井君も相当人間離れしてるね!」



あの紅咲とかいうチャラ男が、私よりも先にギャラリーに対し声高に叫んだ。



「あらゆる部活動から日々スカウトを受け、何なら一部ではプロからも声を掛けられている程の実力者に……無名の帰宅部の人間がギリギリまで競っていたんだよ?」



そう。……()()()()()に加え、地獄の様な身体強化訓練(しゅぎょう)をこなしてきた私に、弌茄君は三種目全てで肉薄した。


なぜ彼がそこまでの力を秘めていたのかは分からないけど……



「た、確かに……最初の短距離だって、よく考えたらウチの陸上部なんかより全然速かったよな……吉井」



ギャラリー達は、私ではなく弌茄君の記録を皆一様に思い出し、じわじわとその異常さに気付いていく。やがてそれはざわめきと成って……彼への評価はいつしか正の方向へと転じていた。


露骨な手のひら返しに苛立ちつつも、それ以上に安堵感が勝った。


……結果的に、紅咲による突然のフォローで、なんとか彼の学生生活への悪影響を退けられたのだ。さすがの私も悔しいけど……感謝の意を感じざるを得ない。





「………なんかお前、昨日グラウンドで井原と勝負したんだって?んでどうやら負けたけど、井原同様バケモンみてぇな結果だったって。紅咲って奴が、野次馬達にすげえアピールしてたらしいぞ。……てか本当の話か?それ。信じられねえんだが」


「紅咲………アイツが?…………てっきりクラス入ったら罵詈雑言の嵐かと思って学校来たんだけど……」


「だとしたら良く来れたなお前」


「それも、この恋に与えられた試練だと思えばどうってことないさ、赤頭君」


「さっさと席着きなよイカれ片思い君」



そう言って、弌茄君は自分の席に着いた。すると、聖海ちゃんがニヤニヤしながら耳打ちしてくる。



「へ~~~?」


「な、何……?」


お互い、依然小声で話す。


「………このままじゃ、イツカも徐々に女子人気、出てきちゃうかもな……?」


「っっ!!?そ………そんなの……!!ぜ、ぜぜ絶対ダメ……!!」




聖海ちゃんの煽りに対し、脊髄反射で否定する。と、その時……激しくビクついた身体はバランスを崩し、座っていた椅子ごと右横へ倒れこんでしまう。



「あ!い、楚……!」



聖海ちゃんが咄嗟に私の腕を掴んで引き込もうとするが間に合わず、そのまま体は固い地面へと……



「よっ」


「っ…………え………」



………落ちていない。


落ちて転がっていたのは、私の椅子だけ。体のどこにも痛みは走ってない。……思わず、反射的に瞑っていた瞼を開ける。


すると、私の身体が浮いていた。いや、厳密にいえば……抱えられていた。ニ本の腕に、力強くしっかりと。


弌茄君の腕に。


この体勢はもう………もう、もう………完全に、私の中では神話のカテゴリに入れていたシチュエーションの()()そのものだった。




「~~~~っ!!??!?#$@”)’&!!?!?」


「あっぶねぇ……大丈夫か?井原」



ただでさえどよめいた教室が、その光景により一層湧き上がるのを感じた。でも、正直今の私はこの神々にのみ許されたかのような信じられない至上の喜びを、なんとか現実のものとして脳に認識させるのに精一杯であり……ここまでくるともう、赤面とかいうレベルじゃなくて半分意識が飛んでいた。



「よ、よかった……!ごめんね楚……!大丈………ん、う”ぅん。………あ、ありがとなイツカ。()()井原君を助けてくれて」



こんな時にも”恋人演技”を実行する彼女の意思に、半失神ながらも感嘆の声を上げざるを得ない。


すると、それを見ていた弌茄君の友人……赤頭、と呼ばれていた男子生徒が小声で呟く。



「流石だな」


「……何がだよ、赤頭」


「井原はお前の恋敵……ってか”寝取った”張本人だろ?……ほんの少しケガするかも、程度のアクシデントに、よく身体が動くな……ってさ」




私の耳にも、会話は微かに聞こえていた。


弌茄君はその言葉に、何の躊躇もなく返答する。



「でもそれが、少しでもケガしていい理由にはならねぇよ」


「…………ま、そうだろうな。お前なら。悪かったよ意地悪で」


「…………………好き………」


「「ん!?」」



やっっっっっば。口から漏れてた。


………いや、漏れるよこんなの。好きすぎるもん。

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